第2話

 夜遅いこともあり、館内には私以外の来客は誰もいない。入口にある掲示板を見ると、『観覧希望の方は二階の受付まで』と几帳面な字で記されていた。赤い絨毯が敷き詰められた階段をしとしと昇ると、最奥の部屋から光の筋が漏れている。どうやらコーヒーの香りもそこから漂っているようだ。


「すみません。誰かいませんか」

 勝手に館内に入った後ろめたさから、どうしても遠慮がちな声のトーンになってしまう。すると光の筋がゆっくり広がり、中から人の姿をしたシルエットが現れた。ジョングリア孤児院で足ながおじさんを見つけた時のジュディも、おそらくこんな感じだったのかしらん。


「あぁ、お迎えできずに申し訳ありません。展示物の整理をしていたもので」

 シルエットの主は落ち着いた声でそう言うと、私の方にゆっくり近づいてきた。身長が百六十センチの私よりも頭一つ背が高くて、ほっそりとした手足を黒いスーツが包んでいる。年齢は六十歳過ぎだろうか、ロマンスグレーの髪が落ち着いた雰囲気を醸し出していて、高級レストランのギャルソンを連想させた。


「すみません。勝手に入ってきちゃって。こんな時間ですけれど、見学は出来ますか?」

「もちろん、大歓迎ですよ。営業中の看板も出ていますしね。どうぞ好きに見てください」


 館長は柔らかい笑みを浮かべ、展示室まで私を案内してくれた。部屋は思ったより広くて、壁に沿って大きなガラスケースが並んでいた。どうやら、左回りで見ていくルールらしい。

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