第6話
それから館長は、一つひとつの展示を丁寧に案内してくれた。説明はとても分かりやすく、発する言葉が流体になって全身に染み込んでいくようだった。
例えば、日本海のある地域では、フクロウが【ノリツケホーセー(明日は晴れだから、糊をつけて洗濯物を干せ)】と鳴くこと。柔軟剤が普及したおかげで、ノリツケホーセーは誰にも聞こえなくなってしまったことを、はく製になったフクロウの展示の前で話してくれた。
また、ある展示スペースに飾られていた小豆が、【マゴキタカ】と呼ばれていること。それは、ある東北の寒村のみで作られている在来種と呼ばれる物で、通常の小豆に比べて表面の皮がとても薄いこと。そのため、孫がやって来た時にすぐに煮て食べさせられること。でも、農家さんの高齢化が進み、もう誰も栽培する人がいないことも、説明してくれた。
いずれも人々の心から忘れられた存在で、覚えている人がいなければ本当に消えてしまうわけで。それは穴あけパンチの展示も同様の運命だろう。ようやく、玄関前に飾ってあった【消失博物館】の意味が理解できた。
「どうです、楽しんで頂けましたか?」
館長の言葉に、私は曖昧に頷く。消えゆく物に囲まれることで、私という輪郭がくっきりと浮かび上がる、それはとても心地よかった。ただそれを言葉にするのは不誠実な気がして、私は館長に何も言うことができなかった。
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