第1話

 その建物を初めてみた時、公民館みたいだなと思った。外観のことではなくて、その建物が持つ特有の雰囲気とでもいうべきなのだろうか。古い洋館だから全体的に古ぼけてはいるけれど、外壁・玄関ともに手入れが行き届いている。庭に植えられている無数の樹木も、ことさらに飾り立てているわけでは無いけれど、風景に上手く調和していた。


 玄関まで続くスロープにはバリアフリー用の手すりが取り付けられていて、足元にはセンサー式のフットライトが等間隔で並んでいる。ただそうした配慮に気づく人はおそらく居なくて、当たり前のようにやり過ごすのだろう。


 お店にありがちな過度な自己主張も、一般住宅のようなパーソナルさも、オフィスビルのような排他的な寂しさも、その建物には当てはまらない。老若男女を公平に受け入れてきた律儀さと寛容さが建物の隅々に行き届いて、その潔い距離感はとても好感が持てた。


 吸い寄せられるように玄関に向かうと、フットライトが順番に灯り、柔らかいオレンジ色が闇夜に滲んでいる。イギリスアンティーク調の玄関ドアには楕円形のステンドガラスが埋め込まれていて、太陽っぽいモチーフの幾何学模様が描かれている。


 玄関には【消失博物館】と掠れた文字で記されたプレートが埋め込まれていて、その下には「OPEN中」という立札がかかっていた。なんの博物館なのだろうか? よく分からないが、公民館という私の第一印象もあながち間違いではないみたいだ。


 スマホの画面を見ると、二十二時を少し超えたところだった。部屋を飛び出して彷徨うように歩き始めてから、もう二時間も歩いていたことになる。どうりで足の裏が痛むはずだ。おまけに銀の糸のような雨が頬を濡らし始めている。でも、タカシの待つ部屋には今は戻りたくなかった。


 少しでも時間が潰れてくれることを願い、私は真鍮製のドアノブをゆっくり回す。ギィという重い音と共にドアが開くと、コーヒーの香ばしい匂いが出迎えてくれた。

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