3.始動

ああ。

事故やったんやなあ。

昨日、剣山の駐車場で、女性の変死体を発見した。

亡くなった女性の身元は、すぐに判明した。


今朝の地方局ニュースでは、昨夜、報道のあった情報以上の事は、流れていなかった。


自宅を出る直前、ネットを検索した。

すると、ネットニュースに、続報が載っていた。

事故現場は、西阿町の見通しの良い交差点だった。


一昨日、十六時過ぎ。

男性の運転する車が、信号待ちしていた。


男性が、一瞬、ルームミラーを見た。

そこへ、後方に軽乗用車が、接近して来た。


そのまま、軽乗用車が男性の車へ追突した。

殆ど、減速しなかったそうだ。


男性は、西阿町から、光宗市へ戻る途中だった。

後方から追突したのだから、北尾さんの車も、光宗、眉山市方面へ向かっていたのだろう。


事故発生直後、北尾さんは、車をUターンして、来た道を戻って行った。


追突された男性の車の後部には、衝突の跡がある。

北尾さんの車の前方にも、衝突の跡がある。

衝突の跡も一致している。


追突された男性が証言する事故現場にも、その痕跡があった。

西阿町を通る県道で、信号機のある交差点だ。

だから、追突された男性の車と、追突した北尾さんの車で、間違いないだろう。


車を追突された男性は、二十時過ぎに、警察へ通報した。

十七時に光宗市内で、知人と会う約束をしていた。

だから、通報が遅れた。


いくら、待ち合わせがあったとしても、警察へ通報しなかったのは、見逃せない。

死亡推定時刻は、十九時から二十三時くらい。


もし、早期に捜査を開始していれば、北尾さんを確保出来たかもしれない。

それで、北尾さんの命は、救われたかもしれない。


ただ、不思議な事がある。

北尾さんは十七時頃、職場と家人に連絡を入れている。

だから、その時には、まだ、生きていた。


その際、事故の事を云っていない。

まあ、事故の件は、云い出せなかったのかも分からない。


北尾さんは、家人に、研修のため眉山市で一泊すると嘘を吐いている。

北尾さんが、嘘を吐いた理由は、分からない。


更に、眉山市とは逆方向の、剣山の駐車場まで来ている。

その時、まだ生きていたのだろうか。


もう一つ、不思議な事がある。

男性は、事故の目撃者がいたと証言している。


農作業中らしい男が一人。

中学生らしい二人の男子生徒。

しかし、該当するような人物は、現れていない。

現在、捜査しているが、見付かっていない。


何だか、謎だらけだ。

判っているのは、追突された車に乗っていた男性の身元。

男性の車に、追突した車を運転していた北尾さんの身元。

男性の名前は、明かされていない。


弘は、栗林市から空港通りを通って、隣県へ向かった。


山を越えると、すぐ光宗市へ入る。

そこから、西阿町へ向かった。

この県道で間違いないだろう。

事故現場が分かれば、見てみたかった。


数十分走ると、西阿町に入った。

しかし、どこまで行っても、田畑の広がる田舎道だ。

対向する車とは、数台、すれ違っただけだ。

進行方向の、前方にも後方にも車は走って居ない。


信号機のある交差点に、注意していた。

西阿町に入って、二機目だ。

現場らしい交差点を通った。

ただし、当たっているのか、外れているのかは判らない。


通り過ぎた後、もう一度、引き返した。

路側帯に車を停めて、現場を見た。


成程。

テールランプのカバーだろうか、砕けた跡が、道路に擦れている。

場所は分かった。


誰か、近付いて来た。

見覚えがある。

「あれ。昨日の…」

男に声を掛けられた。


「ああ。刑事さん。秋山です。昨日は、ありがとうごさいました」

弘は、思い出した。

しかし、刑事さんの名前を知らない。

「秋山」と名前を伝えた。

刑事さんが、名前を云うかもしれないと思った。


それにしても、何が「ありがとう」なのか。

礼を云った弘にも、分からなかった。


弘は、昨日、剣山の駐車場で、事情聴取された。

その時の刑事さんだ。

確か、刑事さんは、光宗警察署とだけ云っていた。

名乗っていないと思う。


「何で、また来てるんかな?」

刑事さんが、怪訝そうに尋ねた。


弘は、返答に困った。

まさか、昨日の事故の事を追い掛けている。

と、正直には、答えられなかった。


妻の実家が、祖谷国森で民宿になっている。

娘の夏休みの最後、そこへ宿泊する事になった。

妻と娘が、後から来るので、先に向かっている。

と、苦しい作話をした。


そして、すぐ、話題を変えた。

「目撃した人。見付かったんですか?」

弘は、刑事さんが、目撃者を探しているのだと思った。

ネットニュースに載っていた。


「それが…居らんのや」

刑事さんが困惑している。

やはり、目撃者を探していたのだ。


刑事さんが、農作業中の人を見付けて、尋ね歩いたそうだ。

しかし、事故があった事も、知らないと答える人ばかりだ。

ニュースを見て知ったと云う事だ。


他の目撃者は、男子中学生らしい。

今、ちょうど下校する時間だ。

ところが、下校する生徒も見当たらない。


「それはそうと、昨日、朝、駐車場へ車を停め時、助手席に、誰か、居らんかったか?」

刑事さんが、何を思い出したように尋ねた。


車を追突された、男性の証言があった。

もう一人、北尾さんの運転する軽乗用車の助手席に、人が乗っていたそうだ。

男性は、助手席に居た人を男だと思ったそうだ。

ニュースには、なっていなかった。


警察は、その人物も探している。

しかし、特定されていない。


弘は、何か思い出したら連絡する。

と云って、やっと刑事さんの名前と連絡先を教えてもらった。


扶川晋。

刑事さんの名前だ。


弘は、車に戻った。

祖谷国森峡へ急いだ。


その後、二機の信号機があった。

どの交差点も押しボタン式の信号機だった。


弘は、進行方向で四機の信号機があった。しかし、赤信号には、出会わなかった。


祖谷国森へは、夕方到着した。

お母さんの故郷の民宿に、七泊の予定だ。


一階の座敷に夕食が用意されていた。

弘の他に、宿泊客が三組居た。

中年夫婦の二人と親子連れ三人。

それと、中年男性一人だった。

尤も、弘も中年男性なのだが。


食事の後、庭に出て、煙草を喫っていた。

昨夜、千景に尋ねられた。


隣の車は朝から駐車していた。

その時には、運転席の女性に違和感を覚えなかった。

夕方、駐車場へ戻った時、運転席の女性に異変を感じた。


千景に尋ねられても、答えられなかった。

何だったのか。


北尾さんの死亡推定時刻は、一昨日の十九時から二十三時らしい。

事故を起こした後、直接、剣山の駐車場へ向かったと思われる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る