1.予感

嫌な予感が的中した。


何となく察知していた。

だから、色々と仕事の予定を細工していた。

そして、時間切れを狙っていた。

しかし、日程が合ってしまった。


つい、三ヶ月前、石鎚山に登った。

お母さんと千景が、また、何処か、山を登りたいと云っていた。


弘は、もう懲り懲りだった。

二度と山登りはしたくなかった。


しかし、お母さんと千景が、計画していたようだ。

しかも、騙し討ちだ。


お母さんと千景が共謀していた。

夏休みが終り、帰寮する日。

九月十六日だと聞いていた。


夏休みには、荷物を全部持ち帰らなければならない。

だから、また、帰寮時、荷物を運び込まなければならない。


荷物の運び込みを手伝えと云う。

だから、九月十六日を休暇にした。


ところが。

ところがだ。

その日、つまり今日。

剣山へ登ると云うのだ。


お母さんは、剣山に近い、国森市の出身だ。

だから、車の運転は、お母さんがするから、一緒に登ろうと誘う。


弘は、それなら。と、つい同意してしまった。

それに、駐車場付近から、山頂近くまで、リフトが有るそうだ。

石鎚山で、無調査の山登りに懲りたのだろう。


登山口の駐車場へ入ろうとした。

すると、誘導棒を持った男に停められた。

お母さんが窓を開けると、男は、無料駐車場は満車だと云う。

誘導員だと云う。


確かに、整備された駐車場は、満車のように見える。

何処か駐車場は無いかと尋ねた。

誘導員は、木の幹の狭い路側帯を指した。

そこが、有料駐車場だと云う。

そして、料金を聞いて驚いた。


他に、駐車場は無いか尋ねた。

二キロ程、下りた所に、無料駐車場があると答えた。


お母さんは、迷わず、もと来た道を戻った。

確かに、ここより広い広場があった。

何台が駐車していたと思う。

初めから、そこへ駐車すれば良かったと悔んでいる。


しかし、そこから二キロ歩く事になる。

しかも、山道だ。

お母さんが運転手だから、横から口出しは出来ない。


広場に入り、空いている所を探した。

広場の入口から、一番奥の二番目しか空いていない。

しかも狭い。


お母さんは、何度も、ハンドルを切替している。

弘は、隣の車に当らないかと心配だった。しかも、隣の車に、誰か乗っている。

運転席から、ドアを開けて出て来ないか不安だった。


だから、弘は、車から降りて、ずっと見守っていた。


やっと、お母さんが駐車に成功した。

弘は、奥の車の人に、軽く会釈した。

しかし、眠っているのか、反応は無かった。


これからだ。

今から剣山へ登るのだ。


と意気込んだが、登山口まで二キロ。

登山口に着けば、リフトが有る。

お母さんと千景は、飽く迄も元気だ。


山道を登る車を避けながら、登山口を目指した。


しかし、上り、二キロの山道は厳しい。

登山口に、辿り着いた時は、疲れ切っていた。


先程の誘導員が、土産物屋の軒先で、店主と話しをしていた。

余りにも高額な、駐車料金の木の幹は、やはり空いていた。


リフト乗場で切符を買って、リフトに腰掛けた。

これで、山頂まで行けるなら、楽ちんだ。


上のリフト乗降口に降りた。

山頂まで、後、五百メートルと看板が架けられている。


五百メートルならすぐだ。

「じゃあ、行こう」

弘は、意気込んだ。


五分後。


「お父さん。大丈夫?」

お母さんに、心配して声を掛けられた。


自慢ではないが、短距離走は得意だ。

しかし、こんな、急勾配の坂道を登るのは、苦手だ。


「お父さん。少し休んだら」

千景に労られた。


少し休むと云っても、登り始めて、まだ五分だ。


「うん。ゆっくり歩くわ」

弘は、あっさり、千景の提案を受け入れた。

これでは、石鎚山と同じだ。

五分おきに、木の幹で、休憩しながら山頂を目指した。


この五百メートルが、随分と苦しかった。

ただし、石鎚山の時のように、転んだりはしなかった。


弘の山頂での滞在時間は、一時間あった。

石鎚山の時よりは長かった。

良かった。

景色を楽しむ余裕は、無かった。


「お母さん。こっちから降りよう」

千景が云い出した。


神社に、お参りしたいと云う事だ。

そう云えば、千景が小さい時から、神社仏閣へよく連れて行っていた。

元の道を降りずに、神社の方に降りる事になった。

神社からの道も、リフトの乗降口に続いている。


降りる時は、楽だった。

登る時とは、桁違いに楽だ。

しかし、気になる事がある。


誰ともこの道で出会わない。

嫌な予感がした。

石鎚山では、登山客が居なかった。

遭ってはならない事に遭ってしまった。


つまり、死体を見付けてしまったのだ。


今回、剣山に登ったのは夏休み。

駐車場にもリフトにも、登山道にも沢山の登山客が居た。


しかし、この登山道では、誰とも出会わない。

念の為、スマホの電波状態を確認した。

千景に、メッセージを送ったが、送れなかった。


何だか、石鎚山の下山を思い出した。

また、遭ってはならない事に、遭ってしまうのか。


そう思いながら、神社に辿り着いた。

参拝して、また登山道を降りた。


良かった。

嫌な予感が外れた。

ちゃんと、リフトの乗降口に到着した。


しかし、まだ今から二キロ歩いて、駐車場まで戻らなければならない。


「良かったなあ」

お母さんが、千景に尋ねた。

剣山に登って、楽しかったのか尋ねている。

お母さんの生まれ育った、祖谷国森から剣山が見えていた。


そんな、町の話しを千景が興味深く聞いていた。


「お母さん。あの神社の奥。崖の岩。何か可怪しくなかった?」

千景が云った。


「ああ。この岩?」

お母さんが、スマホで写真を撮っていた。


「そう。私も撮ってる」

千景が、何か人工的だと云った。


車を駐車した広場へ着いた。

お母さんが、車に乗り込んだ。

勿論、運転席だ。


弘は、そんな岩には、気付かなかった。

千景の撮った、スマホの画面を見た。


千景が、お母さんの後ろ、後部座席へ乗り込んだ。


弘は、助手席へ向かった。

えっ。


隣の、一番奥に駐車した軽乗用車。

運転席の女性。

何だか様子が可怪しい。

朝、来た時と、全く同じ姿勢だ。

ハンドルに、頭を伏せて、凭れ掛かっている。

両手は下に、ぶら下がったままだ。


弘は、心配になって、女性に呼び掛けた。

反応が無い。

窓をノックしても、反応が無い。


どうも、気分が悪いようだ。

「大丈夫ですか」

もう一度、弘が呼び掛けても、やはり反応が無い。


ドアを開けてみた。

開いた。


「大丈夫ですか!」

弘は、そう云いながら、大丈夫で無い事を分かっていた。


「お母さん。警察に通報して」

弘は、叫んだ。


「救急車は!」

千景が、そう云いながら、既に、連絡している。

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