2.通報

もう、病気としか、云いようがない。

そうで無ければ、何かに取り憑かれている。


二十時過ぎ。

剣山から、栗林市の自宅へ帰って来た。

弘君が明日、祖谷国森峡へ行くと云う。


景子さんは、中学まで両親と、祖谷国森峡に住んでいた。

眉山市内の高校へ進学して、寮で生活していた。

卒業して、銀行に就職した。

眉山市内のアパートに住んでいた。


暫くして、景子さんのお父さん。

つまり、千景のお爺さんが体調を崩した。

農作業が出来なくなったそうだ。


お婆さんの実家へ引越した。

だから、景子さんの実家は、現在、百々津町にある。


故郷の祖谷国森峡の家屋は、地元の不動産屋さんに、管理を依頼している。

家屋に多少、手を加え、今は民宿になっている。


弘君が、景子さんに、一週間、帰らないと宣言した。

そして、景子さんの故郷、祖谷国森峡の民宿の手配を頼んだ。


一週間、その民宿に宿泊すると云う。

景子さんは、諦めているのか、その申し出を承諾した。


弘君が「何でもするゾウ」の寺井社長に電話を入れた。

今から一週間、夏休みを取ると云うのだ。


弘君は、何でも屋の事務を手伝っている。

勿論、作業を手伝う事もあるようだ。


「アックス」にも、一週間、夏休みだと電話を入れた。

週に三日、夜中に、アックスの品出しのアルバイトをしている。


本当は、千景も国森峡の民宿に泊まりたかった。

鈴音寮へ帰寮するのは、十日先だから、間に合うのだ。

しかし、まだ、夏休みの課題が残っている。

課題を終らせたら、千景も祖谷国森峡へ行っても良いと、景子さんが約束した。


弘君が、事件を解決するのが先か。

千景が、課題を終わらせるのが先か。

競争だ!


弘君が、また、事件に興味を持ってしまった。

警察が捜査している。

事件か事故か分からない。


剣山へ登るため、駐車場に車を停めた。

下山して、駐車場に戻った。

弘君が、隣に駐車している車を見た。


運転席の女性に、異常を感じた。

ドアを開けて、声を掛けたが、反応は無い。


警察と消防に通報して、暫くすると救急車が来た。

その後にパトカーが到着した。


運転席の女性は、亡くなっていた。

事件か事故か分からない。


光宗警察署の刑事に、事情聴取された。

もう、何回も経験した事情聴取だ。


「あのぅ。ボンネットが、折曲っていますよね」

弘君が、刑事さんに確認した。

どこかで、事故を起こしたのだろうかと尋ねた。


「そうかも分からんなあ」

刑事さんが、つい、相槌を打った。


「ここで、事故したんやろかなあ」

弘君が、独り言のように、しかし、刑事さんに聞こえるように云った。


「そうかも、分からんなあ」

刑事さんが云った。

防犯カメラも無い。


登山口の無料駐車場には、防犯カメラがある。

しかし、ここは、駐車場というより、広場と云った方が当たっている。


千景と景子さんが、通報したのが、十六時くらい。

駐車している車も、既に、ごく僅か。


その、ごく僅かの車の所有者から、ドライブレコーダー映像の提供を求めている最中。

と云う事だ。


ただし、車に衝撃が無ければ、ドライブレコーダーは、作動しない。

もし、ドライブレコーダーの映像があるとすると、それは、この車に追突した車という事になる。


当て逃げする気が無ければ、もつと早く事件?事故?は、発見されていただろう。


つまり、ドライブレコーダー映像の入手は、期待出来ない。


「でも、ナンバープレートがあるから、所有者は、すぐ、分かりますよね」

弘君が、当り障りの無いように云った。


「ああ。それは、分かった」

刑事さんが弘君に、教えてしまった。


所有者は、光宗市の人だった。

亡くなった女性の所持品から、免許証が見付かった。

車検証もあった。


免許証から、所有者本人だと分かった。

スマホも所持していた。

それで、家人に連絡を取ったそうだ。


もう、家人は、病院へ到着しているだろう。

刑事さんが、喋ってしまった。


弘君が知りたかったのは、女性の車が、盗難車かどうかだろう。


「地元の人でも、よく、剣山に来るんかなか」

弘君が、また、独り言のように云った。


「実は、私は、祖谷国森ですが、剣山に登った事がないんです」

刑事さんが、弘君に乗せられていた。


その場では、それ以上の事が、判らなかった。


しかし、ニュースは流れていた。

千景は、今、ネットニュースを見ている。


「剣山第一駐車場で変死体」

地元紙の、デジタル版の見出だ。


あの広場が、第一駐車場だとは、思わなかった。

整備はされていない。

駐車スペースの白線も無い。

と、云うか、舗装はされていない。

勿論。セットバックも無い。


ただの空地だ。

その空地に、皆が、几帳面に駐車していた。

曲がった事が嫌いだ。と云わんばかりだ。


車の運転席で、亡くなっていた女性の事が分かった。

北尾正枝さん。三十八歳。

光宗市役所、税務課勤務。


昨日の十三時ちょうど、住民から固定資産税について、疑義があった。

調査したが、税額に間違い無かった。


それは、税務課長の証言により、間違いないと思われる。

十三時三十分頃、北尾さんは、役場から住民の自宅へ向かった。

十七時頃、市役所へ直接帰宅すると連絡があった。

以後、消息は不明だ。


今朝、出勤していない。

税務課の係長が、緊急連絡先、夫の北尾豪さんのスマホに連絡した。


昼休みに連絡がついた。

北尾正枝さんから、研修会で眉山市に一泊すると、連絡があったそうだ。


当然だが、一泊で研修会など無い。

北尾豪さんが、警察に行方不明届を提出した。

そして、今日、北尾正枝さんの遺体が発見された。

腹部に大量出血があった。

それが原因で亡くなった。


死亡推定時刻は、昨日の十九時前後。

車のバンパーとボンネットが、折曲っている。

事故を起こしたものと思われる。

駐車場の周辺には、事故の痕跡が無かった。

だから、事故現場は、剣山第一駐車場ではない。


それでは、事故の発生現場はどこなのか。

何故、どうやって、現場まで来たのか。

あるいは、運ばれて来たのか。

光宗警察署は、事件、事故の両面で捜査している。


何だ。

つまり、まだ、何も判っていないのだ。


しかし、弘君は、あの車を見て、何が気になったのだろうか。

今朝、駐車場へ着いた時には、何も気付いていなかった筈だ。

気付いていたなら、


何かが、違っていたのだろう。

「お父さん。ちょっと聞きたいんやけど…」

千景は知りたかった。

朝と夕方では、何が、違っていたのか。

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