6.停滞
「実は、全く見当が付いとらんのよ」
扶川刑事が困っていた。
弘と扶川刑事は、剣山の駐車場を出た。
民宿に戻って、弘の車を駐車した。
北尾さんの運転する軽乗用車が、追突した相手は、光宗市の有力者の男性だった。
農作業中の男が、事故を目撃していた。
そう、追突された男性が、証言している。
もう一組、自転車で下校中の男子中学生、二人が目撃していた。と証言している。
扶川刑事は、昨日も目撃者を探していた。
しかし、農作業の男性も、中学生も見付からなかったそうだ。
「それで、どうするんかな?」
弘は、扶川刑事に方針を尋ねた。
「西阿中学校へ行こうか、思うとるんや」
扶川刑事が云った。
生徒は、学校に通学経路の略図を提出している筈だ。
「それは、良えなあ」
弘は同意した。
弘の考えていた事と同じだ。
弘は、扶川刑事の車に同乗して、西阿中学校へ向かっている。
西阿町に中学校は、西阿中学校の一校だけだ。
それで、西阿中学校へ来ている。
ちょうど、給食の始まる時間だった。
弘は、扶川刑事の車から降りた。
昼休みが終わるまでには戻る。
と扶川刑事が云い残して、校舎へ入って行った。
暫く、中学校の来客用駐車場に、立って待っていた。
校庭内は禁煙だ。
時間潰しに煙草も喫えない。
外へ出ようかと思ったが、もうすぐ、学校の昼休みが終わる時間だ。
チャイムが鳴った。
昼休みの終了を知らせるチャイムだと思う。
すると、扶川刑事が、校舎から出て来た。
「分からんなあ」
そう云って、扶川刑事が、車に乗り込んだ。
弘も、慌てて助手席へ乗り込んだ。
車が動き出すと、すぐに扶川刑事が説明を始めた。
「けど、手掛かりには、なったなあ」
通常は六時限授業で下校時間は十六時四十分になる。
事故当日は、教員の研修があった。
それで、四時限授業だった。
下校時間は、十三時四十分だった。
あの県道を通学路としている生徒は、自転車通学になる。
中学校から、事故現場までは、自転車で十五分程度だ。
該当する通学路を利用する生徒は、十一名居る。
その内、五名は女子生徒だった。
そこで、男子生徒六名を順次、聴き取り調査した。
内容は、事故当日の帰宅時間と、事故を目撃したか否かだった。
対象者は、三年生が二名、二年生が三名、一年生が一名だった。
まず、三年生から話しを聴いた。
二人は、別々に下校している。
十三時四十分過ぎに十分程度、前後して校庭から出た。
二人とも、十四時過ぎに帰宅した。
三年生は、高校受験まで六ヶ月。
授業が終われば、すぐに帰宅して、受験勉強をしている。
ただ、これは、本人の申告だけだ。
確認はしていない。
家人は、何れも勤めに出ていて、確認は取れない。
二年生の内、一人はテニス部で、帰宅時間は十八時くらいだ。
その生徒は、事故当日も、部活に参加している。
この件に付いては、他の部員に確認をした。
事故発生時間に、まだ校庭に居た。と話している。
二年生の残り二人は、一緒に学校から十四時くらいに下校した。
西阿図書館で、一時間くらい居たそうだ。
中学校から図書館までは、自転車で数分。
その後、別々に帰宅した。
二人とも、自宅へ戻ったのは、十五時過ぎだそうだ。
二人個別に話しを聴いたが、同じ内容だった。
ただし、これも二人の申告だけだ。
後は、一年生の一人。
下校したのは十四時くらい。
学校からの帰り、友達の家に寄り道していた。
帰宅途中、十六時過ぎに、事故現場近くに居た。
しかし、事故を目撃してはいなかった。
事故の発生前後に事故現場付近に居たのは、この一年生だけだ。
追突事故にあった男性の証言では、自転車の中学生が二人居た。
だから、この一年生ではない。
本当に、西阿中学校の生徒だったのだろうか。
弘は、疑問に思った。
「いや。まだ、調べなあかん事が、あるんや」
扶川刑事が云った。
事故発生現場付近には、防犯カメラが無い。
しかし、帰り道の商店街には、いくつかの防犯カメラがあるだろう。
だから、その防犯カメラを確認すると云うのだ。
扶川刑事が訪れたのは、学校近くの本屋だった。
中学校での捜査と同様、弘はただ、車の近辺で待っていた。
三十分くらいで駐車場へ戻って来た。
勿論、内容に付いては、教えてもらえない。
次は、コンビニ。
ここでは一時間くらい待たされた。
扶川刑事に尋ねた。
店内と駐車場に防犯カメラを設置していて、全部確認したそうだ。
やはり、内容に付いては喋らない。
一体、弘は何のために、扶川刑事に連れられているのか分からない。
案外、弘が怪しい行動を取らないように、見張っているのかもしれない。
次に扶川刑事が向かったのは、事故現場付近にの田圃だった。
弘を車に残して、扶川刑事が聞込みに向かった。
弘は、珍しくもない田舎の景色を眺めていた。
田畑を見渡す限り、農道を通っているのは、稲刈機ばかりだ。
稲刈機が、この県道さえ、堂々と通ったり、横切ったりしている。
扶川刑事は、田圃で稲刈りをしている農作業者に、聴取をして戻って来た。
ほんの二時間足らずだ。
「見とらんかったわ」
扶川刑事が、残念そうに云った。
収獲は無かったようだ。
そんな時には、扶川刑事が話しでくれる。
この周辺の田畑で農業従事者は、皆、顔見知りだ。
事故のあった日には、県道を挟んだ両方で、田圃七面が、稲刈りをしていた。
事故の目撃者が去って行った方では、田圃四面で稲刈りをしていた。
勿論、皆、顔見知りだ。
しかし、誰も事故を目撃していない。
事故があった事すら知らなかった。
この近辺の住人ではないのかもしれない。
しかし、事故に関係ないのであれば、何故、警察に通報しなかったのか。
弘、ふと、気になった。
事故の目撃者は、本当に農作業者だったのか。
確かに、今は稲刈の時期だ。
農道の路肩に、軽トラックを田圃に横付けしている。
田圃には、稲刈機が稼働している。
勿論、自転車を田圃に横付けにしているのも見える。
必ず、軽トラックも自転車も稲刈りをしている田圃の辺りに停まっている。
つまり、必ず、田圃には、農作業者の乗り込んだ稲刈機が稼働している。
だから、事故の目撃者は、この近辺に住む農作業者ではないのかもしれない。
そうなると、誰なのか。
目撃者は、名乗って現れない理由を考えないとして、一体誰なのか。
目撃者は、作業服を着ていた。
他に作業服を着ていて、自転車で移動する可能性があるのは。
近くで、工事をしていた現場作業員ではなかったのか。
扶川刑事が、弘の考えを否定した。
事故現場の近辺に工事現場はない。
それでは、工場の作業員。
「当たってみよか」
扶川刑事は、近辺の工場を探し始めた。
内緒だが、追突された車の被害者は、追突した車に、同乗者が居たと証言している。
農作業員風の男は、事故のあった車の前
を渡っていた。
事故の瞬間を目の前で見ている。
追突事故を起こした軽自動車の同乗者を見ている可能性がある。
弘は、剣山の駐車場で追突した車を発見した。
運転席には、事故を起こした女性、北尾さんが死亡していた。
同乗者の居た形跡がある。
だから、同乗者も探し出さなければならないのだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます