あなたの秘密、知っています

八神綾人@カクヨムコン10応援‼️

あなたの秘密、知っています

「んー……」


 僕はうす暗い部屋の中でスマホの画面を見ていた。


[お気に入りの映画は何ですか?]


 視線を一つ落とし、次の項目に目をやる。


[初めてデートに行った場所は?]

[生まれた町の名前は?]


 僕のスマホには、いわゆる『秘密の質問』の選択肢が表示されている。


[あなたのペットの名前は?]


 ペットか。

 ふと、昔可愛がっていた子猫のことを思い出した。


「あいつ、名前何だったかな」


 その子猫は家で飼っていたものではない。

 近くの公園に住み着いていた野良猫だ。胸の所に珍しい模様の入っている茶猫だった。


「ま、あいつはペットじゃなかったし、どっちにしてもこれはパス」


 僕はそう言うと、[母親の旧姓は?]の選択肢をタップする。

 そして答えの欄には[オムライス]と入れた。

 別に僕はオムライスから生まれた、とか言い出す電波な高校生ではない。

 では、何故オムライスかって?

 秘密の質問だからって、正直に答える必要はないのだ。

 どの質問を選んでも答えには必ず[オムライス]と入力する。

 こうすることで、どのサイトにも対応可能な僕だけのマスターキーが出来上がるのだ。


「ま、管理が楽な分、セキュリティはガバガバになるけどね」


 僕は新しいゲームの公式サイトでユーザー登録を済ませると、インストールを開始してスマホの画面を閉じた。


「プレイは明日ってことで。そろそろ寝るかな」


 ブルーライトに照らされていた目が暗闇に馴染むまで少し時間が掛かったが、いつしか僕は眠りについていた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 昨日ちゃんと寝たのに朝から眠たい。

 まぁ、高校生なんて大体みんながそんな気持ちで登校しているもんだ。


「おいっすー!」


「うぃー」


 教室の机に突っ伏していると、悠斗ゆうとが教室に入って来た。


「聞いたかよ?」


「何を?」


 悠斗は開口一番、楽しそうに話題を振って来る。


「何ってランプの魔人だよ」


「ランプの魔人? ランプこすったら出てくるやつ?」


「そっちじゃなくて、質問に答えて行ったら最終的に頭の中で考えてるものを当てられるやつ!」


 あっちのことか。当然その存在は僕も知っている。だけど今更それを話題に出すのは少し古過ぎないか?


「知ってるけど、何? 最近また流行ってるの?」


「ああ! だけど、ネットの方じゃなくてリアルの方な!」


「どういう意味?」


「最近この街にランプの魔人が出るんだってよ!」


「ああ、もしかしてユーチューバーとかがやってる人力で真似してるあれのこと?」


「ちっちっちっ。分かってないなワトソン君」


「誰がワトソン君じゃい」


 朝からこいつのテンションに合わせるのは、低血圧の僕には少し荷が重い。


「確かに人力で真似するやつの事なんだけど、最近噂になってるのはちょっと異常だって話だ」


「異常? どういう意味?」


「何故か最近この町にだけ現れるらしいんだけど、挑戦した人は全員、十回以内に考えてるものを当てられちまってるんだと。どんなに秘密にしても、な」


「へー」


 都市伝説系の話だと分かり、少し興味を削がれた僕は気の無い返事をする。


「ただしこのゲームにはルールがあるんだ」


「ルール?」


 ゲームと聞いて、僕の気持ちが少しうずいた。


「一つ、この街の中に存在するか、存在していたものに限定すること。二つ、それがこの町に二つ以上存在しない、一つに特定出来るものであること。しかも、人を想像しても建物を想像してもかまわない。なのに、この二つのルールの中では、そのランプの魔人は無敗なんだ」


「無敗、ね」


「ゲームオタクのいつきなら、勝てるんじゃないかと思ってさ!」


 そう。何を隠そう僕はゲームを愛している。


「何処に行ったら会えるの?」


「さぁ?」


「さぁって……。人に勧めるならそれくらい押さえておけよ」


「ま、ただの都市伝説かもしれないし、会えたらってことで!」


 人のやる気を引き出しておいて、いい加減な奴だ。

 僕は溜息をつくと、朝のホームルームが始まるのを待った。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「よし、楽勝♪」


 朝が低血圧の僕は、夕方頃から元気なる。

 何故かって? 学校が終わってひたすらゲームをすることが出来るからだ。

 

「初日から結構ランク上がったな」


 僕は家に帰るのを待ちきれず、昨晩インストールしたゲームを学校帰りの公園でプレイしていた。

 公式サイトに登録したのは、PCと連動させたキャンペーン報酬を受け取るためだ。


「ゲーマーたるもの、こういう細かい報酬も無駄には出来ないよねぇ」


 僕は上機嫌でスマホの画面をタップした。


「隣、座っても良い?」


 公園のベンチに座っていると、同じくらいの年の女の子に声を掛けられた。


「ど、どうぞ」


 女の子に声を掛けられるなんてあんまり無いから、声がちょっと上ずってしまった。


「ゲーム?」


「え? うん、まあ」


「へー! 何のゲーム?」


 女の子が僕のスマホを覗き込むようにして体を近付けてきた。

 

「え、ええっと。さ、最近出たばっかの――」


 ドキドキしてるのがバレないように、顔を背けて返事をする。


「ゲーム好きなの?」


「う、うん」

 

 女の子は、遠慮なく僕のパーソナルスペースに踏み込んでくる。

 女の子と喋るのも久しぶりだってのに、この距離はちょっと近過ぎるって。

 

「どんなゲームが好きなの?」


 めちゃくちゃ質問してくるじゃん。

 土足どころかスパイク履いて心に踏み込んでくるよ、この子?


「ちょ、ちょっと待って! そんなに質問ばかり、ランプの魔人じゃないんだからさ!」


 このままだと根掘り葉掘り聞かれそうだったので、女の子の質問攻めをかわすべく、今朝の会話を引き合いに出した。

 

「ランプの魔人?」


 女の子が不思議そうな顔で聞いてきた。

 ひとまず話題を逸らすことに成功した僕は安堵する。


「ランプの魔人ってのは、質問に答えていくと頭の中に思い浮かべてるキャラクターとか人物とかを当てられるってゲームの事だよ。最近この町でそれの真似してる人が出るって噂もあるんだってさ」


 女の子が身を引っ込めて座り直してくれたので、僕は気持ちを落ち着かせながらランプの魔人の説明をした。


「あ、それもしかして私の事かも!」


「え?」


 この子は急に何を言い出すんだ? 僕はそう思ったが、女の子は嬉しそうに言葉を続ける。


「最近そのゲーム色んな人とやってるの! まだ負けたことないんだよ!」


 急に距離を詰めて来たり、自分がランプの魔人だと言い出したり、何なんだこの子は。


「へー。私、君の所ではそんな風に呼ばれてるんだ♪」


 何故だか女の子は嬉しそうだ。女の子でランプの魔人と呼ばれるのはあんまり喜ぶことではない気がするんだけど。


「僕の所ではってことは他では別の呼ばれ方なの? 君一体どんだけそのゲームして回ってるんだよ……」


「えへへ、だってこの町のこと大好きなんだもん! 君も好きな風に呼んでくれて良いよ!」


 好きな風にって言われても。てか町が好きだからって、手当たり次第にゲームして回るかな普通?

 見た目はちょっと可愛いけど、少しネジ外れてるんじゃないかこの子。


「私とゲームをしませんか?」


「……え?」


 それは告白のように突然だった。

 女の子は微笑むと、僕に勝負を挑んできたのだ。


「もし君が勝ったら、君に良いことしてあげる!」


 一瞬ドキっとした。だけどこの子、他の人にもこんなこと言って勝負吹っ掛けてるの?

 もしかして関わったらいけない系の人じゃ……。


「あー! そんな怪しいものを見るような目をしないでよ!」


 女の子はほっぺたを膨らませて口を尖らせた。


「私とのゲームはルールがあるんだけど――」


「知ってるよ。二つあるんでしょ?」


「あら? なーんだ、知ってくれてたんだ。じゃあ、手加減は無しってことで♪」


 手加減? 誰に向かって言ってるんだこの子は。

 ゲームと名の付くものであれば、僕は誰とでもやってやる。

 別に良いことしてもらえるのを期待してるわけじゃないってのだけは、僕の名誉の為に明言しておこう。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「なん……で……」


 二回やって、二回とも負けた。

 しかもあっさりと、言い訳出来ないほど完璧に。


「連勝♪ 連勝♪」


 女の子は余裕綽々よゆうしゃくしゃくで僕が頭の中に想像したものを言い当てた。

 一回目は様子見で『駅前の時計台』だったからまだ当てやすいのは分かる。だけど二回目は一気に難易度を上げて、『三丁目の駄菓子屋さんの前にある謎のマスコットキャラクター・ペンくん』だ。

 そもそもなぜ置いてあるかも分からない古ぼけたペンギンの像で、その駄菓子屋さん自体子供もあまり寄り付かない。

 僕も小さい頃に二、三回くらいしか行ったことが無いのにこの子はどうして……。

 まさかこの子、頭の中でも読めるのか? 僕が冗談交じりにそう思っていると――、


「うん♪ 私、人の頭の中が読めるんだよ!」


「な!?」




 それじゃあ、勝てるわけがないじゃないか……。




――いやいやいや。スルーするところだったけど、そもそも本当に頭の中が読めるわけがないだろ。


「皆、負けたときに考えることは一緒だからね♪ 今考えてることも当てて見せよっか?」


 冗談のようには聞こえなかった。この子、本当に頭の中が読めるのか?


「ふふ、けど面白かったよ♪ じゃあ、二回とも私の勝ちってことで、終わろっか」


 終わる? この僕がゲームで一回も勝てないまま?

 

「……いや、あと一回」


 ゲーマーとして、このまま引き下がるわけにはいかないでしょ。

 この子は僕の心に火を付けた。それを分からせないと気が済まない。

 三回目の勝負は、僕の方から申し出た。


 ◆◇◆◇◆◇◆


「この街に存在するか、していたものだったら何でも良いんだよね?」


「うん、構わないよ♪ 君しか知らない、誰も知らないようなものでも当ててあげる♪」


 僕はこのゲームの穴を既に見つけている。

 この街に存在していて、一つに特定出来るもの。

 だけど、頭の中を覗かれても答えられないものだったらどうだ?


「むぅ、何か意地悪なこと考えてるでしょ?」

 

 女の子が目を細めて僕に冷たい視線を向けてくる。

 ふふふ。ああそうさ。

 もしこの子が本当に人の頭の中を覗いて答えているなら、絶対に答えらない。

 何故なら、それの名前を僕は覚えていないからだ!

 誰も知らないようなものでも当ててくれるなら、僕ですら覚えていないようなものでも良いってことだよな。


「次は負けないから」


 僕は自信満々でそう答えた。

 このゲームの穴は、システム自体があのランプの魔人とは違う所にある。

 それは、ことだ。

 頭に思い浮かべるもの自体は特定する必要があるが、それの名前まで特定しろとは言われていない。

 僕が思い浮かべているものは、胸の所に入っていた珍しい模様を見れば特定が可能だ。

 反則スレスレだけど、二つのルールはちゃんと守っている。

 本当に頭の中を覗いて答えているなら、例え想像しているものが分かっても名前が分からなければ答えを言うことは出来ない。

 ここまでして当てられたら素直に負けを認めようじゃないか。


「次も私が勝つよ♪ 準備は良い?」

 

 準備は出来ている。

 答えは『僕が小さい頃に可愛がってた茶色い子猫』だ!

 君がどんなにこの街に詳しくても、これは答えられるはずが無い。

 まさか、昨日見た『秘密の質問』が役に立つとはね。


「随分と自信があるみたいだね」


 どうやら僕の自身は顔に出ていたらしい。


「じゃあ最後はハンデを付けてあげる」


「ハンデ?」


 僕の余裕がかんさわったのか、女の子も負けじと余裕をアピールしてくる。


「もし、私が十個の質問で答えられなかったら、私の負け。それに加えて、十個の質問が終わった時、君が私のトリックを見破ることが出来たら君の勝ちで良いよ」


「トリックって、まさか頭の中を覗いているってことじゃないよね?」


「どうやって覗いてるかを当ててみてってこと♪」


 ……面白いじゃん。

 トリックがあるなら勝ち目はある。それに頭の中を覗かれたとしても、そこに答えは無いという二段構えだ。


「一回目が『駅前の時計台』で、二回目が『三丁目の駄菓子屋さんの前にある謎のマスコットキャラクター・ペンくん』だからぁ」


 女の子は考える振りをしてこちらの反応を伺っている。

 だけど、いくら僕の反応を見ても、それじゃ今回は当てられないよ?


「よし、じゃあ始めよっか!」


 こうして、僕とランプの魔人の意地を掛けた一戦が始まった。


「一個目の質問。それは自分の力だけで動くことが出来ますか?」


「うん」


「移動するものかぁ。自力ってことは生きてるものかな。機械は動力が必要だし……」


 女の子は打って変わって真剣な表情で考えている。


「二個目の質問。それは動物?」


「うん」


 序盤で細かい例外を見落とさないために、きっちり排除してきた。シンプルだが大事なことだ。


「人かなぁ。それとも人以外かなぁ」


 女の子は再び独り言を呟きながらこちらをチラチラ見てくる。

 こうやって独り言を呟いてるふりして、こちらの反応を伺ってる?

 まさかこんなのがトリックだとは言わないでしょ。


「三個目の質問。ずばり、君はその子のこと好き?」


「なっ!?」


 心臓が止まるかと思った。好きと言えば好きだけど、たぶんこの子の言ってる意味とは違う。


「ちゃんと答えて貰うよぉ♪」


 何かを探るように、女の子は悪戯な笑顔を浮かべている。


「ま、まぁ、そうだったかな」


 あえて女の子の挑発に乗ってみる。これで勘違いしてくれたら儲けもんだ。


「ふふっ」


 女の子は何故だか嬉しそうに笑っている。


「何だよ」


「男の子だなぁって思って」


「そういうのじゃない!」


 ついムキになって反論してしまった。


「えー、でもその反応はぁ――」


「そうやって反応伺うのはルール違反でしょ! てか、しれっとって言葉で二つ情報拾おうとしてるし、そうやって細かく情報を集めるのが君のトリックってわけ?」


 僕はこれ以上、質問以外で答えを詮索されないように釘を刺した。


「ちぇ~抜け目ないなぁ。ま、今のはちょっとずるだったから、今のが三個目と四個目ってことで♪」


 女の子は揺さぶりは掛けてくるが、ゲームに対してはフェアなようだ。


「じゃあ続けるね。五個目。それは君より小さいですか?」


「うん」


「君より小さい動物かぁ。ちゃんと特定が出来て、それで君が好きなものって――」


 女の子はポンっと手を叩いて何かに気付いたようにこちらを見た。

 ちょこちょこっと近付いてくると、僕の耳元に口を近付けてくる。


「もしかして、私のこと想像してる?」


 僕は顔が熱くなるのを感じた。

 僕は飛ぶように地面を蹴って、女の子から距離を取る。


「か、顔近いって!」


「えへへ♪」


 ダメだ、このままじゃペースを握られっぱなしだ。

 やっぱりこの子は言葉以外からも情報を得ている。だけど、それだけで想像しているものを特定なんか出来っこない。特に、今回の僕の答えは、僕ですら答えられないんだ。

 こうやって質問を消費させれば、僕は間違いなく勝てる。


「じゃあ六個目の質問ね。君は最近それを見かけましたか?」


「……いや、見てない」


 僕は少し言葉に詰まった。

 だってあの日、僕はあいつと喧嘩したっきり会っていなかったからだ。

 

 僕は最後に会ったのがいつだったか遡る。

 確か三角公園で僕がゲームしてたら、ずっと鳴いて邪魔してきたから僕が怒って帰っちゃったんだっけ。

 今思えば、悪いことしたな。


「ふんふん、なるほどね」


「な、なんだよ」


 女の子は何か分かったようにうなずいた。

 僕は頭の中でも覗かれたのかと悪寒がしたが、それが僕の気のせいではないことが、次の瞬間に確実なものとなった。


「七個目の質問ね。それはこの町の公園、いや見かけたことはありますか?」


「……なん、で!?」


 この町には公園がいくつもある。なのに、女の子はその内の一つを指定した。

 まるで僕の頭の中を覗いているみたいに。


「その反応は、見たことあるってことで良いのかな?」


「……うん」


 何で? どうして?

 こんなの本当にトリックがあるのか?

 本当にこの子、頭の中を覗いているんじゃないのか!?


「次は何を考えてるのかなぁ♪」


 女の子は特別なことは何もしていないと、鼻歌交じりに次の質問を考えている。

 落ち着け。追い詰められているが、僕だってトリックを仕掛けているんだ。

 僕が名前を思い出さない限り、どんなに頭の中を覗かれてもまだ僕に分がある。


「さっきが場所だったからぁ。次イメージしてるのはその子の声とかかな? それとも、見た目? 何か体に特徴でもあるのかなぁ♪」


 体の特徴と言われて、僕は少し口をぎゅっとしてしまった。


「あ、そうなんだ♪」


 しまった。 

 今のは僕が悪い。

 もっと冷静にならないと。


「よし、じゃあ八個目の質問は、その子の体には何か特定出来るような特徴がありますか? にするね♪」


「……うん」


「ふふ、素直に返事し過ぎ。それだと相手は人じゃないって言ってるようなものだよ♪」


 何処まで……。この子は何処まで分かってて喋ってるんだ?

 最初から頭の中を読んで既に答えは分かっていた? まさか、こうやって誘導して僕に名前を思い出させようとしてる? 僕が名前を思い出したら、確実に僕の負け――。


「じゃあ九個目の質問は、その子は猫ですか?」


「……うん」


 この感じ。間違いない。もう、バレてる。

 けど、いつ? トリックは、どうやって?

 やっぱり本当に頭の中を覗かれてるとしか……。


「じゃあ次が最後の質問だね」


 女の子は意気揚々と両手を広げて歩き始めた。

 相反するように、僕は肩を落としてベンチに座った。


「ふふ、ここまで持ち堪えたのは君が初めてだよ♪」


 女の子はゆっくりとベンチの後ろに回ると、僕の背中越しに話し掛けてくる。


「けど、この楽しい時間ももう終わらせないとだね」


 女の子の声が、少し寂しさを含んで僕の耳に届く。


「じゃあ最後の質問です」


 女の子は改まると、最後の質問を口にした。


「あなたのペットの名前はなんですか?」


 ……それはもう、答えそのものじゃないか。

 まるで『秘密の質問』をしてくるみたいに女の子は最後の質問を投げかけてきた。


 そうか、僕が名前を思い出さなかったとしても、僕に名前を答えさせるような質問をすれば良かったのか。

 僕はこのゲームのルールの緩さに付け込んだつもりだった。

 だけど、彼女は敢えてルールを緩くしていたんだ。イエス、ノーで答えられない答えを持ち出された時の対策として。

 名前を答えたらそのままこの子の勝ちだし、答えられなかったら僕がゲームを放棄したことになる。

 どっちに転んでも結果は同じ。

 この子は一体何処まで先を読んでいたんだ?

 頭の中を読んでいるだけではここまでのことは出来ない。これじゃあ完全に――、


「僕の負――」


――え?


 僕は自分の負けを宣言しかけたが、あることに気が付いた。

 僕のの名前? なんだその質問は?

 確かに僕は頭の中であいつとのことを思い出していた。

 だから今までの質問が、僕の頭の中を読んで出していたと言うのなら、それについては反論出来ない。

 だけど、最後の質問だけはおかしい。

 何故なら僕は、あいつのことを

 なのにこの子は、あいつの事を僕のペットだと言い切った。

 本当に頭の中を覗いているなら、僕があいつをペットだと思っていないことも分かるはず。


「ふふ、私の勝ちで決まりかな♪」


 女の子はベンチの後ろから上機嫌で僕の前に回って来る。

 僕とあいつとの思い出を言葉に出来て、それも僕の頭の中を覗かずに可能にする方法。

 この子の使っていたトリック、まさかこの子は――。


「……君は、僕の頭の中を覗いていたんじゃなかったんだね」


 僕は彼女に顔が見えないように、俯いたまま言葉を口にした。


「ふーん、それはトリックを見破ったってことで良いのかな?」


「……うん」


「じゃあ聞かせて?」


「君は、最初から全部知っていたんだ。このゲームが始まる前から、全部ね。そもそも僕が自分で選んだと思っていた答えすら、君に選ばされていた。違うかい?」


 彼女は黙って僕の言葉に耳を傾けていたが、やがて僕の言葉に返事をするように、ゆっくりと公園を歩きながら口を開いた。


「私がこのゲームをしてたのはね、会いたい人が居たからなんだ」


 彼女は空を見上げて言葉を続ける。


「直接聞いて、忘れられてたらって思うと怖くて聞けなくって、こんな聞き方をしてたの」


 彼女は僕の方を振り返ると、目に溜まっていた溢れんばかりの涙が夕日に照らされた。


「もう、忘れられてると思ってたから。嬉しいな。えへへ」


「忘れてなんか――」


 僕はそう言い掛けると、彼女の体が少し透けていることに気が付いた。


「ありゃりゃ。ごめんね、もう時間が無いみたい。最後のゲームは、トリックを見破った君の勝ちかな」


「待って! 僕はまだ最後の質問に答えてない!」


 僕はベンチを立ち上がり、彼女に向かって叫んだ。


「最後の質問、答えられるの?」


「……うん。本当はね、最初は名前思い出せなかったんだ」


「えへへ、知ってる」


「だけど、君と話している内に色々思い出して。どうして忘れてたんだろうって」


 気が付くと、僕の視界は涙で滲んでいた。


「でも、思い出してくれたんでしょ?」


 彼女は笑った。今までの悪戯な笑顔ではなく、本当に嬉しそうな顔で。

 だが、彼女が笑えば笑うほど、その顔も、体もどんどん透けていく。


「ちゃんと思い出したんだ! だから待ってよ!」


 僕は必死に叫んだ。


「それが聞けただけでも嬉しいよ。最期に君に会えて良かった」


 僕は思わず駆け出した。さっきも、昔も、あんなに体を引っ付けて来たくせに。

 今はこの数メートルの距離が永遠を感じるほどに遠い。


「一緒に遊んでみて、ゲームが楽しいものなんだって分かったから、君がゲームを好きな理由も分かったよ。あの時は邪魔しちゃってごめんね。色んな思い出をありがとう」


「行かないで!!」


 僕は必死に手を伸ばす。


「いつか、一緒にオムライス食べてみたかったな――」


 そして、彼女は笑顔を残して消えてしまった。

 

 

 

 

 

 


 僕は夢中で走り出した。涙で視界がぼやけていたけど、思い出の三角公園に向かって真っすぐに。









 そして公園に辿り着くと、あの日最後に並んで座っていた、今はもう使われていない隅っこにある古い百葉箱の方に足を進める。

 そして僕は、百葉箱の下に隠れるように横になっていた茶色い猫を見つけた。


「ずっとここで、僕が帰ってくるのを待っていたんだね」


 僕は涙が止まらなかった。


「遅くなって、ごめん」


――あなたのペットの名前はなんですか?


 彼女の十個目の質問を思い出すと、僕は口を開いた。


「君は、ペットじゃなくて、友達だよ」


 そう言って僕は、少しずつ冷たくなっていく友達の体を抱きしめた。


 ◆◇◆◇◆◇◆


 あれから一週間、僕はこの町のお寺を訪ねていた。


「ああ、ちゃんと供養したよ」


 住職さんが両手を合わせてお辞儀をした。

 僕も頭を下げて感謝を伝えた。


「こっちだよ」


 住職さんは僕をお墓の前まで案内してくれると、お墓には猫用のおやつや花などが供えられていた。


「立派なお墓をありがとうございます」


「その子はね、『みゃーこ』とか『もも』と言う名前で、近所の人たちに可愛がられていたんだ。たまにこのお寺にも遊びに来ていたよ」


 胸の所にあった珍しい模様のおかげで、町の人たちもこの子のことをちゃんと判別出来ていたらしい。


「だけど少し前に病気になってしまったみたいでね。それっきり人前には姿を見せなくなったんだ。猫は死期を悟ると姿を消してしまうというからね」


 お墓にはおやつや花だけではなく、子供が持って来たであろうおもちゃなども供えられていた。


「君はこの町の人たちに沢山遊んでもらっていたんだね」


 色んな人に可愛がってもらって、この町のいろんな場所を冒険して。

 この町の事が大好きになったから、この町のことに詳しくなれたんだね。


「君がゲームで負けなかったのは、君のことを可愛がってくれた人にだけ勝負を仕掛けて、僕の時みたいに答えを誘導したんだ。最初からみんなの秘密を知っていた君にしか出来ない、君だけの必勝法だ」


 僕はお墓の前にしゃがむと、両手を合わせて目を閉じた。


 僕の知っている君の名前は、むぎ。

 でも君がむぎって名前で、少しだけ人間にもなれる不思議な子だっていうのは、僕だけが知っている秘密だ。





― あなたの秘密、知っています 完 ―


-------------------------------------------------------------


最後まで読んでいただきありがとうございました。


本作品は「カクヨムWeb小説短編賞2023」創作フェス 3回目お題「秘密」参加作品になります。


面白かったと思っていただけましたら、評価並びにご感想をよろしくお願いします。


1回目お題「スタート」、2回目お題「危機一髪」参加作品も公開しています。

こちらも是非、よろしくお願いします。


1回目お題「スタート」参加作品。

「君が笑ってくれるなら」

https://kakuyomu.jp/works/16818023211720243912


2回目お題「危機一髪」参加作品。

「魔法少女じゃなくたって」

https://kakuyomu.jp/works/16818023211820171805

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あなたの秘密、知っています 八神綾人@カクヨムコン10応援‼️ @a_yagami_2023

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ