第03話 元勇者、改修する
――翌日。
ライトは遠くから聞こえる鶏の鳴き声で目覚めた。
薄目を開けると、見慣れぬ天井。
自分が新天地へ引っ越してきたことを理解するのに、数秒の時間を要した。
ライトはベッドから下りると、大きく伸びて、全身で朝日を浴びる。
少し肌寒かったが、それが気にならないくらい気持ちの良い目覚めだった。
辺りを見回す。ベッドの他には、テーブルとキッチンがある生活空間を一つにまとめた狭い間取り。
ライトは、物をあまり持たない性格だったので、これくらい手狭な空間でも気にならなかった。
軽めの朝食をとりながら、今日の予定について考える。
「……とりあえず、隣の宿舎を見てみるか」
朝食を終えると、ライトは宿を確認する。
まずは外壁。剥げているところや黒ずんでいるところも多いが、ピンク色に塗られていたことは何となくわかった。
今度は内装の確認。中は、埃まみれで、蜘蛛の巣が張っている有様。そこそこの広さはあって、両壁に、等間隔で、ベッドが五つずつ並べられていた。どのベッドも木製のせいか、腐っていて、使えそうなのは一つしかなかった。
ライトは魔法を発動し、建物の強度をチェックする。
「ベッドはあれだけど、建物自体はまだまだ使えそうだな」
このまま汚れたままにしておくのも、もったいない気がしたので、中を掃除をすることにした。
「一応、村長にも報告しておくか」
ついでに村人に挨拶しようと思い、村長からもらった地図で、村を一巡する経路を考えた。
そして、村人に挨拶しながら村長宅へ向かい、村長の妻や子供たちにも挨拶をした後、本題に入る。
「宿舎を改修したい?」
「はい。外壁を塗り直して、中を掃除しようと思っているのですが、いいですか?」
「まぁ、あれはライトさんのものなので、お好きにどうぞ」
「ありがとうございます。掃除中に出たゴミとかはどうすればいいですか?」
「周りに気を付けて、燃やしちゃってください」
「わかりました」
家に戻る道中、家の前で泣いている少年と困った表情の母親がいた。ライトは気になって声を掛ける。
「どうかしたんですか?」
「ああ、ライトさん」と母親。先ほど、挨拶したばかりだ。
「いや、この子が壺を割っちゃって」
「壺?」
そこでライトは、少年の足元に散らばっている壺の破片に気づく。
「これは、旦那が大事にしている壺だから、怒られるんじゃないかって泣いているんです」
「なるほど。ちょっと失礼しますね」
ライトは、しゃがんで壺に触れると、〈魔法の指輪〉を介し、【修復の魔法】を発動する。
すると、割れていた破片が宙に浮かび、破片同士で接合を繰り返した結果、元の壺に戻った。
ライトは修復漏れが無いかを確認し、少年に渡した。
「これで安心だね」
ライトから壺を受け取り、少年の目が輝く。
「ありがとう! お兄ちゃん!」
「どういたしまして」
「すみません。ありがとうございます。というか、ライトさん、魔法が使えるんですか?」
「ええ、まぁ」
「はぁ、すごい」
母親は感嘆の声を漏らす。
魔法は専門性の高い技術であるため、誰もが使えるものではないと考えられてきた。
しかし最近、とくに魔王軍との戦いが始まってからは、魔法学の急速な発展や魔道具という魔力を流すことで様々な魔法が発動できる
(……でも、この様子を見るに、まだまだ浸透しているとは言い難いようだな。確か、こういうのを地域格差って言うんだっけ)
ライトは、魔法に関する地域格差を心配した――なんてことはなく、そういうものかと受け取る。
「まぁ、これくらいお安い御用ですよ。何かあったら、また言ってください」
ライトは爽やかな笑みを残して、二人の前から去る。
帰宅後、ライトは空飛ぶ絨毯を使って、必要な道具などを街で買い、家に戻った。
「それじゃあ、改修を始めますか」
ライトは、まず、街で買ってきた塗料を使い、宿舎をピンク色に染めていく。
模様などもあったようだが、センスなど無いので、一色で塗りつぶしていく。
しばらく塗りに集中していると、元気な声が。
見ると、 三人の小さな子供たちが駆け寄ってくる。少年二人に、少女一人の構成。三人は、ライトの前で足を止めると、目を輝かせる。
「勇者様! こんにちは!」
「こんにちは!」
「こんにちは!」
「はい。こんにちは。勇者じゃないけど」とライトは苦笑する。
勇者と同じ名前なので、勇者様と呼んでいるのだろう。本気で訂正したりはしない。
「何をしているの?」と少年の一人が言う。
「色落ちが気になったから、塗っているんだ。皆は何をしていたの?」
「勇者ごっこ!」
「勇者ごっこ?」
「うん!」と少女が答え、持っていた木の棒とマントを見せる。
「私たちが勇者になって、悪い魔王をやっつけているの!」
「ふーん。楽しい?」
「うん!」
「そっか」
「ぼくたちね、大きくなったら、勇者になるんだ!」と少年は言う。
「そして、困っている人をたくさん助けるんだ!」
「……そっか。それは良い夢だな」
ライトから自然と笑みがこぼれた。
この村に自分が来たことは無い。
それでも、自分の話が遠いこの場所まで届き、子供たちの夢になっているのだから、悪い気はしなかった。
「それじゃあ、この村の平和は任せたよ、勇者様!」
「うん!」
ライトは子供たちに微笑みかけ、壁面を塗る作業に戻る――が、子供たちがじっとしたまま動かないのでやり辛さを感じる。
ライトは子供たちに目を向けた。子供たちは何かを期待しているような目でライトを見返す。
「……一緒にやる?」
「うん!」
それからライトは、子供たちと一緒に塗る作業を進め、日が暮れ始めた頃に塗り終わる。
「はい。これで完成!」
わーと子供たちが拍手する。
「それじゃあ、あとは乾かすだけだから、皆はお家に帰ろうか」
「うん!」
念のため、子供たちを家まで送り、ライトは家に戻る。
そして、薄暗闇に浮かぶ塗装したての宿舎に物足りなさを感じた。
そこで、魔力を流すと一定時間光り続ける球形の魔道具〈発光灯〉を多数取り付け、魔力を流し、明かりを灯す。
ピンク色の壁面が、弱い光に照らされて、エキゾチックな雰囲気を醸し出した。
「……いいね」
出来栄えに、ライトは一人で感動する。
その外観を眺めていると、貧民街で生活したころのことを思い出し、懐かしくなった。
貧民街で生活していた頃は、〈発光灯〉に明かりを灯す仕事なんかをしていた。
「中は明日やろう」
――そして、翌日。
ライトは中の掃除に取り掛かり、日が暮れる前に、掃除と整理が完了した。
埃まみれだった宿舎は、その面影が無く、ベッドが一つと端の方に木箱が積まれているだけのさっぱりした空間に変貌していた。
ライトは、〈発光灯〉に光を灯した後、ベッドに腰かける。
余り物の〈発光灯〉を使ったせいか、光量が足りず、薄暗い感じになっているが、部屋全体を見渡せないことはない。ただ、後で買い替えようと思った。
(……ここをどう使うかはまた後で考えよう)
ライトは家に戻ることにした。
宿の入り口に鍵を掛けようとして、立てかけていた『休憩可』の札に気づく。
一応、残してはいるが、この札の利用方法についても考えていきたい。
家に戻り、お湯を沸かしているところで、〈ツマホ〉と呼ばれる【通信の魔法】が利用可能なカード型の魔道具に着信があった。
相手はショウメイである。
ライトは応答した。
「もしもし」
「ライトか。ショウメイだ。今、いいか?」
「ああ、大丈夫。どうしたの?」
「いや、特段大きな理由があったわけではないが、元気にしているかなと思って」
「そうか。俺は元気だぞ」
「そいつは良かった。どうだ、そっちでの生活は?」
「今のところは何も。始まったばかりだし」
「そうか。そういえば、ここだけの話だが、近々、お前の様子を探るため、監視役が送られるようだ」
「ふーん。気を付けるわ」
国王には、余計な誤解を与えないために、自分の居場所を伝えてあった。
だから、国王が偵察を送り、自分の動向を常にチェックしようとするのは織り込み済みではある。
「ああ、そうしてくれ。陛下はライトの動向を気にしているようだし、あまり目立つようなことはするなよ?」
「わかった。まぁ、ここじゃ、そんな目立つようなこともできないだろうよ」
それから二言三言交わし、ツマホを切った。
ライトは白湯を持って、家の外に出る。
辺りは静寂に包まれ、満点の星空が広がっていた。
その星空を眺めながら、白湯を飲み、これからの生活に思いを馳せた。
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