第08話 元勇者、応援に行く

 ――実技試験当日。


 ライトは数週間ぶりに王都を訪れていた。


 ドロシーの実技試験を応援するである。


 北高では、実技試験の様子が一般公開されているため、関係者ではなくとも観覧することができた。


(それにしても、気づかれないもんだな)


 ライトは辺りを見回しながら思う。


 誰も自分の正体に気づいてはいないようだった。


 輩を見る目つきで避けていく。


 そこに一抹の寂しさを感じつつも、煩わしいコミュニケーションが回避できていることに多少の喜びを感じた。


 北高に到着。


 大きなレンガ造りの門を眺め、ライトは懐かしい気持ちになる。


 北高での思い出に浸りたいところではあるが、そんなことをしている場合ではない。


 ライトは中へと進み、通り沿いに進む。


 通りには人の姿がたくさんあって、歓喜と悲哀が混じり合うカオスな状況になっていた。


 一日目の筆記試験の成績が発表されたのだろう。


 北高の試験は二日掛けて行われ、一日目の筆記試験に合格した者だけが、二日目の実技試験を受けることができた。


 そのため、喜ぶ者もいれば、泣く者もいる。


 人でごった返す通りを進み、ライトはドロシーを見つける。


 ドロシーは母親のモニカとともに、通りの端の方にいた。


 モニカがライトに気づいて、眉を開く。


「ライトさん。こんにちは」


「こんにちは」


 ドロシーも顔を上げ、口角を上げる。しかし、その顔色が悪く、どこかぎこちない。


「こんにちは。ライトさん」


「ああ、こんにちは」


 ライトはドロシーの様子を見て、結果を察した。


「その、何と言えばいいか」とライトが言葉を探していると、モニカが言った。


「あの、ライトさん。筆記には合格しました」


「え、そうなんですか? すごいじゃん」


 ライトは素直に感心するも、ドロシーは引きつった笑みを浮かべ、喜んでいるようには見えない。


 ライトが説明を求めるように、モニカへ視線を送ると、モニカは困り顔になる。


「どうやら、こういう状況に慣れていなくて、緊張しているようなんです」


「……なるほど」


 ライトは視線をドロシーに戻す。ドロシーは目を伏せ、唇が震えていた。


「ドリィちゃん」とライトは優しい声音で呼びかける。


 ドロシーと目が合うと、ライトは微笑みかけた。


「大丈夫。いつも通りにやれば、ちゃんと合格できるから、自信を持っていこう」


「……はいっ」


 ドロシーは頷くも、硬さが全く取れていない。


 ライトがさらに呼びかけようとしたとき、試験官の声が響いた。


「それでは、筆記試験に合格した方は、実技試験の会場まで移動してください!」


「ドリィ、行かなきゃ」


 ドロシーは頷き、ライトに微笑みかける。


「それじゃあ、行ってきます」


「……ああ。頑張って。いつも通りね」


 ドロシーは頷き、モニカに付き添われながら、試験会場へ向かった。


 その背中をライトは心配そうに見送る。


(大丈夫かなぁ)


 ――ということで、ライトも試験会場へと移動した。


 試験会場は、昔、闘技場として利用されていた施設で、屋根のないすり鉢状の建物だった。


 ライトは、入り口の前に立ち、絶句する。


 そこには、自分の大きな肖像画が掲げられていて、『次の勇者を求む』という文言が書いてあった。


「ずいぶんと立派に描かれているじゃないか」


 よく知った声にライトは驚く。隣に立っていたのは、サングラスを掛け、変装しているショウメイだった。


「こんなの俺じゃないよ。カッコ良く描きすぎだろ」


「確かに。本人は、もっと芋っぽい」


「おい。まぁ、いいけど。で、どうして、ここに?」


「なぁに、先生がちゃんと指導できているかを確認しようと思ってね」


「……そうか」


 ショウメイには、ドロシーに魔法を教えていることを話していた。


「それで、筆記はどうだったんだ?」


「合格したみたい」


「おぉ、そいつはすごいな。今年は一千人ほど受けて、合格したのが百五十人だったと聞く。だから、なかなか優秀じゃないか」


「まぁね。とはいえ、筆記に関しては、俺は何もしていないけど。それより、一千人もいたのか。多いな」


「ああ。勇者の母校ということもあって、王都でもかなり人気だったみたいぞ。普通科の方も人気みたいだし」


「へぇ」


 そのとき、黄色い歓声が聞こえた。


 受験生と思しき女の子たちが、ライトの肖像画を見て、興奮していた。


「声を掛けなくていいのか?」


 ショウメイが茶化すように言うと、ライトは苦笑する。


「するわけないでしょ。さっさと行こう」


 そして二人は、観覧席へ移動する。


 観覧席は人が多く、七割ほど埋まっていた。


 二人は人が少ない端の方に座って、様子を観察する。


「人が多いな。俺のときはスカスカだった記憶だけど」


「それほど、今年は注目度が高い。だから、在校生や保護者だけではなく、卒業生や学校関係者、城の人間も何人か来ているようだよ」


「へぇ」


 改めて確認すると、確かに見知った顔があった。


「何でそんなに注目度が高いの?」


「受験生に注目株が多いからだ。まず、今年は第二王女が受けている。あとは、魔法大臣と教育大臣のお子さんや、『奇跡の子』、私たちに協力してくれたシャロも受けているそうだよ。他にもいろいろといる」


「ふーん」


 奇跡の子は魔王軍の攻撃によって壊滅した村で唯一生き残った少女であり、シャロはある任務で協力してもらった少女だ。どちらとも面識があり、魔法のスキルが高かった覚えがあるので、頑張って欲しいところだ。


「ここから四十人まで絞られるんだから、受験生は大変だ」


「そうだな」


 そんなことを話していると、受験生が出てきて、観衆が色めき立つ。


 受験生は中央で試験官から説明を受けていたのだが、その様を眺めているだけで、観衆たちのボルテージが上がった。


「ずいぶんと盛り上がっているねぇ。いつから、試験が娯楽になったんだ?」とライトは呆れる。


「まぁ、そういう年もあるさ。それより、ライトの教え子はどの子だ?」


「後ろの方にいる髪が黒くて長い女の子。紺色のリボンをつけて、青いラインが入ったマントを羽織っている」


「ああ、あの子か。きれいな子じゃないか」


「ああ」


 そのとき、ひときわ大きな歓声が上がる。


 最初の試験である的当てが始まろうとしていた。


 ライトは試験官が運んできた的を見て、頭を掻く。円形の的だった。勘違いしていたことに気づき、ドロシーに対して申し訳なく思う。


 的当ては、名前を呼ばれた者から行う方式で、気の強そうな女性試験官が最初の受験者の名前を読み上げた。


「一人目、シャロ・ストーン!」


 試験官が読み上げた名前で、どよめきが起こる。


「早速の登場だな」とショウメイは嬉しそうに語った。


「そうだな」


 ライトは、ドロシーのことを気に掛けつつも、シャロに視線を向ける。


 黒い短髪の少女は、定位置に立って杖を構えた。


 的当てを行うチャンスは三回。一回でも当てたら得点が入り、そのときの威力や正確性などで加算される。


 緊張感に包まれる中、シャロが【火球の魔法】を発動する。


 シャロが飛ばした火球は、真っ直ぐ飛んで、的に命中し、爆発が起きた。


 どよめきが起きる。


 煙が晴れたとき、的は真っ黒になっていた。的の色で威力のほどを判別することができ、黒いほど威力が高かったことを示す。だから、その的を見るだけで、シャロが高得点であることがわかった。


 歓声とともに拍手が起きて、シャロはそれらの歓声に笑顔で応える。


「流石だな」とショウメイ。


「ああ、俺たちの臨時メンバーだっただけはある」


「そう言えば、誰かさんは的を壊していたな」


「……昔の話さ」


 ライトは笑って誤魔化し、その意識をドロシーに向ける。ドロシーは空気に吞まれ、より緊張しているように見えた。


(大丈夫かな)


 ライトの不安は悪い意味で的中してしまう。


 ドロシーの番が来て、試験官が名前を読み上げた。


「次、ドロシー・ヒル!」


 名前が呼ばれたことに気づかないのか、ドロシーは俯いたままだった。


「アンダーウォールのドロシー・ヒル!」


「は、はいぃ!」


 ドロシーが慌てて前に出ると、笑いが起きた。


「おい、聞いたか。アンダーウォールだってよ」


「ド田舎じゃねぇか」


「ここは田舎者が来るところじゃねぇぞ」


 心無いヤジが飛び、ドロシーはますます委縮する。


「あなたが、ドロシー・ヒルですね?」


 試験官の確認に、ドロシーは頷く。


「はぃ」


「……いけそうですか?」


 試験官は眉をひそめる。心配してくれているようではあった。


「はい、多分……」


「そうですか。なら、位置について」


 試験官に促され、ドロシーは定位置についた。


 あとは、杖を構えて、魔法を発動するだけである。


 しかし、じっと俯いたまま動かない。


 試験官が声を掛けようとしたところで、ドロシーが試験官に向きなおった。


「す、すみません。ちょっと……ィレに行ってもいいですか?」


「……いいでしょう。的当てが終わるまでに帰ってきてくださいね」


 ドロシーは何度も頷くと、観衆席の嘲笑から逃げるように入場口へ駆け出した。


「やっぱり、田舎者には無理だったか」


「さっさとおうちに帰りな。まぁ、帰るのに一年は掛かるだろうけど」


 観衆のヤジが飛ぶ中、ライトは立ち上がる。


「行くのか」


「もちろん」とライトはサングラスを上げる。


「彼女は俺の大事な教え子だぜ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る