第07話 少女、うまくなる

 ――それからしばらくして。


 ドロシーは気恥ずかしそうに体をもじもじさせていた。


 一方のライトは、どこか気怠そうにしている。


「これで、ドリィちゃんもだいたい魔力の流れがわかったでしょ?」


「はい。あ、あの」とドロシーは心配そうに眉をよせる。


「私、何かしてしまいましたか?」


「ん? そんなことないけど、どうして?」


「ライトさんが不機嫌そうに見えるので」


「不機嫌? ああ、それはごめん。俺の病気みたいなものだから許して」


「病気、ですか?」


「うん、まぁ」


 ライトが笑って誤魔化そうとしているので、ドロシーは聞かないようにした。


 とりあえず、自分のせいでライトが不機嫌になったわけではないことを知り、安心する。


「よし! それじゃあ、次に魔法の発動をやりますか!」


「……はいっ!」


 ライトが気持ちを切り替えたのか、明るい調子になったため、ドロシーも気持ちを切り替えた。


「まずは杖を変えよう。それは少し古いタイプの杖だから」


「そうなんですか?」


「うん。だから、最新式の杖を使う」


 そう言って、ライトは木箱から杖を探し、戻ってくる。


 ドロシーは、ライトから黒くて光沢のあるスタイリッシュな杖を受け取った。


「まずは、魔道具の魔導管と自分の魔導管を接続するところから始めよう。今回の場合は、その杖とドリィちゃんの魔導管だね」


「はい」


「それじゃあ、杖を握っている指先に魔力を移動させて、杖の魔導管を探してみよう」


「はい」と答えるものの、いまいち何をしていいかわからず、ドロシーは戸惑う。


 すると、ライトが言った。


「おへそのあたりに、生温かいのが残ってる?」


「え、はい」


 ドロシーは頬を朱色に染めながら、自分の下腹部をさする。


「そこがドリィちゃんの魔力胆。つまりそこで魔力を生成し、蓄えている。そこに俺の魔力を残しておいたから、そこにある生温かいものを指先に移動させてみて。念じてみると、うまくいくかも」


「わかりました」


 ドロシーは言われたとおりにやってみる。ドロシーが念じると、下腹部にあった生温かいものが動き出し、自身の魔導管を通って、指先に移動するのを感じた。


 ドロシーは先ほどの快感を思い出し、頬の赤みが増すも、魔力を動かすことができたことを実感し、感動を覚える。


「できました」


「そしたら、指先の魔力を動かして、何か硬いものが無いか探してみて」


 ドロシーは頷き、指先の魔力を動かして、硬いものを探す。


「……ありました」


「ん。それが、杖の魔導管だね。じゃあ、そこにドリィちゃんの魔導管を接続してみようか。そのときなんだけど――」


 ドロシーはさらに細かい指導を受けてから、魔導管の接続を試みる。


 そして――。


「あっ」


 指先が何かにくっついたような漠然とした感覚が生じる。


「できました」


「ちょっとチェックさせて」


 ライトの右手がドリィちゃんの指を覆う。人肌の温もり。ドロシーは間近にある真剣な横顔を一瞥し、恥ずかしそうに目を逸らした。


「……少しズレてるから、修正するね」


「はい」


 ライトの右手が熱を帯び、「んっ♡」とドロシーから甘い声が漏れる。一瞬、快感が走った。


「これで、ちゃんと接続できた。どう?」


「あ、何か、うまく言えないんですけど、指が伸びた気がします」


「ちゃんと接続できているね。うまく接続できると、その魔道具が自分の体の一部になったかのように感じるんだ」


「へぇ」


「これで準備は完了。で、これから魔法を発動してみるわけだけど、先に手順だけ話すね。まず、呪文を唱えて、杖内部にある術式を目的の術式に切り替える。次に、魔力を流すんだけど、今回の場合は、火球ができるはずだから、目的の大きさになるまで魔力を流そう。そして、目的の大きさになったら、魔力で火球を押し出す。この手順でやってみようか。ドリィちゃんはこれを同時にやろうとしていたから、魔法の安定性に欠けていたんだよね」


「なるほど」


「ということで、まずは呪文だね。【火球の魔法】の呪文を唱えてみようか。注意してほしいんだけど、魔力は流さないでね。あと、念のために、杖先はサブに向けようか」


「はい」


 ドロシーは、杖先を補助人形に向け、呪文を唱える。


「"当たって、燃えろ!"」


 カシャンと音がした。ドロシーが不思議に思っていると、ライトが杖を指さす。


「杖を確認してみて」


 見ると、杖の真ん中あたりに小さな四角の枠があって、そこに火球のマークが描かれていた。


「その杖に搭載されている補助機能だね。それを見ると、どの術式を選択したか、つまり、どの魔法を発動しようとしているのかがわかる。だから、例えば、【風の魔法】の術式を唱えると、そこのマークも変わる。やってみようか。できる?」


「はい」


 ドロシーは補助人形に杖を向け、【風の魔法】の呪文を唱える。


「"風よ、吹け!"」


 カシャンと音がしたので、ドロシーは確認する。風が吹いているかのようなマークに切り替わっていた。


「すごいです!」とドロシーは興奮した面持ちで語る。


「でしょ」とライトは微笑む。


「それで、魔力を流せば、【風の魔法】が使えるよ」


「へぇ。何か不思議です。こんなにも簡単に、魔法の種類を変えることができるんですね。魔法に応じて、いろいろ考えなくてはいけないと思っていたのですが」


「うん。少し前まではそうだったかもしれないけれど、今は、魔道具に組み込まれている様々な術式を、目的に応じて切り替えるだけで、簡単に魔法の種類を変えることができるようになったんだ。そして、呪文はその切り替えるの手段の一つ。だから、呪文を使わずとも、魔道具内部の術式を切り替える方法なんかも開発されているんだけど、今は慣れているであろう呪文で切り替えていこうか」


「はい!」


「じゃあ、【火球の魔法】に戻して、魔力を流してみよう。魔力を流すときは、ゆっくりでいいよ」


「はい」


 ドロシーは補助人形に杖先を向けた後、呪文を唱え、杖に魔力を流してみる。


 すると、杖先に小さな火球ができて、魔力を流していくと、火球が膨らんでいくのが分かった。


 喜びそうになるも、集中して杖先に視線を送る。


「その調子」


 ライトの言葉に頷き、ドロシーは魔力を送り続けた。


 そして、大人の拳くらいの大きさになったところで、魔力を流すのを止める。


「いいね。火球は感じる?」


「はい」


 ドロシーは杖先に熱を感じた。【火球の魔法】を使っていて、そんな感覚は初めてである。


「なら、その火球を自分の魔力で突き出すよう念じてみようか」


「はい!」


 ドロシーはより集中力を高め、自分の魔力で火球を突き出した。


 ――瞬間。火球が真っ直ぐとした軌道で、補助人形へと飛んでいき、補助人形の顔面に当たった。


 爆発が起き、黒い煙が生じる。


 煙が晴れたとき、補助人形の髪型がアフロになっていて、顔にも煤がついていた。


「素晴らしい!」とライトは拍手した。


「威力も軌道もばっちりだね」


「ありがとうございます!」


 先ほどよりもうまくできた感触があったから、ドロシーは喜びを爆発させそうになる。


 が、補助人形の顔に気づき、申し訳なさそうに眉根をよせる。


 先ほどまでは下手くそだったから、補助人形を壊すことは無かったが、今度はうまくいきすぎて壊してしまった。


「すみません。サブさんを……」


「ああ、それなら、大丈夫。ほら、見て」


 ドロシーが視線を向けると、補助人形は首をブンブン振る。すると、顔が道化師に戻っていた。


「すごい」


「あの程度で壊れるサブじゃないよ」


 安堵しつつも、ライトに『あの程度』と言われたことが不服だった。


 見返してやりたいという気持ちが沸き起こる。


「それじゃあ、今の感覚を大事にして、反復練習を行おう。慣れてきたら、もっとスムーズにできるようになるよ」


「……はいっ!」


 こうして、ライトの指導に確信を得たドロシーは、試験日までライトのもとで練習に励んだ。

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