第10話 元勇者、誓う

 ――時は少しだけ遡って、ライトがドロシーの背中を押した後のこと。


 ライトは静かな廊下で口を開く。


「盗み聞きなんてらしくないね」


 ライトの言葉で、廊下の角からぬっとショウメイが現れた。


「すまん。ライトがちゃんと先生をしているか確認したくてな。それにしても……立派になったな。ライト」


 ショウメイはサングラスを外し、眉間を揉んだ。


 その様に、ライトは呆れる。


「大げさだろ」


「私は今、魔王を倒した時以上に、ライトの成長を感じているよ」


「さいですか」


「ライトがあんな風に人を応援できるとはなぁ」


 ショウメイの感動している様子に気恥ずかしさを覚え始めたライトは、ツンとした態度で歩き出した。


「あんなの、べつに、今までもしてきたわ。それより、さっさと戻ろうぜ。すぐに彼女の番だ」


「ああ」


 サングラスを掛け直したショウメイとともに観覧席へと戻る。


 ちょうど、ドロシーが的当てを行うところだった。


「あんな田舎者には無理だろ」


 ライトの前方にいた男がヤジを飛ばした。


 ライトは、前方にいた男を一瞥し、ドロシーへ視線を戻す。


 ドロシーが杖を構えた。


「"当たって、燃えろ!"」


 呪文を唱えた瞬間、杖先から火球が飛び、的に当たって爆発した。


 ライトはにやりと笑う。


 静寂が大きなどよめきに変わり、驚きの声も上がった。


「おい、あの子、的を破壊したぞ!」


「勇者様以来だ!」


「やべぇ。思わぬ伏兵がいたぞ。今年の受験生、レベルが高すぎる!」


「彼女のファンになったかも!」


 観衆の手のひら返しを目の当たりにして、ライトは鼻が高くなる。


 ドロシーへの賛辞を自分のことのように喜んだ。


 そして、目の前にいた男が呆然としていることに気づき、サングラスを上げる。


「いやぁ、彼女の才能を見抜けない奴、無能だろ。魔法を語る資格がないね」


 ライトはわざとらしく大きな声で言う。前方にいた男が振り返って、ライトを睨むも、その格好に気づき、罰が悪そうに席を立った。


 その様を見て、ライトは鼻を鳴らす。大したことない男だ。


「お、おい。ライト」とショウメイが声を潜める。


「彼女に何をしたんだ」


「何? 魔法を教えただけだよ」


「魔法を教えただけで、あれくらいできるようになるのか?」


「教える人間の腕がいいからね!」


 ライトはドヤ顔で語る。


 ショウメイは呆れつつも、「そうだな」と認める。


 そして最後まで試験を見て、ライトはドロシーの合格を確信した。


  ――翌日の夕方。


 ライトが宿舎で、この空間の使い道について考えていると、外で物音がした。


 扉を開けると、膝に手を着き、肩で息をするドロシーがいた。


「お、ドリィちゃん。早いね、もう帰ってきたんだ」


 王都とアンダーウォール間の移動は、正規の手段なら一日ほど掛かる。そして、合格発表は今日の午前中に行われたはずなので、ドロシーはかなり急いで帰ってきたようだ。もう少し、観光とかしてくると思ったのだが。


「はい! ライトさんに伝えたいことがあって」とドロシーは元気に顔を上げた。


「合格しました! 私、北高に合格できました!」


「そうだろうね」


 ライトが微笑むと、ドロシーは不満そうに頬を膨らませた。ライトは狼狽える。


「え、何で?」


「んー。もう少し、喜んでくれても良いんじゃないかなって」


 ライトは大げさに手を叩いて、眉を開く。


「マジ? やったじゃん! すげぇ! ドリィちゃん、すげぇ!」


「はぁ……。もう、いいです」とドロシーは呆れるも、改まった表情で頭を下げる。


「でも、ありがとうございます。ライトさんの指導があったから、合格できました」


「どういたいまして。ただ、ドリィちゃんの努力があってこその合格だよ」


「……はいっ! あ、そうだ。王都で、お礼も兼ねて、お菓子を買ってきたんですけど」


 ドロシーが差し出した小箱をライトは笑顔で受け取る。


「ありがとう。良かったら、ドリィちゃんも一緒に食べる?」


「え、いいんですか?」


「もちろん」


「それじゃあ、お言葉に甘えて」


 ライトはドロシーを中へ招き入れ、宿舎に設けた簡易キッチンでお湯を沸かす。


 宿舎には、小さなテーブルと椅子も用意していたので、ドロシーに座るよう促し、テーブルの上にお菓子と白湯の入ったカップを置いた。


「ありがとうございます。そういえば、ライトさんはいつ帰ってきたんですか?」


「昨日だけど」


「試験が終わってからですか?」


「うん」


「どうやって?」


「空を飛んで」


「え、そんなことができるんですか?」


「うん。今度、教えてあげるよ」


「ありがとうございます……。あの、ずっと思ってたんですけど、ライトさんって何者なんですか?」


「ん? しがないただの魔法使いだよ」


 ライトは誤魔化すように微笑んだ。


「へぇ」


 ドロシーが訝しそうにしているので、ライトは話を逸らす。


「そういえば、もっと観光とかしなくて良かったの?」


「はい。ライトさんに早く合格したことを伝えたくて」


「そっか。すまんな」


「いえいえ。あ、そうだ。あと、嬉しいことがあったんで、それも話したくて」


「何?」


 ドロシーは気恥ずかしそうに、マントの下からカードを取り出した。それを見て、ライトは言葉を失う。勇者ライトの肖像画だった。


「売っていたんで、買いました。その勇者様だそうです。初めて見たんですけど、その、とってもカッコ良くて、一目惚れしちゃいました」


 ドロシーの頬がポッと赤くなる。ライトは動揺を隠すように、サングラスを上げる。


「……へ、へぇ。こういう人が好きなの?」


「はい! とっても誠実そうな方で、ママも好きになったそうです」


「そ、そうなんだ」


「しかも、試験中にシャロちゃんって女の子と仲良くなったんですけど、その子曰く、実際の勇者様は、もっとカッコ良くて、優しくて、女性に対する気遣いもできて、真面目で、頭が良くて、身体能力も高くて、家事もできて、料理もできて、とっても魔法が得意なんだそうです! すごくないですか!?」


「すごいね」


 ライトは平静を装いながら答えるも、心の中で「誰だよ、それ」とツッコミを入れる。美化されすぎていると思った。


「そんな話を聞いていたら、私、勇者様に会いたいなと思って、試験ももっと頑張ることができました!」


「それは良かったね」


「はいっ!」


 そこで、ドロシーが自分をじっと見ていることに気づき、ライトは苦笑する。


「どうかしたの?」


「あ、いや、ライトさんは勇者様にどこか似ているなって……」


「俺が? そんなわけないじゃん。共通しているのは、名前だけだよ」


 ライトがドキドキしながら答えると、ドロシーはニコッと笑う。


「そうですよね」


 ライトはホッと胸を撫でおろす。やはり、この見た目にして正解だったと思う。


「あれ? でも、そう言えば、的当てのときに、勇者様の話をしてくれましたよね? あれって」


「ああ、それは友達から聞いた話。ほら、歳が近いからさ、そういう話を聞く機会とかもあったんだよ」


「そうなんですね。でも、楽しみだなぁ。北高で頑張っていたら、勇者様とも会えますよね?」


「……うん。会えると思うよ」


「ですよね! よーし、頑張ろう!」


 やる気に満ちた表情のドロシーを見て、彼女の夢を壊さないようにしようとライトは思った。


 こうして、村人たちとも友好な関係を築きつつあったライトだったが、その裏で壮絶な勘違いが発生していたことをこのときは知らなかった――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る