第11話 商人、勘違いする

 ――ライトに対する勘違いが生じたのは、ライトがドロシーへ魔法の使い方を教えた日のことであった。


 その日、村にはタツトラという商人が訪れていた。


 タツトラは『足で稼ぐ』を信条に、良品を探すためなら辺境へ赴くことも辞さない商人で、アンダーウォールの周辺に金になる草があるとの噂を聞きつけ、探しにしてきていた。


 タツトラは、夕方頃まで村で聞き込みを行い、一度街へ戻ろうとした際に、村の外れで、〈発光灯〉で照らされているピンク色の建物を見つける。


「ん? 何だ、あの建物は?」


 薄暗闇の中で怪しい存在感を放つその建物を見て、タツトラはピンとくる。


(そうか。あれは、風俗店だな)


 タツトラは、これまで世界中を旅する中で、様々な風俗街に立ち寄ってきたから、すぐに思いついた。


(こんな田舎にあるとは珍しい。しかも北ノ国では、先の戦いで厳しく取り締まられたと聞いたが……。もしかしたら、どこかから逃げてきた店なのかもしれないな)


 タツトラは、卑しい笑みを浮かべる。そういう店の方が、いろいろと楽しめるので、タツトラとしては好ましかった。


 タツトラが観察していると、建物の中から人が出てくる。遠目から見るに、若い女性だった。タツトラは舌なめずりしながら、建物に近づき、すれ違いざまに女性を観察する。


 きれいな少女だった。


 タツトラは興奮し、思わず、声を掛けてしまう。


「あ、あの」


「……は、はい」と少女は警戒心をあらわに答える。


「急にすみません。実はあそこの建物に興味がありましてね。差支えが無ければ、教えていただきたいのですが、あそこでは何をされていたんですか?」


「何をされていた……」


 少女の顔が真っ赤になった。恥辱に染まったその顔を見て、タツトラの血流のめぐりが良くなる。


「そ、その、魔法の特訓です」


「魔法の特訓。ほぅ」


「すみません。早く帰らないといけないので」


 少女はペコペコ頭を下げると、足早に離れていった。


 その背中を見て、タツトラは確信する。あそこが風俗店で、彼女がそこで働く嬢の一人であることを。あの初々しい反応は、最近入ったばかりだからに違いない。


(ちょっと失礼なことをしてしまったかな)


 店外の嬢に話しかけるのは、マナー違反だったか。紳士として振舞うことができなかったことを恥じるが、悪びれる様子はない。


(ふふっ、こいつは楽しめそうだぞ)


 少女の顔が過る。レベルの高い美人だった。さらにこの村は、全体的に顔面偏差値が高いように感じたので、タツトラの期待は高まる。


 しかし、気になることがあった。


(『魔法の特訓』と言っていたな)


 その言葉の真意について考え、思いつく。おそらく、何らかの隠語なのだろう。風俗店では、そういった行為を婉曲的に表現することがある。魔法の特訓もそういった表現の一種に違いない。


(それじゃあ、行ってみるか)


 タツトラはワクワクしながら店の前に行き、まずは外観を眺める。とくに店の名前を記した看板らしきものは無かったが、入口の横に立てかけられた『休憩可』の文字を見て、にやりと笑った。


 扉をノックしようとしたところで、先に扉が開く。


 現れた人物を見て、タツトラはギョッとした。金髪のサングラスを掛けた男だったからだ。


「何か用ですか?」


 タツトラはすぐ冷静になる。風俗店では、強面の男が対応することも珍しくない。だから、この男もそういう類の人間であると納得する。


「あの、魔法の特訓を受けたいのですが?」


「魔法の特訓? あなたがですか?」


「はい。ここで受けることができると聞いたので」


 沈黙。男はタツトラを数秒眺めた後、「まぁ、いいですけど」と言った。


「とりあえず、中に入っちゃってください」


「はい」


 タツトラは、少しだけ不安になりながら、中に入る。


 中は弱い光で照らされたそこそこ広い空間で、部屋の中央にベッドが一台だけあり、ピンクの外壁と相まって妖艶な雰囲気が漂っていた。


 タツトラは困惑する。内装は、想像通りだったが、他にキャストらしき者がいなかった。


「あ、今すぐ明るくしますね」


「え、ええ。まぁ、それはいいんですけど、あの、他の方は?」


「ここには俺しかいませんけど」


「え、あなたしかいないんですか? じゃあ、魔法の特訓は?」


「俺がしますけど」


「えぇぇ、あなたが?」


「はい。ご要望とあらば、みっちりしごきますよ」


「みみみ、みっちりしごく!!!???」


 タツトラはひどく動揺する。


「その前にいろいろと確認させて欲しいのですが」


 そのとき、タツトラは端の方にいる道化師の人形に気づいた。


「あ、あれは?」


補助人形サブドールですけど……」


(ラララ、ラブドール!?!??!?)


 聞き間違いによって、タツトラの混乱は大きくなる。ラブドールと言えば、一部の好事家たちが好んで使用している愛玩具であった。そんなものがなぜここに。しかも、その道化師は、どう見ても男であった。


「あ、あれは、どうしてここに?」


「ん。まぁ、あれがあるといろんなことができるので」


 いろんなこと……。タツトラの脳内にモザイクだらけの映像が流れ、急にケツが寒くなってきた。そこでタツトラは、この店の主なターゲットを理解する。先ほどの少女は、嬢では無かったのかもしれない。


「大丈夫ですか?」


「……す、すみません。やっぱり魔法の特訓は無しで」


「はぁ、まぁ、いいですけど」


 困惑する男に微笑みかけながら、タツトラは後ずさりして、店の外に出ると、「それでは、失礼しました!」と言って、逃げ出した。


 店から離れた所まで移動し、タツトラは肩で息をする。危うく新世界の扉を開くところだった。


「あれ? タツトラさんじゃないですか?」


 タツトラは声を掛けてきた冴えない面の中年男性を見て、「おぉ、トークの旦那じゃないですか」と驚く。


 トークは、北ノ国の役人で、タツトラがよく商談を持ちかけていた相手だった。あの国王の下で働けていることが不思議なくらい適当な男で、何度か美味しい思いをさせてもらっている。そんな男が、この場所にいることが意外だった。


「いやぁ、さっき、村の人に話を聞いたら、今日は他にも旅人がいると聞いたんですが、それってタツトラさんのことだったんですね。どうしてこちらに?」


「いつもの商品探しですよ。旦那こそ、どうしてここに?」


「ん。まぁ、いろいろありましてね。それより、慌てているように見えたのですが、どうかしたんですか?」


「あ、それが、お恥ずかしい話。ちょっと、勘違いしてしまったようでして」


「勘違い?」


「ええ。あそこに、ピンク色の建物が見えるでしょ」


「はい。ありますね」


「あれは、レベルの高い風俗店だと思ったんですが、どうやら『女性向けの風俗店』みたいなんですよ」


「女性向けの風俗店。ほぅ」


「ただ、男の相手もしてくれるみたいだから、旦那も怖いものみたさで、行ってみたら、どうですか?」


「……へぇ。ただ、僕にはそんな趣味は無いから遠慮しておきます」


 と言いつつ、トークは興味深そうに目を細めた。


「確認なんですけど、もしかして、その店のオーナーって、金髪だったりします?」


「はい。そうでした」


「そうですか」


 トークは不敵に微笑む。その様を見て、タツトラは興味をもった。


(これは何かあるな)


 トークから話を聞き出すため、タツトラは営業モードに切り替え、ニコニコしながら話しかけた。


「旦那はこれからどうされるんですか?」


「街に行こうかと思っていました。この村には、宿泊する場所が無さそうだし」


「そうでしたか。なら、一緒に行きましょう」


「ええ、そうですね」


 そしてこのタツトラの勘違いが、トークを介し、国王の耳へと入ることになる――。

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