第12話 友人、心配する

「何? 勇者ライトが女性向けの風俗店を開店しただと?」


 国王であるノスバートにその知らせが届いたのは、政策会議中のことであった。


 その会議に出席していた大臣たちがどよめき、ショウメイは眉をしかめる。


「その情報は間違いないな?」


「はい」と公安大臣のゴードンが頷く。


「現場に派遣したトークからそのような連絡がありました」


「ふむ。そうか」とノスバートは思案顔になる。


「即刻潰すべきですわ。風俗店なんて汚らわしい」と声を荒げたのは、教育大臣のヒルダだ。ヒルダは「折角、潰してきたのに……」と恨めしそうに続ける。戦中に風俗店を潰すよう積極的に動いたのは、他でもないヒルダであった。


「ショウメイは何か聞いていないのか?」


 ノスバートの問いかけにショウメイは首を振る。


「いえ、私は何も」


「ふーん。そうか」


「陛下、今すぐに止めさせましょう」とヒルダは前のめりになる。


「まぁ、待て。何か考えがあるはず。……そういえば、勇者には性欲を抑える呪いが掛かっていたのではなかったか?」


「はい。そのはずです」とショウメイが答える。


「そして、呪いが解けたなんて話も聞いていません」


 ショウメイは思い返す。


 先の戦いにて、ライトは『性的な興奮を覚えると、気分が萎える呪い』、通称『賢者の呪い』を自分自身に掛けた。これは、魔王軍幹部の『色欲のアスモデウス』率いるサキュバス軍との戦闘中に掛けた呪いであり、急造の術式を使用したせいで、ライト自身もその解き方がわからないと言っていた。


 そこまで不自由は感じないから解呪は後回しにするとも言っていたが……。


(まぁ、でも、解く時間ならあるか)


 ライトの現状を踏まえれば、術式の解析をする時間はたくさんあるように思う。


「すみません」と声を上げたのは、魔法大臣のジーダンだ。


「その呪いって確か、『賢者の呪い』でしたよね?」


「はい」とショウメイ。


「そうですか。それならば、もしかしたら、彼が風俗店を開いたのも、抑圧された性欲がにじみ出た結果かもしれません」


「ふむ。どういうことだ?」とノスバート。


「はい。『賢者の呪い』は、陛下の言う通り、あくまでも性欲を抑える呪いです。つまり、性欲に蓋をして、無理やり押さえつけているような状態です。このとき、彼の性欲が発散されているわけではないので、彼の性欲は内部にたまり続けます。その内部にたまっている性欲が、彼の無意識に働きかけ、女性向け風俗店の開店に至ったのではないかと推測します」


「なるほど」


「仮に私の推測が正しいのであれば、今回は無理に潰すようなことはせず、様子を見て、放っておくのが良いかと思います。理由は、彼の抑圧された性欲をさらに抑圧すると、彼に多重のストレスが掛かり、我々が恐れている『暴走』が起きかねないからです」


「なっ、そんなのはいけません! 風俗店なんて汚らわしい物、すぐに潰すべきですわ!」とヒルダは目を怒らせる。


「それを決めるのは、陛下です。私は、あくまでも、私の意見を述べたに過ぎない」とジーダンは素っ気なく答えた。


「どうされるおつもりですか、陛下!」


 ノスバートは、数分の思案の後、ゆっくり開口する。


「とりあえず、様子を見ようじゃないか」


「ななっ! どうしてですか!?」


「ジーダンの言う通り、暴走を招きかねないからだ。だから、まずは様子を見る」


 ノスバートの決定とはあっては、強く言い返すことができず、ヒルダは不服そうにしながらも、口を閉ざした。


「ショウメイ」


「はい」


「ライトから事情を聞き、私に報告してくれ」


「承知しました」


 そして、会議終了後、ショウメイは〈ツマホ〉ですぐにライトへ連絡した。


「もしもし」とツマホに出たライトの調子は呑気なものだった。


「ライトか? ショウメイだ」


「おう。どうした?」


「調子はどうかなと思って」


「まぁ、元気だけど。それ、数日前も聞いてなかった?」


「ああ、ちょっと心配でな」


「ふーん。そっか」


「そういえば、村では何をしているんだ?」


「とくに何もしてないけど」


「それじゃあ、引っ越してからずっとダラダラしていたということか?」


「べつにそういうわけではないよ。村の人に挨拶したり、家の隣に宿舎だった建物があったから、そこを改修したりした。あとは、魔法を教えて欲しいと言われたから、教えたりもしたかな」


「魔法を教えた相手は女性か?」


「うん」


「その女性に変なことはしていないよな?」


「するわけないじゃん。というか、今ので思い出したけど、あの呪いまだ解けてないから、しようと思っても、できないよ。そもそも、する気はないけどね」


「そうか。そうだよな……」


「何かあったの?」


「まぁ、単刀直入に言うと、ライトが女性向け風俗店を開いたんじゃないかって噂になっている」


「俺が? そんなもの開くわけないじゃん」


「だよな」


「何でそんな噂が流れているの?」


「こっちが聞きたいくらいだ。多分、何か勘違いがあったんだと思う」


「ふーん。勘違いねぇ」


「だから、紛らわしいことはしないように気を付けた方が良いぞ」


「りょーかい」


 ライトへの確認が終わった後、ショウメイはすぐにノスバートへ報告した。


 ショウメイの話を聞き、ノスバートは「ふむ」と頷く。


「なるほど。ということは、トークが何か勘違いして報告してきた可能性があるわけか」


「はい。そのように思います」


「わかった。確認ありがとう。もう下がって良いぞ」


「はい。失礼します」


 ショウメイは、自分の仕事場へ戻る途中、ふと思った。


(陛下の対応が、やけにあっさりしていたな)


 ノスバートは他人のミスに厳しい。だから、今回の場合、トークに対する苛立ちがあってもおかしくないはずだが、そういった言動は見られなかった。


(……思い過ごしなら良いが)


 ショウメイは一抹の不安を抱きながら、廊下を歩いた。ショウメイが去った後、ノスバートがほくそ笑んでいたことも知らずに――。



☆☆☆



 ショウメイからの連絡を受け、ライトは首をひねる。


「風俗店と勘違いされるようなことなんてした覚えはないが……」


 しかし、噂が流れているのだとしたら、何かをしたに違いない。


 ライトは心当たりがないか考えているときに、気が付いた。


(そういえば、俺、風俗店とか行ったことが無いな)


 貧民街にも風俗店のようなものはあったらしいが、貧民街で生活していたときは、子供ということもあり、風俗店を意識したことは無かった。


(もしかしたら、大人たちが近づくなと言っていたエリアとかにあったのかも)


 そして、十二歳頃に魔法の才能を認められ、それからは魔法漬けの日々だったし、北高を卒業後はすぐに魔王軍と戦っていたので、風俗で遊んでいる暇など無かった。


 だから、風俗店らしい言動がどのようなものかわからない。


(ショウメイに聞くか?)


 しかし、ライトは苦笑しながら首を振る。


 そんなことのために、ショウメイに連絡するのは忍びない。


(まぁ、いいや。よくわからんけど、気をつければいいんだろ?)


 そのとき、扉をノックする音が聞こえ、ライトは扉を開ける。


 そこには、照れ笑いを浮かべるドロシーが立っていた。


「あの、今日も魔法の特訓をお願いしてもいいですか?」


「もちろん!」


 ライトは微笑んで、ドロシーをピンク色の建物の中に招き入れた。



――――――――――――――――――――――――

ここまでお読みいただきありがとうございます!


こちらの作品ですが、この回を持ちまして、いったん完結とさせていただきます。


理由は、リアルで忙しくなりそうな気配があり、その前にもう一つ書いておきたい作品があるからです。


そのため、この作品はいったん完結とし、時間ができたら続きを書きたいと思います。


改めてになりますが、ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。

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勇者を辞めた俺、正体を隠しながら田舎でスローライフを送ろうとするも、移住先の村を発展させてしまう 三口三大 @mi_gu_chi

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