第02話 元勇者、引っ越す

 ――数日後。


 新天地に出発するライトの前に、ショウメイがいた。


 ショウメイはライトを見て、くすくす笑う。


 ライトはイメチェンしていた。黒髪は金髪に変わり、眉も細くなっていた。薄色のサングラスをかけ、耳には黒いイヤーカフが。長袖の上に、南ノ国で買ったアロハシャツを着用する姿は、完全に輩だった。


「似合っているぞ」とショウメイ。


「ありがとう。誉め言葉として受け取っておくよ」


 ライトは苦笑する。ライトは今回、自身の正体を隠して、田舎に移住することにした。正体を明かしたら、連日連夜人が押し掛けてきて、ゆっくり休むことができないと考えたからだ。


「そうだ。これを」


 ショウメイから手紙を受け取る。


「それは、ライトが移住する村の村長宛に父が書いた手紙だ。村に行ったら、渡してくれ」


「わかった。村長とは知り合いなんだっけ?」


「私は直接の面識はないが、父の後輩らしい。昔、いろいろと面倒を見たんだとか。良い人だと聞いている。すでに、父を介して話は通してあるから、移住もスムーズに進むだろう」


「ありがとう。いろいろやってくれたみたいで」


「なぁに。これくらいお安い御用さ」


「ちなみにどんな場所なの? 行ったことない気がするんだけど」


「確かに、今回の旅では立ち寄らなかったな。それはつまり、魔王軍からの被害がほとんどないことを意味し、自然が豊かな場所と聞くから、ライトもゆっくりできるだろう」


「そうなんだ。そういえば、今ので思い出したんだけど、復興の手伝いとかはしなくていいの?」


「ライトは気にしなくていい。ライトに任せると国が傾きかねないからな」


「……どういうこと?」


「今回の戦いで仕事を失った国民も多い。だから陛下は、そういった者たちへ復興を名目に仕事を与えるつもりだ。もしもライトがいたら、確かに復興も早まるだろうが、そういった者たちの働く機会を奪うことになる。すると、仕事が無い国民は、仕事がある他国へ移住しかねないし、残ったとしても、その不満を国にぶつける事態になりかねない。だから、多少復興が遅れても、国民に仕事を与えることを優先し、ライトへの協力は見送ることにしたのだ」


「なるほどねぇ」


「それに、ライトが復興でも活躍したとなると、国民は陛下ではなく、ライトをより支持するようになるだろう。それは、陛下が望むところではないのだ」


「なら、俺も復興は考えず、のんびりさせてもらうよ。ただ、どうしても俺の力が必要なときは言ってくれよな?」


「もちろんだ。そのときは、ライトの力を借りよう」


 そのとき、教会の鐘の音が鳴った。正午を知らせる合図である。


「そろそろ行こうかな」


 ライトは絨毯を広げて、右手の人差し指にはめた〈魔法の指輪〉を介し、【浮遊の魔法】を発動する。


 すると、絨毯が宙に浮かび、ライトはその上に乗る。


「あと、そうだ。あまり心配はしていないが、何か悩むようなことがあったら、迷わず私に相談してくれ。ライトは、たまに思い付きで変なことをするからな」


「変なこと? そんなことしたっけ?」


「前にも言っただろ」


 ショウメイがジト目になったので、ライトは苦笑する。確かに、言われた気がした。覚えてないけど。


「わかった。気を付けるよ。んじゃ、またな」


「ああ。達者でな」


「ショウメイもな!」


 ライトはショウメイと笑顔で別れ、北に向かって、絨毯を飛ばした。


 ――それからしばらく、ライトは空を飛び続けた。


「……長いな」


 今回移住する予定の場所は、王都からもかなり離れた場所にあり、飛び続けるのも飽きてきた。


 しかし飛んでいるうちに、遠くに見えていた黒い山々がその存在感を増してくる。


 『ノース・ウォール』と呼ばれる巨大な山脈だ。


 季節は春になっていたが、山には雪が積もり、冬将軍がまだ居座っているように見えた。


 見ているだけで寒くなってきたので、ライトはマントを羽織り、寒さをしのぐ。


「確か、この辺だったと思うけど」


 ライトは眼下を眺め、集落を探す。


 文字通り、『ノース・ウォール』が壁となっているおかげか、眼下では冬の気配が失せ、緑が芽吹き始めていた。


(この辺は、自然が豊かだと聞いていたが、マジで自然しかないんだな)


 少し呆れていると、ようやくそれらしい集落を見つけ、高度を下げる。


 地面に降り立つと、絨毯を小脇に抱え、集落の入り口と思しき場所に立つ。


 そこに立札があったので、確認した。


『アンダーウォールへようこそ』


 ライトは頷く。目的の村だった。


「んじゃ、行きますか」


 ライトは道に従って、集落へと足を踏み入れた。


 そこは、道沿いにレンガ造りの家が建ち並び、長閑な空気が流れている場所だった。


(……ふーん。まぁ、良さそうな場所だな)


 ライトが好印象を抱いていると、壮年の女性がいて、ライトに気づく。


「おや? 旅人さんかい?」


 女性は穏やかな調子であったが、ライトの恰好に気づき、一瞬、動揺が走る。


 しかし、それはすぐに笑顔の下に隠れた。


「いえ、そういうわけではないです。今日からこちらに住む予定の者なのですが」


「ああ、あなたが。話は聞いているよ。ずいぶんと……都会的な方なんだね」


 女性はド派手な見た目に対し、気を遣ってくれたらしい。


 ライトは、「ええ、まぁ」とへらへらしながら答える。


「村長の家はどちらですか?」


「ああ、それなら、ここをまっすぐ行って、右に進むといい。すると、家の前に赤い花を植えている家がある。それが村長のお宅さ」


「そうなんですね。ありがとうございます」


 ライトは女性にお礼を言って、言われたとおりに進み、それらしき家を見つける。


 玄関に設置されていたベルを鳴らすと、中から毛皮のチョッキを羽織ったふくよかな壮年の男性が現れる。


 男性はライトを認め、狼狽する。


「どちら様でしょう?」


「すみません。本日からお世話になる予定のライトです」


「ああ、あなたが。どうぞ、中へ」


「失礼します」


 客間へ通され、白湯が出される。


「ここまで遠かったでしょ?」


「まぁ、そうですね」


「すみません。わざわざ。おっと、紹介がまだでしたね。村長のボルド・アルバーです」


「ライト・キラです」


「ははっ、勇者様と同じ名前だ」


「そうですね。でも、俺が勇者様なわけないじゃないですか」とライトは苦笑する。


 ライトという名前はそれほど珍しい名前では無かったから、ファーストネームは変えず、ラストネームを『キラ』にすることで、偽名とした。


「そうですよね。勇者様は品行方正な方だとお聞きしているし。あ、いや、その、ライトさんがべつに品行方正じゃないと言いたいわけではなく」


 慌てているボルドを見て、ライトは自分の読みが正しかったことを知る。


 イメージとは真逆の恰好をすることで、正体を隠す狙いがあった。


 ライトはサングラスをくいっと上げながら、優しい声音で話す。


「大丈夫ですよ。ああ、そうだ。これを預かってきました」


 ライトがショウメイから預かってきた手紙を渡すと、男性は眼鏡を掛け、手紙を読む。


「ふむふむ。ライメイさんらしい硬い文章だ」


 ライメイとはショウメイの父親のことだ。


 ボルドは先輩からの文をどこか懐かしむように眺めた後、顔を上げる。


「なるほど。いろいろ大変だったようですな」


「……はい」


 ライトは、都会の人間関係に疲れた結果、田舎に引っ越すことにした――ということになっている。


 そのため、どこか疲れたような表情で頷く。


「まぁ、ここは静かな場所だから、嫌なことを忘れて、ゆっくりするといいですよ」


「はい。ありがとうございます」


「じゃあ、家に案内しましょう」


 そして、ボルドに案内されたのは、集落の端にあるレンガ造りの小さな家だった。その隣に、塗装が剥げているやや大きめの建物もあった。


「ここは宿屋を経営していた者が住んでいたところでして、隣がその宿舎ですね」


「へぇ。これは宿舎なんですね」


 ライトは大きめの建物を観察する。外見がぼろぼろのせいか、廃墟にしか見えない。


「前の方は、どうしてここから出て行かれたんですか?」


「壁、つまり、あの山を越えて魔王軍が侵攻してくると言って、出て行きました。結局、魔王軍が現れることは無かったんですけど」


「へぇ。いいんですか? 私が使っても」


「はい。前の方が、出て行く際に所有権を放棄したので、今日からはライトさんのものです。好きに使っちゃってください」


「わかりました」


「家具とかも前の方のが残っていますので、それを使ってください。新品とかが良い場合は、相談してもらえると」


「ありがとうございます」


「あと、戸締りは一応ちゃんとしておいてください。最近、何かと物騒なので」


「え、そうなんですか?」


「まぁ、と言っても、実害が出ているわけではないのですが、最近、この辺で怪しい輩の目撃情報がちらほら」


「へぇ」


 ライトは、一瞬、自分のことかと思ったが、ここに来るのは今日が初めてなので、そんなわけないかと結論付ける。


「一応、国に報告はしているんですけど、動いてくれる気配は無く」


「……そうなんですね」


 ショウメイの顔が過る。


(もしかして、防犯のためにここを紹介したのか?)


 と思ったが、それは邪推な気がしたので、考えを改める。ショウメイなら、あらかじめ説明していた思う。


「ということで、私からの説明はこんなところですね」


「ありがとうございます。住人の方への挨拶とかはした方が良いですかね?」


「ん。それは、見かけたらで良いと思いますよ。あなたのことは、すでに伝えてあるので」


「そうですか。わかりました」


「まぁ、田舎者は冷たいなんて言われることもありますが、ただ不愛想なだけで、皆、根は良い人なんで安心してください」


「はい」


「それじゃあ、ライトさん。これからよろしくお願いしますね」


「はい。お願いします」


 こうして、ライトの田舎での生活が始まった。

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