勇者を辞めた俺、正体を隠しながら田舎でスローライフを送ろうとするも、移住先の村を発展させてしまう

三口三大

第01話 勇者、引退する

 北ノ国の国王が住む城の前で、お祭りが開かれていた。


 市民が全員集まっているのではないかと思われるほどの人出で、城の前は異様な盛り上がりを見せている。


 市民がこれほど熱狂しているのにも理由があった。


 勇者ライトが魔王を倒したからだ。


 五年前に魔王が出現してから、多くの国が被害を受け、北ノ国も攻撃を受けた。


 そのため、国王は戦いに備え、お祭りなどの人が集まる行事や娯楽活動を禁じ、国民に我慢を強いた。


 しかしそれらの我慢も、ライトが魔王を倒したことで解禁され、人々は五年分のうっ憤を晴らすかのように、お祭りを楽しんでいた。


 そんなお祭りの主人公であるライトは、城の高い場所から遠目にその盛り上がりを眺めていた。


 ライトは二十代前半の真面目そうな顔つきの青年で、その顔に安堵の色が広がっている。


「ここにいたのか」


 長髪で精悍な顔つきの男がやってくる。賢者ショウメイだ。ショウメイは、まだ三十代の前半であったが、若くして王にその才能を認められた人物で、ライトにとっては、一緒に魔王と戦った旅の仲間ともでもある。


「うん。まぁな。騒がしいところは苦手でね」


「そうか」


 ショウメイは、ライトの隣に立って、街の喧騒を眺めた。その顔に笑みが浮かぶ。


「この日常を取り戻すことができて、良かったな」


「……そうだな」


「ライトは、これからどうするつもりなんだ?」


「とくに決めてはいない。が、金だけもらって、田舎に移住でもしようかなと思っている」


「ほぅ。それはまたどうして?」


「んー。俺の勘なんだけど、王様が俺のことを良く思っていない気がするんだよね」


「……流石だな、ライト。お前の勘は正しく、陛下は、最悪の場合、お前を殺すつもりだ」


「そいつはずいぶんと物騒な話だ。でも、どうして?」


「今のところ、理由は二つ。一つ目は、お前の力を恐れているからだ。今のお前は、魔王と同等以上の力を持つ。それはつまり、お前がその気になれば、魔王と同じことができるということだ。だから、お前の気が触れる前に、危険な芽を摘んでおこうと考えている」


「なるほど。あの王様らしい考えだ。でも、確かに、今の俺にはその気がなくとも、この力を悪用する未来はあるかもな」


 現国王は、時に臆病と言われるほど、慎重に物事を考える人だった。


 また、為政者に必要な冷徹さも持ち合わせており、権力を手中に収めるため、二人の兄を殺し、姉と妹は異国の下級貴族に嫁がせ、城内にいた自分の派閥以外の人間は、たとえ師と仰いだ相手であっても、容赦なく追放したと聞く。


 他にもいろいろな逸話はあるが、いずれにせよ、危険と感じたら、救世主も躊躇いなく殺害するだろう。


「で、もう一つの理由は、革命が起きかねないからだ。現在、多くの国民が、魔王を討伐したライトを支持しているため、その流れで革命が起きかねない状況にある。それによって生じる混乱を、陛下は危惧しているのだ」


「ふーん。でも、俺に国王をやる気なんてないよ」


「国民からしたら、ライトの気持ちなんか関係ない。数の暴力で、自分たちの考えを押し切ろうとするのさ。今はいろいろと後処理などもあって、その時ではないにも関わらず。さらに、ライトのその関心のなさを利用して、実権を握ろうとする者が現れるだろう」


「そういうもんか。なら、なおさら、表舞台から消えた方が良さそうだな。余計な混乱を生まないために」


「ライトはそれでいいのか?」


「ああ。ショウメイも知っているだろう? 俺という人間は、何か大きな志をもって生きているわけじゃない。魔王だって、仕事だったから倒しただけだし」


 ライトは貧困街の出身で、生きているだけで幸せと教えられてきた影響か、普通に生活できれば、それで満足できる性分だった。


 魔王に関しても、仕事を求めて兵役に就こうとしたら、特別な力を持っていることが判明し、その流れで倒したに過ぎない。


 そんなライトを見て、ショウメイは「ふっ」と笑みをこぼした。


「ライトは魔王を倒したというのに、良くも悪くも変わらないな。魔王を倒したなら、欲の一つや二つ、出そうなものだが」


「そうだな」


 欲という言葉で、ライトは自分に掛けた呪いのことを思い出す。


 無欲なのは、あの呪いも関係しているかもしれない。


「よし、わかった。ならば、私はそんな友の選択を尊重しよう」


 ライトは気恥ずかしそうに微笑んだ。ショウメイに真っ直ぐな目で、『友』と言われると、照れてしまう。


 ――ということで、翌日。


 謁見の間にて、ライトは国王と対面する。玉座に座る国王は、銀色の髪を撫でつけた好々爺であった。しかしその裏側には、疑り深い冷徹な本性が隠されている。


 ライトは国王のそばに控える家臣に視線を走らせた。その中には、ショウメイもいる。


「勇者ライトよ。改めてになるが、先の活躍はお見事であった。国民を代表し、感謝の意を表したい。ありがとう」


「いえ、めっそうもありません」とライトは頭を下げる。


「勇者としての責務を果たしたまでです」


「うむ。それで、お主は褒美として何を望む」


「お金が欲しいです」


「ほぅ。その金を使い、何をするつもりだ?」


「田舎で余生を楽しもうかと考えています」


「何? ということは、勇者の座を退くつもりか?」


「はい。後任の方がいらっしゃるのであれば、その方にお譲りします」


「ふむ。後任云々はいったん置いといて、お主はまだ若い。一線から退くにはまだ早いのでは?」


「そうかもしれません。が、魔王との戦いで精根が尽きてしまったようなので、静かな場所でのんびりと暮らしたい所存です」


 ライトは少し気怠そうに言ってみた。むろん、それは自分の言葉に説得力を持たせるための演技である。


 国王は、本心の見えぬ黒い瞳でライトを見据えたが、その瞳は、にゅっと細めた目の中に消える。


「そうか。敵は強大であったから、お主も燃え尽きてしまったのかもしれぬな。わかった。ならば、遊んで暮らしてもお釣りが出るほどの金を出してやろう。それでゆっくり休むと良い」


「ありがとうございます」


 ライトは深々と頭を下げた。


 こうしてライトは、勇者を引退し、田舎で余生を楽しむことになった。

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