第04話 少女、訪れる
「試験が迫ってきているけど、調子はどう?」
黒い長髪の凛とした顔つきの少女――ドロシーは渋い顔になる。親友であるベルの質問が意地悪なものに聞こえたからだ。
「……その調子だとうまくいっていないようね」
「……まぁね」
ドロシーはため息を吐く。ドロシーはアンダーウォール村に住む十四歳の少女で、数週間後に王都にある王立北高等学院の魔法学科を受ける予定だった。しかし、その準備がうまくいっていない。
とくに、魔法の実技試験。この村で、ドロシーに魔法を教えることができるのは、ドロシーの祖母だけなのだが、彼女は何でも褒めてくれるため、逆に不安だった。
「ベルはどうなの?」
「ん。私は、まぁまぁかな」
ベルも王立北高等学院を受験する予定なのだが、彼女は普通科を受ける予定であり、普通科は筆記試験だけなので、そこまで苦労はしていなかった。
ドロシーは、目の前にいる、金髪サイドテールの愛らしい親友を恨めしそうに見つめる。
「そんな顔しないの。魔法学科を選んだのは、ドリィじゃん」
「うぅ、そうだけさぁ」
「そう言えば、最近引っ越してきたライトさんっているじゃん? あの人、魔法が使えるらしいよ。聞いてみたら?」
「らしいね。でも、何か怖いじゃん。小屋をピンクに染めてたし」
「私は良いと思うけどね、あの小屋。だって、可愛いじゃん」
「そうかもだけど、見た目も怪しいし、ママが近づいちゃ駄目って言ってたよ」
「え~。ワイルドでカッコいいじゃん」
「ベルは、ああいう人、好きそうだもんね」
「うん。でも、思っているほど、悪い人ではないかもよ。だって、弟が遊んでもらったって言ってたし」
「あー。妹も言ってた。でも、都会の男の人って、そうやって表向きは良い顔をするんでしょ?」
「都会の男に偏見を持ちすぎでしょ」とベルは苦笑する。
「まぁ、一回くらい見てもらったら? そういえば、パパが言ってたんだけど、魔法とかの相談に乗ってくれるらしいよ」
「ふーん」
――ということで、翌日。
ドロシーはライトの家を訪れた。
家の扉の所に、『隣にいます』との張り紙があったので、塗り直されたピンク色の外壁を眺めながら、宿舎だった建物へ移動する。
そして、ドロシーは扉の前に立つも、扉をノックすることができなかった。人見知りが発動してしまい、緊張で顔が強張る。
(……やっぱり、ベルについてきてもらった方が良かったかな)
そのとき、扉が開いて、中から金髪でサングラスを掛けたライトが現れる。
ドロシーは狼狽するも、ライトはドロシーを認め、眉を開いた。
「お、ドリィちゃん。こんにちは」
「……こんにちは」
一度、挨拶したことがあったから、お互いに面識はある。
「どうしたの?」
「あ、いや、その、ライトさんが魔法を使えるとお聞きしたので」
「ああ、使えるよ。もしかして、俺に相談がある感じ?」
「あ、えっと」
「まぁ、いいや。とりあえず、入りなよ」
ライトに促されたので、ドロシーは渋い顔で中に入る。
断ろうと思ったのだが、うまく断ることができなかった。
しかし、やはり漠然とした恐怖があるので、適当な理由をつけて帰ろうとしたが、内装を見て、ギョッとする。
中もピンク一色で、ほの暗い〈発光灯〉の真下に、ベッドが一つだけ置いてあった。
ドロシーはドキドキする。何故かはわからないが、ドキドキする。
「いやぁ、外だけピンクなのはちょっと違うなぁと思って、中もピンクにしてみたんだよね」
「はぁ」とドロシーは困り顔で返答する。
「ベッドに座って。そこで話を聞くから。何か飲む?」
「い、いえ、大丈夫です」
ドロシーは言われるがまま、ベッドに座った。居心地が悪く、落ち着かない。
帰るタイミングを探そうとするも、その思考を遮るように、ライトが丸椅子に座った。
ライトと向かい合い、ドロシーはより緊張する。
「こういうところは初めて?」
「……はい」
「安心してよ、変な場所じゃないからさ」
「はい」
そこでドロシーは、部屋を満たす香りに気づいて、鼻をひくつかせる。
「お、気づいた?」とライトは嬉しそうに言う。
「アロマってやつを焚いてみた。リラックスさせる効果があるんだって」
「へぇ」
「あ、嫌いな匂いだったら、教えてね」
「いえ、大丈夫です。その……良い匂いだと思います」
ドロシーは頬を染めながら言った。
「なら、良かった」とライトは微笑む。
「アロマとか興味ある?」
「今のところはあまり」
「そっか。でも、興味をもったら、言って。教えてあげるから。と言っても、俺もそんなに詳しいわけじゃないんだけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。だから、一緒にいろんな香りを楽しもうよ」
「……そうですね」とドロシーはもじもじしながら答える。
「それで、ドリィちゃんの悩みって何?」
「あ、その」とドロシーは話すべきか迷う。
しかし、優しく話を聞いてくれそうな雰囲気だったので、ドロシーは話すことにした。
「実は、数週間後に、北高の魔法学科の試験を受ける予定なんですけど、ちゃんと合格できるか不安でして」
「北高って、王立北高等学院のこと?」
「はい」
「へぇ、あそこを受けるんだ」
「ご存じなんですか?」
「うん、まぁ。知り合いがあそこの卒業生だったから」
「そうなんですね」
「ドリィちゃんは、どうして北高を受けるの?」
「はい。その、勇者様のようになりたいからですかね」
「……へぇ。勇者のようになりたいんだ。何で?」
「えっと、勇者様は、貧民街の出身だそうですが、勉学に励み、人のために命を懸けて魔王軍と戦っていると聞きました。それで私も、田舎に生まれたことを言い訳にせず、誰かのために頑張れる人間になりたいと思い、勇者様の精神を学ぶため、勇者様の母校に行きたいと思ったんです」
「……ふーん」
「変、ですかね?」
「いや、変ではないけど。むしろ、良いんじゃないかな」とライトはサングラスを上げる。
「そっか。勇者のようになりたいのか……。じゃあ、試験、頑張らないとだね」
「はい」
「ちなみに、何で魔法学科なの?」
「とくに深い理由は無いんですけど、せっかく魔法が使えるので」
「なるほど。そういうことか」
「やっぱり、ちゃんとした理由があった方が良いんですかね?」
「いや、べつにそういう理由でも良いんじゃないかな。俺の知人も、何となく魔法学科に入ってたし」
「へぇ」
「それで、何が不安なの?」
「えっと、実技試験が不安です。筆記とかは、解答があるからわかるんですけど、実技は人に見てもらうしかなくて、その見てくれる人がお婆ちゃんなんですけど、いつも褒めてくれるから、本当に大丈夫なのかなって」
「なるほど。それは確かに不安だね。わかった。なら、一回俺にやっているところを見せてよ」
「え、ライトさんにですか?」
「うん」
「どうしよう……」
ドロシーは急に恥ずかしくなってきた。今まで祖母の前でしかやったことがないし、魔法を知っているらしいライトに見せて、馬鹿にされないか不安である。
ドロシーが悩んでいると、ライトは手を合わせた。
「ちょっとだけ。ちょっとだけでいいからさ。見せてよ」
ドロシーは驚いた。自分がお願いする立場なのに、ライトの方からお願いしてきたからだ。
その対応を見て、ドロシーはスカートをぎゅっと掴む。
ライトなら、自分の魔法を馬鹿にすることはないだろうし、見せてもいいと思った。
「わかりました。ちょっとだけですよ。でも、あの、馬鹿にしないでくださいね」
「もちろんだよ。ありがとう」
ライトは顔を上げ、にやりと笑う。
「それじゃあ、早速やろうか」
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