第6話地獄のドライブ
愛車に爆弾が仕掛けられているとも知らず、シチローは改造から戻ってきた車に てぃーだ、子豚、ひろきの三人を乗せて湾岸線を快調に飛ばしていた。
シチローが馴染みの自動車整備工場は、腕のいい社長を中心とした家族経営のこじんまりとした会社だったが良心的な金額設定と社長の計らいでツケが効くことから、シチローはよくこの工場に車の整備を出していた。
「どうだい、この車。このバランスのいいエンジンのピックアップの良さと、抜けのいいエキゾーストノートが堪らないだろ」
ほとんど持ち主にしか判らないポイントに上機嫌になり、無駄にアクセルを煽るシチロー。同乗者はそんなもの全く興味が無いので迷惑以外の何物でもない。
「シチロー、ちょっとスピード出し過ぎじゃないの?」
「こんなのでカーブ曲がったら、ひっくり返っちゃうわ!」
シチローの運転技術には一応の信頼はあるものの、時々調子に乗りすぎるのが悪い癖だ。
「な~に、大丈夫だよ。この車、しっかり足回りも補強してあるんだ! サスだって強化してあるし、ブレーキだってこの通り!」
改めて言うが、この車には尊南アルカイナの羽毛田によって爆弾が仕掛けられており、時速60キロでセットされ、時速40キロ以下になると爆発する。その事を全く知らないシチローは、早くもブレーキを力強く踏んでしまった!
♢♢♢
しかし、車は爆発しなかった。なぜなら……
「アレ、おかしいな……」
「どうしたの、シチロー?」
「ブレーキが効かない……」
「なんですとおおぉ!」
「車が爆発しなかったのは、ブレーキが全く効かなくなり、スピードが40キロを下回らなかったからだった。
しかも、運の悪い事に車は海岸沿いから海抜の高い山道に入り、再び下りの道路に差し掛かったところだ。
真冬の雪道をノーマルタイヤで走った時、ブレーキが思った程効かなくて怖い思いをした事があるだろうか。
今回はそんなものの比ではない。下り坂でブレーキが全く効かないのだ。頼りになるのはハンドル操作、あとは前に対向車や障害物が無いことをひたすら祈るしか方法が無い。
「どうなってんだよ、これ! 昨日戻ってきたばかりだぞ!」
普通なら前より良くなっていなければならない。あの整備工場のオヤジ、一体どんな整備をしてくれてんだと文句を口ずさみながら、前の遅い車を右へ左へと器用に追い抜くシチローのすぐそばで突然ハンドフリーの着信を知らせる断続音が鳴り響いた。
「誰だよ、こんな時に……もしもし!」
『あ~もしもし、シチローか?』
「あっ! その声は整備工場のオヤジ……おいっこの車、ブレーキが効かないじゃんかよ!」
『そうか、やっぱりな~。忙しかったもんで、カカアに手伝わせたんだけど……アイツ、ブレーキ液と水を間違えたみたいでよ……エア抜きもしてねえんだと。笑っちゃうだろ?』
「笑ってる場合かっ! 事故ったらどうするつもりだ!」
『悪ぃ~悪ぃ、事故ったら
「ちょっと待ておいっ……もしも~し!」
「クソッ! あのオヤジ、死んだら化けてやる!」
下り坂で車のスピードが弱まる気配はない。それにまだシチローは知らないが、スピードが弱まったら弱まったで羽毛田が仕掛けた爆弾が爆発する。走るも地獄、止まるも地獄……まさに『地獄のドライブ』だった。
まもなく市街地に入り道はひらけてきたが、その代わりに車の前方には様々な障害が現れた。
「きゃあ、シチロー! 前に自転車がっ!」
「ドリフトターンだ!」
「ああっ! 横断歩道におばあちゃんがっ!」
「片輪走行だっ!」
「シチロー、大変!」
「今度は何だ!」
「あのお店、牛丼が半額だったわ!」
「・・・・・・・・・」
♢♢♢
ちょうどその頃、尊南アルカイナでは……
シチロー達がドライブに出かけたという情報を受け、羽毛田はこみ上げる笑いを抑えきれなかった。
「そうだ、あの広告にシチローのスマホの番号が載ってただろ」
「載ってますが、それが何か」
「いや、より恐怖を与える為にシチローの野郎に爆弾の事教えてやろうと思ってな」
もはや今の羽毛田にとって、シチローの苦悩こそが最大の悦びとなっていた。
「なるほど……ボスも悪趣味ですね」
「さて、あの野郎、まだ生きてるのかな」
羽毛田は意地悪く片方の口角を上げながら、シチローのスマホの番号にかけていた。
♢♢♢
「今度は誰だよ、この忙しい時に!」
少しでもハンドル捌きを間違えれば大事故に発展する極限状態で再び鳴り響く電話の呼び出しに、シチローはもう勘弁してくれという表情でハンドフリーの通話ボタンを押した。
「もしもし!」
『その声はシチローだな? いいかよく聞けよ、実はお前の乗ってる車に爆弾仕掛けてな……時速40キロ以下になるとだなぁ……』
「うるせえ!この忙しいのに、くだらねえ事で電話してくんなっ!」
ガチャン
シチローに電話を切られ、啞然とする羽毛田。今のシチロー達にとって、これ以上重要な内容の電話があるだろうか?
「まったく、もう……」
ブレーキは効かないわ、障害物は避けなきゃならないわ、電話は掛かってくるわでストレスが限界のシチロー。出来ればタバコでも吸って一服したいところだが、あいにくそんな余裕も無い。
「シチロー、今の電話誰だったの?」
「羽毛田だよ! ……この忙しい時に、たかが車に爆弾仕掛けたくらいの事で……
……ん? 爆弾仕掛けただって?」
「それのどこがくだらないんだよっ!」
てぃーだ、子豚、ひろきの三人が同時に突っ込んだ。
「絶体絶命だわ!」
「爆発しちゃうよ!」
子豚のいう通り絶体絶命、事態は最悪である。
「確か、時速40キロ以下になると爆発するとか言ってたな」
「それじゃあ、もしブレーキが効いてもスピード落とせないじゃないの!」
「こんな事なら、お弁当先に食べておくんだったわ……」
うなだれたまま、子豚が呟いた。
♢♢♢
「だいたい、シチローが『ドライブに行こう』なんて言うから悪いのよ!」
「なんだよ、ひろきだって乗り気だったろ!」
「その前に変な改造するから悪いのよ!」
「変な改造じゃないよ! 女には男のロマンは分からないさ」
「分からないわよ! どうせならもっと役に立つ改造しなさいよ!」
責任のなすりつけあい(というかほとんどシチローに対する集中砲火)の最中に、
ふと……シチローが黙り込む。
「なによ、シチロー……急に黙り込んで」
「なるほど、その手があったか!」
「どうしたの、シチロー」
「コブちゃんさっき『役に立つ改造』って言ったろ? 今からそれを見せてやるよ」
「えっ、何言ってるのシチロー?」
子豚との口論から、シチローはあるアイデアを思い付いた。
今回、自分の愛車を整備工場に改造に出した際……シチローはある特別な装置の取り付けを注文していた。それは、脱出装置……
「脱出装置?」
「そう、屋根がフルオープンになって、全員分のシートが外へ飛び出しパラシュートが開く……ちょうど戦闘機の脱出装置みたいなシステムだ。まさかこんなに早くこれを使う羽目になるとは思ってもみなかったけど」
「そうか、それなら車が爆発する前に脱出できるわね」
そうと分かれば善は急げである。全員シートベルトの確認をすると、あとは両手を組んで天に運命を委ねる……
そして、運転席のシチローが号令をかけ運命のボタンを押した。
雲一つない青空に浮かぶ、パラシュートが四つ……
それぞれが安堵の表情を浮かべる中、シチローだけが少し浮かない顔をしていた。
「あ~あ……無事に脱出出来たのはいいけれど、車の方は爆弾抱えて行っちゃったよ……」
無人のシチローの車は、ただ道なり真っ直ぐに走っていった。
♢♢♢
丁度その頃、尊南アルカイナでは……
「今頃シチローの野郎、ドカーンといってる頃だな」
「そうでしょうね」
「ワッハッハざまあみろ!」
嬉しくて仕方がないというふうに高笑いをする羽毛田、シチローが脱出に成功した事は当然まだ知らなかった。
すると、急に尊南アルカイナの建物の外がざわざわと賑やかにざわめき出した。
「おい! うるせえぞ、表でなに騒いでやがる!」
羽毛田がドアの方に向かって怒鳴ると、そのドアが開き一人の部下が慌てた様子で羽毛田の方へと飛び込んできた。
「大変ですボス! 変な車がこっちに突っ込んで来ます!」
「変な車だと?」
部下に言われて、羽毛田は窓から外を覗き見る。
「あ……あれはシチローの車!」
♢♢♢
皮肉にも、自ら仕掛けた爆弾の被害にあったのは羽毛田自身だった。
さすがにこれでは生きている事は……
「ゲホゲホッ……死ぬかと思った!」
いや、死ぬだろ普通……
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