5 二度目はないわよ

(ここまでかしら……)


 アストライアは軽くため息を吐く。


 フローラは魔王城のメイド長だ。


 アストライアは幼い頃からフローラに育てられているので、アストライアの行動のほとんどは読まれているも同然だろう。


 オズヴィーンは魔王騎士団の騎士団長で、魔王直属の部下だ。


 魔法なら互角か、アストライアが強いかのどちらかだろうが、日々鍛錬を積んでいる騎士団長の武芸の精度には敵いそうにない。


 そんな二人に逃げ道を塞がれている。アストライアが逃げ切れる可能性はゼロに等しかった。


「説明、ねぇ……」

「えぇ、説明です。…………」

「っ!」


 オズヴィーンが故意に魔力漏れを起こしていることをアストライアは感じ取った。シンを脅すためだろう。アストライアの右後ろにいるシンが怯えている。


 可愛い従者を弄ばれるのは主人としてアストライアは不快感を抱いた。


「オズヴィーン?」

「……失礼致しました」


 すぐに手を引くところがオズヴィーンらしいとアストライアは思った。そんなオズヴィーンと違ってフローラはずっと笑顔でアストライアを見ている。


「アストライア姫様」

「フローラとオズヴィーン共通の要求は理解しているわ」

「ありがとうございます」


 シンについてのことだとアストライアは理解していた。問題はオズヴィーンの持つ二つ目の要求だ。


「オズヴィーン。シン以外の要件を教えて」

「! ……アストライア姫殿下に魔法の解除をしていただきたいのです」

「解除?」


 オズヴィーンにアストライアとシンの結んだ主従契約の魔法が知られたとは考えにくい。


「ごめんなさい。なんのことかしら?」

「はぁ、アストライア姫殿下が魔王城から抜け出す時に追いかけていた兵士たちをお忘れですか?」

「あっ」


 そう言えば、とアストライアは思い出す。魔王城から抜け出す際に、追っ手の兵士たちの相手が面倒になって、魔法で凍らせたのだった。


「でも【氷結】ぐらい【火焔】で溶かせるでしょう? 【停止】を発動していないもの」


 【氷結】に対抗できるのは【氷結】と同じかそれ以上の魔力の量と濃度と魔法の精度の【火焔】だ。


 アストライアは【停止】を発動していないので、普通の者でも簡単に【氷結】は溶かせるはずだ。


 アストライアが不思議に思うと、オズヴィーンは一つ、アストライアに確認した。


「アストライア姫殿下。【氷結】の発動時、【氷結】ではない別の言葉で魔法を発動させませんでしたか?」

「? ……あっ、そういうことね!」


 アストライアは【氷結】ではなく【凍って】と言って魔法を発動させた。


 その場合、魔法を発動できても、魔力の加減が難しくなるため、通常の詠唱の魔法よりも弱くなったり強くなったりするのだ。


 今回の場合ケースは【凍って】と言ってしまったため、【氷結】よりも魔法の効果が強くなってしまったのだ。


 アストライアは魔力が高濃度で量も多く、魔法の精度も高いため、普通の詠唱魔法でも他者より効果が強まる。


 それに加えてアストライアは【氷結】ではなく【凍って】と通常の詠唱ではない方で魔法を発動させてしまった。


 だからオズヴィーンでも【火焔】で氷を溶かすことができなくなってしまったのだろう。


「兵士たちは?」

「今、出します。……【転移】」


 オズヴィーンの【転移】の応用によって、アストライアに凍らされた兵士たちが現れた。アストライアはいつもよりも多めに魔力を使って【火焔】を発動させる。


「【火焔】」


 兵士たちを固めていた氷が溶け始める。


 【火焔】と言わず【燃えろ】と一言そう言えばすぐに終わるとアストライアは一瞬考えた。


 しかしそれでは【凍って】と言った時と同じように魔法の効果が高まり過ぎて、逆に兵士たちを殺してしまう可能性があったため、止めたのだ。


 氷が大方溶けたのを確認すると、アストライアはお詫びに治癒系統の魔法を発動させた。


「【治癒】【回復】【修復】」


 兵士たちは自分たちの傷が治癒され、体力が回復し、服が修復していくのがわかった。


 アストライアを捕まえられなかった場合、彼らは怒られ、地獄の時が刻まれ始める。それでもこの仕事に居続ける理由は、アストライアにお詫びとして発動される魔法だ。


 下手したら、治癒を専門に仕事をしている回復士や魔王城に常駐している魔法使いよりも、アストライアは強い。


「ごめんなさいね、兵士さん」


 アストライアに可愛らしく謝られ、兵士たちは顔を赤く染めた。だがそんな兵士たちの背後に冷たい眼差しを向ける者がいた。


「い、いえ。むしろありがた……はっ、騎士団長!?」

「オズヴィーン様!!?」

「貴様ら、アストライア姫殿下は何歳かわかっているのか?」

「は、はひっ! 六歳です!」

「なら何故その程度で手こずるんだ?」

「い、いや、その……」


 兵士は回答に詰まる。オズヴィーンはその隙を逃さない。


「アストライア姫殿下を捕まえられなかった分、氷漬けにされて働かなかった分、アストライア姫殿下に不快な言葉を投げかけた分など……貴様らには現在溜まっている迷惑分、きっちり稽古で支払ってもらうぞ」

「いやあぁぁぁっ!!!」

「騎士団長、お情けを!!!」

「あ、アストライア様!」


 兵士たちはアストライアに希望を持つ。しかしアストライアはそんな希望を木っ端微塵に粉砕した。


「(みんな、頑張ってね〜)」

「(アストライア様〜〜!!)」


 もちろん言葉にはせず、目だけで会話している。そして、兵士たちはオズヴィーンの部下によって縄で縛り上げられ、訓練場へと連れて行かれた。


 アストライアはそれを笑顔で手を振って見送った。兵士たちが見えなくなると、アストライアはオズヴィーンに質問を投げかけた。


「……そう言えば、さっき私とシンを攻撃してきた貴族たちはどうするおつもり?」

「もう拘束し終えています。処罰が降るのは明日以降かと」

「そう。ありがと」


 さすがオズヴィーン。仕事が早い。二十四歳の若さで騎士団長に選ばれただけある。有能だと聞いてはいたが、これほどだとアストライアは思ってもいなかった。


「では、そろそろ本題に入っていてもよろしいでしょうか」

「アストライア姫様。これ以上の延長は承諾しかねませんよ」

「えぇ。私ももう、逃げる気はないわ」


 アストライアはシンの手を握った。


「っ! ティア……?」


 ティアと愛称でアストライアを呼んだシンをオズヴィーンは睨む。それをアストライアは「オズヴィーン」と一言、低く告げた。


「いくらあなたでも、二度目はないわよ」

「……申し訳ございませんでした」


 アストライアはオズヴィーンに魔力で威圧をする。アストライアの父である魔王の威圧には劣るものの、それなりに迫力があった。


「シンは私のお気に入りなの」


 アストライアはシンの手を強く握った。そして、先程の怖い表情から一変して、可憐な少女の微笑みを見せる。


「勝手に奪ったら、許さないから」

「……わかりました」

「じゃ、そろそろ行きましょうか」

「……ティア。どこに行くんだ?」

「決まってるじゃない」


 アストライアは当然でしょ?とでも言うかのようにシンに言った。


「おとーさまのいる場所よ」


 つまり、魔王の間である。



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