31 ダンスと内緒の小さな会話
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パーティが始まった。
シャンデリアは光を反射し、会場は明るく賑わっている。
アストライアは何人もの魔族に話しかけられていた。
「お初お目にかかります、アストライア様」
「今日も麗しいお姿ですね、私の姫君」
「何年も前からお慕いしておりました。どうか今宵は私とダンスをーー」
(疲れるわね)
男性との相手は慣れっこだ。だが、休む間もなく次から次へと現れると、さすがのアストライアも疲れる。面倒で仕方がない。
相手をすればするほど、アストライアは『アストライア様』になりかけていることを知る。シンに助けを求めたいのだが、シンはシンで女性たちから好意と共に押しかけられていた。
「剣術大会でのお姿、とても素敵でした。人間にも関わらずその強さは魔族のわたくしでも思わず見惚れてしまいました」
「是非今度わたくしとお茶でもしませんか? とても美味しいのですよ。薔薇園がありまして、とても立派で美しいの。まるでシン様みたいな」
「このドレスはシン様のために仕立てたも同然のものなのです。いかがかしら」
シンは女性たちの誘いを丁寧に断っていく。アストライアはほっと息をつく。
(……なんで安心したのかしら)
その理由はよくわからない。
すると、アストライアに一人の魔族が近づいた。オリバーだ。
「お久しぶりですね、アストライア様」
「オリバー様……。お久しぶりです」
「今日もお綺麗です。……そのブローチ、よく似合っております」
「! ありがとう」
エーレンルーア家の名義だったが、実際はシンが見繕ったものなのだろう。それを知っていてオリバーは敢えてその言葉を選んだ。策士だな、とアストライアは思った。
だから、好く女が絶えないのだ。
「アストライア様のお気に入りは随分の人気ですね」
「そうね」
私のなのに、と続けて言った。
オリバーは苦笑すると、「従者殿は愛されていらっしゃる」と呟いた。
本当のことなので何も言わない。
沈黙は肯定を意味する。
「そうそう。オリバー様にお尋ねしたいことがあったのだったわ。少しいいかしら?」
「アストライア様がお望みなら、いくらでもお話しいたしますよ」
「あら、それは助かるわ。……私のメイドとはどのような関係なのかしら?」
「と、言うと?」
「遠慮なく訊かせていただくと……フィノエルーラとは恋愛関係にあるのか教えていただきたいの」
フィノエルーラはアストライアの大切なメイドだ。母ではないが、友人としてフィノエルーラの結婚相手ぐらいは見極めたいのである。
もしもオリバーなら……アストライアはオリバーの内側を全て知るまで認められないだろう。オリバーは秘密が多すぎる。
「レオンハルトにーさまの従者であるオリバー様は、あまりプライベートな時間がないでしょう? もし私の可愛いエルと添い遂げたいのなら幸せにできる証拠がないと、ね?」
「手厳しいですね。けれどご安心を。私は彼女を幸せにすることができます。絶対に」
「あら、どうしてそう言えるの?」
「アストライア様なら言わずともわかるかと」
「…………」
シンへの思いと同じだと言いたいのだろう。アストライアのシンへの感情は恋愛感情ではない。しかし、わからなくはない。
ーー何があっても、手放したくないから。
オリバーはたくさんの手段を持っている。人徳や言葉で様々な人を操ることが可能だ。誰かを動かすこともできれば、誰かを脅すこともできる、末恐ろしい人物である。
(これならエルは大丈夫そうね)
少し安心するアストライアであった。
するとーー
「ただいま戻りました。アストライア様」
シンがアストライアのもとへ戻ってきた。女性陣からは抜けられたようである。
少し顔がやつれているように見えるのは、しつこい勧誘から逃げ回ったからだろうか。くすくすと笑ってしまうのは仕方のないことである。
アストライアは少しからかってみることにした。
「あら、もうよかったの? シン。とても素敵な方々だったのに」
「私の全てはアストライア様のものです。身も心も、既に貴女様に捧げました。何も揺らぐことはありません。何年経っても、何があっても、絶対に」
「! そう。さすがは私の
「光栄です」
熱烈な告白に一瞬たじろぐが、すぐにいつもの『アストライア様』を作り、カバーする。二人のやりとりを近くで見ていたオリバーは居心地が悪くなったようで、軽く挨拶をするとどこかへ行ってしまった。
オーケストラによる曲が流れる。ダンスの時間だ。
「シン」
アストライアはシンを誘った。
「私と踊ってくださらない?」
するとシンは平然と、「申し訳ございませんが、」と言った。周囲の人は驚きの声をあげる。「王女の誘いを従者が、それも人間が断るなんて」、と。
しかしシンが断ったのはダンスの誘いではなかった。
「その言葉は私に言わせてください」
「!」
シンは膝を降り、アストライアの手を優しく取った。そして、アストライアに願うのだ。
「私と、踊ってくださいませんか?」
「……ふふっ、よろこんで」
曲に合わせて二人は踊った。優雅な美しいひとときが訪れる。周りの人は「ほぅ……」とため息をつく。見ているだけでお似合いなことがわかるのだ。
アストライアの動きに合わせて動くシンはまるで紳士。アストライアのことを第一に考えて動いているのがわかる。無駄な動きがなく、洗練されているその姿は、性別を問わず魅了させた。
シンのエスコートに身を任せるアストライアは蝶のようだ。美しく、可憐に、だが儚く、赤いドレスが花弁のようにヒラヒラと舞う。目線から指先まで目が離せない。幼いにも関わらず、大人びて見えた。
注目を浴びる二人は小さな声で会話をしていた。
「上手ね。誰に教わったの?」
「……オリバーです。経験がなかったので、教えていただきました」
「そうだったの。大変だった?」
「奥深いものだと知りました。幸いなことに覚えるのは得意ですので、そこまで苦ではありませんでした」
貴女と踊れることを期待したから、と申したら主人はどんな反応をするのだろう。そんな言葉を発することは許されないが。
「それと、」
「?」
シンはアストライアの耳に近づき、ささやいた。
「遅れましたが、そのブローチ、よくお似合いです。選び甲斐があるというのはこのことを指すのでしょうね」
「っ! そうかもしれないわね」
煌びやかな夜が今日も訪れる。
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