18 城下町
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剣術大会の日がやって来た。大勢の魔族で賑わっており、魔王城内も騒がしい。
騎士団に所属している者は全員強制参加なので、シンも剣術大会に参加することになっていた。
剣術大会は魔界でも有名な大会の一つで、優勝すれば実力は保証されたも同然の価値がある。
シンはこの大会で好成績を修め、アストライアの従者として認めてもらうことを目標にしていた。
が、シンが出場する予選は午後からとなっているため、シンはオリバーに誘われて、城下町の約束の場所で待っていた。
「シン」
オリバーは軽装でやって来た。今日は変装をしていないようである。
「オリバー。久しぶりだな」
「そうだね。シン、ちょっと背、伸びた?」
「ん、どうだろ」
アストライアと出会ってから、2年の月日が経過した。もうすぐ、アストライアも8歳になる。再会の時は近い。
「お金、ちゃんともらった?」
「師匠から無駄遣いするなよって言われたけど、一応もらった」
シンはオリバーに銀貨を5枚見せた。
「よかったね」
「うん。それと、ヒューリ様からももらった」
オリバーは同じように銀貨5枚くらいだと思ったのだが、シンはまさかの金貨10枚を見せた。シンは金銭感覚が成熟していないのか、それがどのくらいの価値なのかを理解していない様子。
(勘違いだと思いたい……)
オリバーは顔を引き攣らせつつもシンに教えた。
「シン。金貨1枚は銀貨10枚の価値だ。銀貨1枚は銅貨10枚の価値がある。今、シンが持っているのは銀貨何枚分かわかる?」
「……105枚」
「うん、あってる。じゃあ、銅貨として考えると何枚?」
「……1050枚」
「あってるよ。……つまり僕が言いたいことわかる?」
シンは店の前に出ている値札を見る。大体、銀貨1枚程度のものだ。シンはもらったお金を見る。金貨10枚と銀貨5枚が輝いている。
「……ヒューリ様の財力がうかがえる」
「いや、そりゃヒューリ様は王族だし筆頭魔術師だから当たり前だけど……。僕が言いたいのは大金だから奪われないように気をつけろってことと、真面目に無駄遣いするなよってこと」
「なるほど。よくわかった」
オリバーは無性にシンのことが心配になってきた。
(ヒューリ様はお金に無頓着だからなぁ……お金に関することは関わらせちゃダメだってわかってたけど……うん、本当にダメだったわ)
オリバーはヒューリを思い出す。いつもヘラヘラしているが実力は確かな最年少筆頭魔術師。どうして
「っとにかく、まずは何か買おうか」
「お腹減ってないのに?」
「「…………」」
(こういう時は食べ物を買うのが普通なんだよ!!!)
本当にシンは武術や魔術以外のことは知らないらしい。こういう時は面白そうな店により、何かしらに心が惹かれたら欲のままに行動するのみのはずなのだが……。
(まあ、シンはアストライア様以外に対する欲とかないし、無駄遣いしないから安心できるということにしておけば良いか)
だが、オリバーのそんな予想は簡単に覆される。
「ねーおにいさん! おかあさんのびょうきのちりょうのために、わたし、おかねをあつめてるの! きふ、してくれない?」
「いいよ。わかった」
(……んん!?)
シンは突如として現れた小さな女の子の持っている募金箱に、所持金を全て入れた。少女は「ありがとうおにいさん! もうあうことはないだろうけど!」と言うと急いで走って逃げていった。
シンは「よかった」と言った。
「いや全然良くないから!!!」
「え、でも、女の子は助かるでしょ?」
「嘘に決まってんだろ! 騙し取られたんだよ!」
「え、でも」
「ほら追いかけるぞ! 騎士団長とヒューリ様に怒られるぞ!?」
「それはヤバいな」
シンとオリバーは急いで追いかける。女の子は二人が追いかけて来たことに気づき、スピードを上げる。そして路地裏に入っていった。
「シン、剣は持ってるよな?」
「もちろん」
「あの子の入った路地裏の先には、ガラの悪い奴らがたくさんいる。最悪戦闘だ。いけるな?」
「ああ」
曲がったすぐ奥に、武装した魔族たちがいる。シンはオリバーが支持する前に気絶させる。
(前よりも強くなってるな)
毎日稽古を重ねていることがよくわかる。目標のある者とない者では成長する速度が違う。精度も速さも段違いだ。
「急ごう」
「そうだな」
その後二人は女の子に追いつき、お金を取り返すことに成功した。一件落着、と思っていたのだが……。
「ま、まってください……っ」
女の子はシンの袖口を掴んだ。
「わたし、このままだと、こ、ころされてしまいます……っ。どうか、少しだけでもいいので、おめぐみをくださいませんか……?」
「…………」
女の子の怯え方は尋常ではなかった。シンはオズヴィーンとヒューリからもらったお金ではないものをその子にあげる。
「! いいの……?」
「大事に使えよ」
「はい! ありがとうございます!」
そしてシンとオリバーは協力して女の子を脅していた魔族たちを倒すことにした。
「お前らがあの子の雇い主か」
「ああん? あの子ぉ? 誰のことだよ」
「金髪に薔薇色の瞳の女の子だよ」
「ああ……しくじったのか、くそ」
オリバーは小さくシンに耳打ちする。
「早めに片付けて、騎士に連絡するぞ」
「わかった」
そして早急に魔族たちを気絶させ、四肢を拘束し、騎士たちに連行させた。その時連行した騎士たちは、魔族たちの怪我の酷さとオリバーの笑顔にドン引きしていたと言う。
「まったく、あの子が嘘ついてることぐらいわかっただろ? なんで所持金全部突っ込むんだよ」
「……結果オーライじゃだめ?」
「結果論じゃダメなんだよ!」
「えー」
シンは少し落ち込む。そして、オリバーに言った。
「俺は、平民だったから」
「…………」
「つい、自分と重ねてしまったんだと思う」
オリバーはシンのことをほとんど知らない。それはアストライアも同じだ。誰一人、シンに関する過去は知らない。
「奪われる前に奪わなきゃいけない。そういう環境だったから……。俺は幸運だよ。人間だけど、魔界で今、生きている。アストライア様に出会わなければ、とっくに死んでいた」
「シン……」
きっと、苦労の連続だったに違いない。
「もし、あのお金であの子が幸せになれたのなら、俺は悪い気がしないんだ。俺は十分過ぎるぐらい幸せで、いつ殺されてもおかしくない存在だから」
「……そうか」
「ああ」
オリバーはシンという人間が少しわかった気がした。
(シンは、自分を削ってでも誰かのために傷つけるのか)
だが、オリバーは知らない。シンはそれがアストライアとなると上限を吹っ飛ばすことを。
「ならシン。もっと欲張った方が良いと思うよ、僕は」
「欲張る……?」
眼差しから「ものすごく欲張っているが?」という意が伝わる。
「そうだ。ここは魔界だ。欲と力がものをいう世界だ。この城下町だって、一歩路地裏を入れば最悪の環境がある。貧富の差が激しいんだ、城下町でも」
「…………」
シンはきっと、故郷の環境と重ねているのだろう。
「僕は、そんな魔界を変えたくて、騎士になったんだ」
「! そう、だったんだ」
「あれ? なんか意外そうな顔してるね」
「いや、だって下心がどうのこうこって前に言ってたじゃん」
「あー、あれは、まぁ、嘘ではないけど」
「……いつかでいいから教えろよ?」
「うん、近いうちにね」
「……そう言えば、オリバー。前に言ってたやつなんだけどーー」
シンとオリバーは、結局何も買わずに男同士の話し合いをするのだった。
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