24 師弟決戦




「みなさんお待たせしました! ついに剣術大会、決勝です!」


 歓声が上がり、盛り上がりが最高潮に近づく。

 そしてオズヴィーンとシンが入場した。

 その瞬間、どよめきが走った。


「誰だ、あいつ?」

「本人じゃねえじゃんかよ!?」

「てか普通に可愛い……」

「えっ、えー、速報です!その子はシンくんで間違いないようです!」

「嘘だろ!? 女子だったのか!?」

「強くて可愛い女子だなんて最強すぎ!」

「まじか〜っ」

(うるさい……)


 このような反応になることはわかっていたことだ。だがいざ目の当たりにするといたたまれない。


「シン」


 そんなシンにオズヴィーンが声をかけた。


「事情はヒューリ様から伺っている。正直信じられないのが本音だが、手加減などはしない。正々堂々と戦うことを私は望んでいる」

「! そのつもりです」


 そう言ってくれて、シンは嬉しかった。

 手を抜かれて優勝しても意味がない。

 オズヴィーンのいつも通りの対応が、シンは嬉しかった。


「では試合を始めます!」


 気持ちを切り替える。

 シンとオズヴィーンは剣を構え、互いを見つめ合い、そしてーー


「用意、始め!」


 開始の合図とともに地を蹴った。

 始めは腕慣らし。

 攻防を繰り返し、動きを再確認する。

 師弟での稽古は何度も行った。

 だからこそ、どちらも相手が最初に何をするかはわかっていた。


(やるからには全力を出して行いたい。それは師匠も含めてだ)


 十数秒ののち、二人は本気を出し始めた。

 腕慣らしが終わったのである。

 シンは防御に徹し、オズヴィーンは攻撃を仕掛ける。

 円を書くようにシンは走る。

 そしてその時、微力の魔力痕跡を残した。

 会場を上から観覧していた観客の一部……正確に言うならば主賓席から見ていた魔王たち魔界の重鎮はシンの先方の全容を把握していた。


「超巨大魔法陣か……」


 オリバーの作戦はこうだ。

 競技場は大きな円となっている。

 それを利用してシンは大きく壁に沿って走り、微力な魔力痕跡を残して超巨大攻撃特化の魔法陣を作成する。

 最後に魔法陣に魔力を流して詠唱し、オズヴィーンに攻撃を入れる。

 おおまかなものはこんなところだ。


(師匠は俺が魔法を使うことを警戒している)


 だからこそ、シンは火焔系魔法の絶対詠唱魔法の魔法陣を作成していた。

 絶対詠唱魔法には膨大な魔力と才能、そして努力が必要とされる。

 だがシンは前提条件として必要な膨大な魔力を持っていない。

 ではどうすればいいのか。

 答えは簡単。

 微量の魔力で魔法陣をこの競技場に描けばいいのだ。

 魔法は魔法陣を使うことによって魔力消費を少なくし、精度を上げている。

 だがしかし、それは平民や魔法を習い始めた者のみが行うこと。

 現代の魔法は短い詠唱で展開・発動させる短縮詠唱が当たり前となっている。

 例えば【火焔】。

 本当ならば「【◯◯(自分の名前)の名の下に、万物を燃やし喰らい尽くす炎よ、汝の願いのため、力を与えよ。……火焔】」と長々と詠唱しなければいけないのだが、戦闘では不向きなので【火焔】と短縮詠唱(人によっては無詠唱)で展開・発動しているのだ。

 だがこの短縮詠唱には一つだけ弱点がある。

 詠唱を短縮するため、微量だが魔力を消費するのだ。

 それが高等魔法や特化魔法ならばなおさら。絶対詠唱魔法など、無詠唱ですれば相当な魔力を消費するのは確定事項。

 魔界一の高濃度、高精度、高密度の異次元イレギュラーな魔力を保有するヒューリだからこそ無詠唱で絶対詠唱魔法を使えるのだ。

 話を戻すと、こういうことだ。


(魔法陣の作成から行えば、絶対詠唱魔法1回分くらいはシンにも撃てる)


 シンが言っていたのは絶対詠唱魔法の魔法陣なしでの発動は不可能だということだ。

 つまり、魔法陣があれば一回分の絶対詠唱魔法は使える。

 剣術では絶対にオズヴィーンには勝てない。

 だが魔術では?

 いくら魔法と剣術を使って戦闘をしていても、絶対詠唱魔法を使えるほどの魔力を持っているとは思えない。

 騎士団長なら尚のこと。

 絶対詠唱魔法が使える=バケモノだ。

 絶対詠唱魔法が使えるならば、オズヴィーンは騎士団長をやめて魔術師になるべきである。

 それほどに絶対詠唱魔法が使えることはすごいことなのだ。


(あと少し……)


 シンの体から魔力が出ていることはオズヴィーンに隠せるはずもない。

 だがまさか、絶対詠唱魔法を使おうとしているだなんて思うはずもない。

 魔法陣は3つの円から成り立つ。

 外側から順に第一魔法陣、第二魔法陣、第三魔法陣と呼ばれる。

 そこに複数の形を取り入れ、詠唱言葉を描き込む。

 それを感覚で、しかも魔界最強の剣士と戦いながら作成するとなれば、これ以上に難しいものはない。

 防御、防御、防御……ひたすら防御の繰り返しだ。

 攻撃する暇さえないし、魔法陣を作成しながらできるとも思えない。

 しろと言われたら地獄でしかない。


(っ……だけど……!)

「!」


 攻撃を入れなければ魔法陣の作成に気づかれるかもしれない。

 それは一番に避けなければならないことだ。

 魔法陣は作成した者でなくとも発動することができる。なのでこの超巨大火焔系絶対詠唱魔法用魔法陣はオズヴィーンが使うことも可能なのだ。


(でも……やっぱキツすぎ……っ)


 剣と剣が当たる音が響く。

 オズヴィーンの一撃は重く、躱すのも精一杯だ。先程攻撃できたのは奇跡のようなものである。

 オリバーと戦った時もそうだが、とにかく速く、重く、何度も追撃が来る。受け切るのがやっとで、詠唱する時間がない。


(気を抜けば、死ぬ)


 オズヴィーンは真面目で誠実な男だ。

 魔王の命令に忠実に従い、努力を怠らず、驕らず、生きてきたからこそ若くして騎士団長の地位を獲得したのだ。

 一撃が正確で、重く、速いのも、全ては努力の賜物。地道に励んだからこそ成す、強い一撃である。


「シン」

「! ……なんでしょうか」

「強くなったな。昔の君なら、とっくに根を上げていることだろう。よくここまで頑張った」

「……なんですか、急に」


 オズヴィーンとシンの攻防は続く。

 魔法陣も完成に近いところでの唐突な会話だった。


「ヒューリ様に魔術を習って、どうだ?」


 質問の意図はわからなかったが、シンは素直に答えることにした。


「魔力も格段に増えましたし、より強力な魔法を使えるようになりました。魔力圧縮と特化魔法の練習は地獄のようでしたが、今は少し慣れて昔よりは楽になりました」

「そうか。……君が来てから、もう2年が経つんだな」

「…………」


 この2年間が長かったか短かったかと聞かれれば、長かったと答える。

 アストライアに会えない日々はどうしようもなくもどかしく、弱い自分を嫌っていた。




 シンが魔界に来たのは、姉を救うためだ。

 姉は優しく、だが意思のはっきりした美しい人だった。

 姉と過ごした時間は、とても短く感じた。

 花咲く春は庭で遊んで。

 新緑の夏は川へ行って。

 月光る秋は紅葉狩りに。

 雪原の冬は雪を集めて。

 どれも、とても楽しい時間だった。

 勇者が現れるまでは……。


『この村に治癒家ヒーラーがいると聞いたが、どこにいる』


 小さな村に二人で住んでいた。

 両親はいなかった。

 姉は【治癒】が得意だった。

 どんなに酷い傷でも、綺麗に治すことができた。

 そんな姉の話が王都にまで届いていたらしい。

 勇者は姉の【治癒】の力を欲し、村にやって来たのだった。

 勇者に選ばれることは名誉。

 姉は当然受け入れる。

 そう思っていた。


『ごめんなさい』


 だが、姉は断った。


『私にはこの子がいる。まだ幼い弟です。私たちには親がいません。なのに、一人この子を残して行くだなんて、私にはできません。したくありません』


 姉は、優しい人だった。

 俺のために勇者の魔王討伐メンバーの勧誘を断ったことは、すぐに国全体に広がった。

 正当な理由だったから姉を称賛する人もいれば、天使様の愛子の誘いを蔑ろにするなど無礼にも程がある、と非難する人もいた。

 勇者は、最低なやつだった。

 その三日後、姉は勇者と共に村を出た。


『どうして、姉さん? どうして……』

『どうか忘れないで、シン。恨んでいい。憎んでいい。だけど、あなたを助けてくれる人がいつかきっと現れる。だから……耐えて』


 姉が旅立った後に知った。

 勇者は姉に、共に魔王を討伐しにいかなければ俺の命を奪うと脅したらしい。

 姉は、優しい人だった。

 姉は、俺を守るために自分を犠牲にしたのだ。

 魔王を討伐しにいく。

 つまりそれは、自殺しにいくのと同じだ。

 治癒家ヒーラーとは言えど、死者を蘇らすことはできない。

 嫌がって当然だった。


『姉さん……姉さん……っ』


 だから俺は魔界に来て、勇者を倒してもらうよう頼んだ。

 奴隷になろうが、死のうが、憎き勇者が死ねばそれでいい。

 それで、いいんだ。




「不思議なものだな」


 そこでシンの意識は現実に戻った。


「2年前までは赤子のようなものだったが、今では私と剣を交えて戦うことができるようになった。剣術大会で決勝に上がれるほど強くなった。君の成長は素晴らしい。ここまで早く成長するとは思ってもいなかったよ。……それで」


 その瞬間、オズヴィーンは地面に魔力を流した。


「っ!」


 超巨大火焔系絶対詠唱魔法用魔法陣がオズヴィーンの魔力で一瞬にして染め上げられ、光を放った。


「……絶対詠唱魔法か。なにか細工しているとは思っていたが、これほどまでとは」

「っ、怒ってますか?」

「いや。正直驚いている。だが……」


 オズヴィーンの声はいつにも増して低かった。


「魔法を使って私に勝って、君はアストライア様の従者に認められるのか?」

「っ……」


 顔を歪ませる。

 が、全ては計算通りだ。


「っ…………」


 シンは笑みを見せる。

 そして次の瞬間ーー


「絶対詠唱魔法 獄焔」

「! ……【拒絶】!」


 だが、魔法は発動しなかった。


「!?」


 その隙を狙い、シンは踏み込み、一閃ーー

 オズヴィーンから、赤い彼岸花が咲いた。



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