1stゲーム

 桐原卓也は、なんの変哲もないフリーターだった。


 生き甲斐があるから生きるわけでもなく、死にたくないから生きる。ただそれだけ。


 なんの信念も目標もなく、自己研鑽に励むこともなく。


 だからといって社会の害になるというわけでもなく、幸せな環境を享受してきただけ納税し募金し、些細な善行を心がける。


 毒にも薬にもならない、そういう存在が桐原卓也だった。


 だから、彼がデスゲームに巻き込まれて、どうするべきかわからなかった。


 謎の人物が幅を利かせる状況の中で目が覚めると、枕元にスマートフォン状のデバイスがあり、そのデバイスから説明が流れる。


 じゃんけんに負け続けた人が死ぬことを知った。


 果たして、本当に生きたい人を差し置いて自分が生き残るべきなのか。


 それでも彼は、1500のレートを抱えて、じゃんけんに繰り出した。


 街中は混乱状態だったが、どういうわけか謎の人物の言うことを信じていない者は一人たりともいなかった。


「兄ちゃん、デスゲームの相手になってくれ」

「俺?」

「ああ」


 このゲームのレート方式がどのように計算されているのか、まだ手探りの状況で、試しに一戦行うべきか卓也は少し迷う。


 しかし、ここで断ってじゃんけん数が十戦に達しなかったらどうなるかわからない。


 受けよう、そう思って顔を上げた先にいた男性は、追い詰められたような表情をしていた。


 彼には、妻も娘も息子もいた。


 彼の家は幸せだったが、現実問題家計は苦しかった。


 ここで彼が死んでしまえば、彼の家族が貧乏な生活を強いられることに間違いはなくて、だから彼がレート1350以下になるわけにはいかなかった。


 だから、思い詰めた表情をしているのだ。


「「最初はグー」」


 二人が拳を突き出す。


「「じゃんけんポン」」


 卓也が出したのは、グー。


 男が出した手はパーだった。


 卓也が、一戦敗北した。


「ありがとう……」


 男は感動のあまり涙を流した。


 これまで、レート1484の相手に一敗、その後レート1516の相手に一敗して1470となっていた彼のレートは1487まで回復した。


 反対に卓也が自らのレートを確認すると、もともと1500だったのが1483まで下降している。


「……」


 卓也はなんと反応すればよいかわからなかった。


 少し不安げな表情をする卓也に、男が話しかけた。


「済まない、兄ちゃん。でもこれは俺にとって必要なことなんだ……」


 卓也は、そうやって後ろめたい表情をした男を責めることが出来なかった。


「いえ、お兄さんがそれで助かったのなら……」


 男といくらか会話して、男は卓也に別れを告げた。


 卓也が心許なげにレートを確認するが、その数字は1483から1たりとも変化していなかった。

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