7thゲーム 後編
ぽろり、と彼女の目から涙が零れ落ちた。
卓也は、今相対している彼女の過去をなにも知らない。
だから、目の前の彼女が涙を零した理由はわからなかった。だが、なにか引き付けられるものを感じて、はっと息を呑んだ。
「それでも、わたしは生きたい!」
彼女が叫んで構えた。
卓也は、突き動かされるように拳を構えた。
大声に引き付けられたのか、道行く人は足を止めた。
じゃんけんの様子がスローモーションのように目に映る。
卓也の目が捉えた彼女の手は、グーだった。
視線を上げると、目の前の彼女はあまりにも複雑な感情の奔流に押し流されて身動きも取れないようだった。
彼女が一歩、こちらに距離を詰めた。
拳を掲げた。
彼女が拳を前に突き出す瞬間、彼女は跡形もなく消え去った。
最終レートは、十戦目を終えた瞬間に確定する。
自然と卓也の目にも涙が浮かんだ。
道行く人は目の前で起きた残酷な光景に困惑した。
「お前が、殺した!」
誰が出したのかもわからない、男性の確かな声。
それが集団心理を突き動かした。
罵声の輪が広がっていく。
飛び交う罵声の嵐。
彼らはその場から一歩も動かず、言葉だけで卓也を攻撃した。
卓也の目から流れ落ちる涙は次第に量を増していったが、彼のことを気にかける人などその場に一人もいなかった。
彼が勝利したことによって、レートは上昇した。だが、それを確認する余裕は彼にはなかった。
集団心理という重力に従い罵声を投げかけ続ける民衆を鬱陶しく思いながら、卓也は虚しく歩いた。
歩く彼を照らす太陽は憎たらしいほど明るく、彼の背は虚しく青かった。
彼が家に着くころには、あとをついてくる民衆は一人もいなかった。
彼はなにかする気も起きなくて、ベッドに潜り込んで布団を全身に被った。
清々しい気持ちで一日を過ごせそうにはなかった。
だからといって彼は死にたいわけでもなく、ただ惰性的にじゃんけんをした。
最終的に確率が収束したのか、それ以降はじゃんけんに全勝した。
結果として見れば、四勝六敗。
良くも悪くもなかったが、卓也はその数字を素直に受け入れられなかった。
しばらくして、じゃんけんデスゲームの終了が告げられた。
日本にいた全員の中で、ルール違反者を含めて3164名が死亡した。2380名が賞金100万円を獲得した。
謎の人物はその後姿を消した。
「もう、二度と現れないででくれ……」
卓也は願った。
波乱の日々の記憶は徐々にぼやけていったが、卓也は七戦目の戦いだけは絶対に忘れられそうになかった。
卓也の身近では、七戦目の彼女以外の死亡者はどうやらいないらしかった。それで喜んでいる一部の人間が、卓也は酷く恐ろしく思えた。一人を犠牲に今日も平然と笑っている人間たちが、悪魔のように醜く見えた。
じゃんけんデスゲーム ナナシリア @nanasi20090127
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