7thゲーム 前編
日が変わり、敗北ばかりで沈んでいた気持ちは元々なかったかのように朝の陽ざしに塗り替えられた。
「一勝、なんとかできそうだ」
卓也は今日も特に用事があるわけではなかったが、早めになんとか一勝もぎ取って気持ちの良い朝を過ごそうと家を出た。
昨日はあれほど一勝が難しいと思っていたのに、今日は四戦すれば一勝なんて余裕だと思えて、街中に人を探した。
通勤通学ラッシュの時間帯なのに制服やスーツの人が少ないので、今日は休日なのだろうと推測する。
一通り周りを見渡すと、俯いてなにか感情を堪えている様子の女性が目に入る。
風貌から考えるに、十代であると思われる。
「どうしたの、そんなに落ち込んで」
「……じゃんけん」
その言葉を聞いた卓也は早々に話しかけたことを後悔した。
じゃんけん、その響きが今はまるで禁忌のように脳裏で反芻する。
「あなたは、まだ回数が残ってるんですか」
彼女は卓也にそう聞いた。
「わたし、今のレートが1340なんです」
その言葉を聞いて卓也は警戒する。
もしかしたら、レートを譲ってもらおうとするかもしれない。もしくは、自分を騙そうとしているのかもしれない。
そう思ったのも束の間、彼女は自身のレートが記録される端末をこちらに向けながら言った。
「わたしは、負けるわけにはいかない。でも、下手に取引を持ち掛けても受けてくれない」
昨日の女子中学生のことが思い浮かぶ。彼女は死にたいと言っていたが、今目の前にいる彼女は生きたいらしかった。
彼女は、女子中学生に勝るとも劣らない劣悪な境遇で育ってきた。
彼女は、母子家庭で育ってきた。そのこと自体に不満は少しも感じていなかったが、それが原因で学校ではいじめられてしまった。
時には足を引っかけ転ばされ、時には面白おかしくあだ名をつけられ嗤われ、時には物を隠され……。
彼女が受けてきた行為は枚挙に暇がなかった。
でも彼女は必死で耐えた。
そんな彼女の心が壊れたのは、生徒たちが彼女の母親を馬鹿にした時。
その時、彼女は初めて怒りを露わにし、初めて中心の生徒に殴りかかった。
当然彼女の行いはすぐに止められた。だが、彼女の母子家庭という事情を理解していた担任は彼女のことを庇ってくれると思っていた。
しかし、担任は吐き捨てるように彼女に言った。
『母子家庭だと、教育も満足に受けることが出来ないのか。私の仕事を増やすな』
彼女の居場所は学校にはないんだと知った。
とはいえ、家に帰れば母親が温かく出迎えてくれるのだろう。
そんな期待は裏切られた。母親は彼女を怒鳴りつけた。
「わたしはお母さんのためにやったのに」。そんな気持ちは虚しく溶けていった。
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