4thゲーム 後編

 実際のところ、彼女の暮らしているのは酷い環境で、彼女は死を望んでいた。


 家庭では虐待、学校に行けばいじめ、塾に行ってもまともに相手にされなくて、彼女は自身に価値がないのかと思い始めた。


 そこで彼女が逃げ込んだのが、インターネット。


 価値がないと思っていた自分自身を受け入れてくれたインターネットの沼に、彼女はずぶずぶとはまっていき、いつしか彼女はインターネットに依存していた。


 そんなある日、彼女は些細なことで大炎上してしまう。


 これまで彼女が目にしていたのがインターネットの正の側面だとすれば、炎上した彼女が目にしたのは、インターネットの負の側面。


 彼女を敵視するリプライ。心無いダイレクトメッセージ。彼女のプライベートは一瞬で特定され、しかもその騒動は数々のプラットフォームを通じて拡大していった。


 彼女の同級生にもその騒動が伝わり、いじめはエスカレートするばかり。家庭での虐待の手が緩むこともなく、果てにはいじめ相談ダイヤルですら、彼女が炎上の渦中にいると知ると彼女を責め立てた。


 そしてついにはその炎上の経緯がニュース報道され、パーソナリティに総叩きにされる中。


 テレビの画面が日本中で切り替わった。


 謎の人物が、地上波を掌握したからだ。


 彼女は、謎の人物に、延いては救いを感じた。


 事実、インターネットからも彼女の死を望む声が溢れ出ていた、だから、彼女は死を目指すことにした。


 そうしてレートを譲り続け、現在彼女のレートは六戦目にして1400を切るまでに到達していた。


 彼女は死を目前にして、レートの低下を渇望した。


「この方法で死ねば、苦しみもなく、死体は消えるらしいんです。これは、インターネットの情報なんですけど」

「そっか。じゃあ、俺はグーを出す」


 卓也は考えた。


 本当に彼女が負けを望むのなら彼女は、チョキを出すだろう。しかし、彼女が自分を騙すつもりなら出す手はパーのはずだ。


 なら、卓也が出すべき手はチョキ?


 だからといって、それを読まれることも考慮すれば、向こう側の安定択は一旦グーを出すということになる。


 相手がグーを出せば、卓也が素直にグーを出した場合はあいこで一旦仕切りなおせるし、彼女が裏切るつもりだということを読まれて卓也にチョキを出された場合はそのまま勝利することが出来る。


 相手がグーを出す読みで卓也がパーを出した場合の裏目は、彼女自身が言っている通りに負けようとした場合のチョキ。


 彼女が素直なことを言っているなら普通にグーを出せばよいが、グーを出そうとすると先ほど卓也を騙した女子高生の姿とそれを教えてくれた青年の言葉が頭を過る。


「「最初はグー」」


 聞き慣れた掛け声が、今では呪詛のように重く響く。


「「じゃんけん、ぽん」」


 卓也は裏目の少ない手であるパーを出した。


 相手の手は、チョキ。


 卓也ははっと顔を上げる。


 彼女の思い詰めたような表情。


 表現こそ先ほどの女子高生のときと同じだが、深刻さがまったく違った。


 切羽詰まった表情に、涙が溢れる。


 目の前の彼女は泣き出した。


 絞り出した声が、酷く印象的だった。


「死なせてよぉ……!」


 彼女の表情を見て、声を聞いて、卓也はレートを確認しようという気も起きなかった。


 ただ、一言。


「……悪い」


 卓也はそう呟くことしか出来なかった。

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