篠宮美也子

 私は昔から本を読むのが好きだった。そして大学卒業後、出版社に勤めることが出来た。でも、社会は甘くなかった。

 本当は編集部で推理小説等の出版に関わりたかったけど、配属されたのは販売部。日々慣れない営業に悪戦苦闘し、上司に怒鳴られ、残業も多かった。

 そうして疲弊していく中、夏希ちゃんから会いたいと連絡があった。会ったのは例の事件の一週間前。


 喫茶店で夏希ちゃんは、私にお願いをしてきた。

「美也子、これ、しばらく預かってくれない?」

「……何、これ」

 夏希ちゃんが渡してきたのは、黒いUSBメモリ。

「……私、今探偵事務所で働いてるんだけど、ある人から依頼を受けたの。その依頼人の身内が投資詐欺に遭ったけど、犯人が捕まっていないから、犯人を捜して欲しいって。警察にも相談したけど、捜査に進展がないみたい。それで、私達社員はその犯人がある犯罪グループに属している事を突き止めたんだけど、詐欺を働いた証拠が無い」


 それでも、グループそのものが犯罪に手を染めていた証拠になりそうなデータを手に入れた。以前そのグループに属していた人物と接触する事に成功したらしい。

「……それで、私、その犯罪グループについてもう少し調べたら、データを持って警察に告発しに行こうと思うんだ。これ、データのコピーが入ってるんだけど、何かあって紛失したりした時の為に、預かってくれない?」

「……何でそんな大事な物を私に……」

「今東京にいる人の中で、一番信用できるのが美也子だから。……ねえ、美也子、顔色悪いけど、大丈夫?ちゃんと寝て食べてる?」

 寝て食べていなかったら何だと言うのか。私の代わりに夏希ちゃんが仕事をしてくれるわけでもないのに。疲労がピークに達していた私は、少し苛ついていた。

「大丈夫だよ。これ、預かっておく。……私、もうすぐ昼休みが終わるから、もう行くね」

 そう言って、私はUSBメモリを持って喫茶店を後にした。夏希ちゃんがどれだけ危険な状況にあるのか考えもせずに。


「……私がもっと気を付けるように夏希ちゃんに言っていれば、早く警察に相談していればって、ずっと思ってた……」

 私は涼太君と沙霧さんの前で一年前の事を話していた。

「美也子ちゃん、そのコピーが入ったUSBメモリって、まだ持ってる?」

 涼太君が私に聞いた。

「いや、、警察に渡してる。……私、一年前警察に、夏希ちゃんが犯罪グループについて調べてた事とか、USBメモリの事は話したんだ。……でも、夏希ちゃんを危険に晒したままだった事、涼太君と沙霧さんには、面と向かって言えなかった……。本当に、ごめんなさい……」

 私は、今にも泣きそうになった。

「……謝らなくていいよ、美也子ちゃん……」

 沙霧さんは、そう言って微笑んだ。


「しかし、よく犯罪グループを突き止められたね」

 涼太君が感心したように言う。

「投資詐欺の犯人に特徴があったらしくて、クラブとかで目撃証言がいくつか得られたって夏希ちゃんが言ってた」

「詐欺の犯人が夏希に目を付けられている事を知っていたら、夏希を殺害する動機になりそうだねえ。でも、警察はUSBメモリの事を知ってても、犯人が特定できないんだねえ……」

「僕は捜査に関係してないけど、耳が痛いです」

 沙霧さんの言葉に、涼太君が苦笑する。


「その詐欺の犯人が事件当時この村にいたとかいう事実があれば、相当怪しいんだけどねえ」

「動機のある人間がこの村にいた事実か……あ」

 涼太君が、目を見開いた。

「……犯人、特定できるかもしれない」

 涼太君が呟いた言葉を聞いて、私と沙霧さんは目を見合わせた。

 そんな私達二人をよそに、涼太君は続けて呟いていた。

「……母さんに確認しないと……」


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