きみの気持ちは手の中に。

みこと。

全一話

 どのくらい、見つめていただろうか。


 自分の手を。


 仕方ない。だって他に思考が回らないんだ。


 KY線。

 一昔前、"空気読めない線"として話題になった、敬遠したくなるような線が、俺の手相にはクッキリと刻まれていた。


 空気のKは、気持ちのK。


「~~!!」


 想いが通じてると信じてた彼女が、実は別のヤツとつき合ってた。

 それにずっと気づかなかっただなんて……とんだ道化だ。


 がっくりと項垂うなだれる。

 今日はもう何もしたくない。


 今日どころか、明日も明後日も、その先も。


 当分、元気出そうにない。



 自室のベッドで仰向あおむけに倒れたまま、ぼんやりと生きる気力を失っていた時。階下から声が聞こえた。


「こんにちは――っ」


 はじけるような明るい声。


(萌香だな)


 3軒先に住むイトコは、ひんぱんにウチにやってくる。


 母さんが応対してる声が聞こえた。

 どうせまた、お菓子か何かを持ってきたんだろう。


 試作品だと言っては、手づくりのお菓子や料理をお裾分けしにくる。


 美味うまいけど。

 萌香のクラスで流行ってんのかな?



 と、軽やかな足音が、階段を駆け上がって来た。



(くっ。ただいま失恋中です。構わないでください)



 そんなはじを言えるわけもなく、仕方なくノックに応じる。


まーくーん。今日はマドレーヌ作ったの。食べてみて!」


 上半身を起こしながら迎えると、萌香は俺の顔を見てピタリと止まった。


「あれ? 暗いね? 何かあった?」

「関係ないだろ。察したなら、すぐ帰れ」


 憮然ぶぜんと答えると、「えええ、せっかく来たのに」と言いながら、部屋に入ってきた。美味しい焼き菓子の匂いと一緒に、ベッドに腰かけてくる。


「? 何してたの?」


 スマホも本も周りにないことを見て取って、疑問に思ったらしい。


「俺ってつくづく空気読めないヤツだったんだなぁって思って、KY線見てた」

「ふぅん?」


 しばらくこっちを伺ってた萌香が、いきなり言った。


「さては新野にいのさんに、フラレでもした?」

「ななな、なん、で?!」


(エスパーか!! てか、何をどこまで知ってんだ?)


 見透かされてる? 誰にも話したことなかったのに。


まーくんの鈍感レベルはSランクだからねぇ」


 褒められてない。


「なるほど、それでKY線。別に手相のせいってわけでもないと思うんだけど……」


 口ごもった萌香が、ぱっと提案してきた。


「知ってる? まーくん。手相ってね、変えれるんだよ」

「は? そんなの無理だろ?」


「方法は簡単。変えたい手相にマジックで線を書くだけ。それ続けたら、運命はそっちにうんだって」

「え……嘘くさ……」


「まあまあ。私がまーくんに素敵な彼女が出来るよう、手相書いてあげるよ」


 ひとのペン立て漁って、マジックのフタをキュポンと開けた萌香が、俺の手に線を書き始める。


「おい!」


「大丈夫、大丈夫。水性ペンだから」


「水性でもやめろ!」


 あわてて引き戻した手のひらに書かれてあったのは、線じゃなくて文字。



 "スキ"



(えっ……?)



「本当に。SS級のニブさよね」


 萌香が笑みを含みつつ、呆れたように俺を見た。


 ニブさランクが上がってるけど。



「はい、餌付け」


 ポンと口に放り込まれたマドレーヌ。バターの香りは、これまでのどの菓子よりも甘く感じて。



 えええええ──???

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きみの気持ちは手の中に。 みこと。 @miraca

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