その7




 妹のライラは、ローズと同じ血を引いているはずであるのに、普通の可愛らしい女性である。少し吊り目なところが特徴のはきはきとした快活な少女だ。


 まだうら若い乙女ではあるが、すでに婚約者も決まっている立派なレディで朗らかとまではいかないが、性格はローズよりも幾分穏やかであり、クライヴの休暇の日を嘘をつき、彼女を呼び出したローズの側にも何か事情があったのだろうなと考えながら、姉の小さな庭園のガゼボで持ってきた手見上げを姉妹水入らずで口にした。


 ローズだって怒りっぽいとかキレやすいわけではなく、やるとなったらとことんという主義があるだけで手を出されない限りは、ローズ側からも手を出すことは無い。


 しかし、喧嘩を売られたとなっては、なんでも素早くかたをつけるので、急にキレた。苛烈に怒り出したと思われるだけで意外と気が長い女性である。


 それを知っているライラだったので、ローズが突然行動に出たということはなにか決定的な事態があったのだろうということはすぐに察しがついた。


 だから、挨拶もそうそうに切り出したのだった。


「それで? 急に姉さんが私とお茶会だなんて、何かあったの?」


 さわやかな風が吹き抜けるガゼボですぐにそう言って来た妹に、ローズはさすが自分の妹、話が早くて助かると思いながら、緩くウェーブのかかった髪を耳にかけて真剣な顔をするライラに返答を返す。


「……少し芳しくない事態がね。でも、本命で君を疑ってるわけじゃない。ライラは私の実妹なのだし」


 本当は呼び出してから強気に脅して、それから白状させれば手っ取り早いと思ってはいるのだが、ライラは容疑者の一人にすぎない。


 であれば彼女との今後の関係を考えると、どうにか自白してもらうか無実を証明してもらうしかないのだが、どちらともなく、ローズはすこし煮え切らないような態度でライラに接した。


 普段から、決めたことに対してあまり悩んだりしない方で、売られた喧嘩は買うと決めたが、そもそもだれが不倫相手なのかわからない状況で誰彼構わずに喧嘩腰では後々火種を生む。


 そんな気持ちから、ライラにたいして、強く出なかったし、まさか、すでに婚約者もいる彼女が姉の夫と不倫するとは考えられなかった。


「どういう話?よくわからなないんだけど」

「……一応聞くけど心当たりがあったりしない?」

「……心当たりねぇ」


 けれども彼女を疑う原因があるのも事実だった。そもそも、この屋敷に入れる女性というのは限られている。本当に少数であるし、使用人や平民という線は考えていない。


 ……なぜなら、同じ立場でなければ存在を示して牽制するのはただの愚策だから。


 不倫相手が圧倒的に弱い立場であるなら、見つからないように努めるのが賢いやりかただ。それなのにこんなにあからさまにローズを牽制しておいて、正体が知れた瞬間に負けが確定するような人物ではないだろう。


 なので、実質的に考えて、容疑者は二人ぐらいしか思い浮かばないのがローズの現状だった。


 その二人の中でもライラは本命ではない方だ。つまり、多分違うと思うのだが。どうにも引っかかる行動がいくつかある。


「あると言えばあるけど、ないといえばない、って感じよ。姉さん。……それより、クライヴ様って本当に今日はいないの?」

「うん。ライラと話がしたかったから」

「……そっかぁ。まだまだ話たりなかったんだけど、しかたないか」


 ライラはそのローズとお揃いの赤毛をカチューシャで止めていて、きつく縛りあげているローズよりもその違いだけでも随分と女性らしく見える。


 そんな、彼女にクライヴが入れ込んでいるなんて想像が難しかったけれども、ローズが気になっているのは、この子のこういった部分だ。


 ……どうしてクライヴの事をそんなに気にするのか、それが引っかかる。


 ローズがカルヴァート公爵家に嫁入りしてからというものライラは月に一度というようなペースでこの別館にやってきていた。それは王都で忙しく騎士として過ごしているクライヴがこの屋敷に帰ってくるのと同じペースであり。


 二日帰ってくるとしたら一日目の午前か午後は彼女がクライヴと話をしているぐらいには、よく会いに来ているのだった。今までローズはそれについてまったく気にしていなかったのだが、ここにきて妹の行動が不振といえば不振な気がしてならない。


「ねぇ……ライラ。君はクライヴの事は好いている?」

「どうかなぁ。私は魔術とか持ってないから姉さんみたいにあの人とは対等ではないし」

 

 割と直球な質問だったが、難なくライラに交わされて、ローズは少し眉間に皺を寄せた。そんな彼女の表情をみて、ライラは、「っふふ」と吹き出して口元を押さえて笑う。


「やだ、姉さん。クライヴ様と同じ顔してるっ」


 言われて、そうだろうかとローズはさらに小首をかしげた。そうするとライラはさらに笑って、「夫婦って本当に似るのね」と面白おかしくそんなことを言った。


 それになんだか少し嬉しくなってしまってからローズはハッとした。こうして、楽しそうに話をしているのもクライヴの事だからであって、ロースたち夫婦の中の良さを言っているのではないのかもしれないと。


 そう考える自分の性格が悪いのか、それとも普通の事なのか分からなくてローズはさらに難しい顔をして、眉尻を下げて軽やかに笑う可愛い妹の事を眺めた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る