その12





 すべての魔物を処理し終えたローズは気分爽快だった。久しぶりに、役目を果たせたことがうれしかった。


 この屋敷に来てからも鍛錬を怠ったことは一度もない、それなのにクライヴには実力不足かのように止めに入られてしまったが、きっと明日、自分の武勇を語れば信用を取り戻せるはずだと思う。


 ローズにとって不倫相手という存在は小さなものではなかったけれども、貴族にとって不倫というのはごくありきたりで、誰しも見て見ぬふりをしたり特に糾弾したりせずにやり過ごすものである。


 その価値観は、周りにいる女性貴族に相談して理解することが出来た、けれどもローズは引く気はない。クライヴがどんな風に思っていようとも、ローズを引き入れたのは彼であり彼は自分のものだとそう思う。


 すぐには動けず、王都に務めているだけあって情報もすぐには集められない、そんなじれったい状況の中でもローズは冷静に慎重に行動するのは変わらなかった。


 ナディアがこの屋敷に間に、自分もなんだか違和感があるだとか、もやもやするというだけで、不倫をただ糾弾するのではなく何が自分にとって苦になっているのかそれについても考え、そして、その牽制という行為さえなくなれば、受け入れる段々も出来ていた。


 しかしながら、この場所を譲る気はない。クライヴの隣にいて、大手を振って会いにこれるのはローズだけにしてほしい。そんな風に今日はもしそうだったら話をしようと整理をつけてから、夜に二人きりで話をしようと誘われたナディアの部屋へと向かうのだった。


 夜の遅い時間帯でもナディアはノックをするとすぐに扉を開け、中へと通され、静かに女性同士の密会は始まった。


 ナディアは、やはり、部屋着のような薄着をするととてもスタイルが良いのがうかがえて、昼のようにクライヴはこんな女性の方を抱きたいと思うのだろうかと考えながら、シャツの上から大きな胸元をじっと見た。


「……ローズ、こうして二人きりで話をするのも久しぶりだな」


 灯りをともしていても薄暗闇の部屋の中、ランプに照らされて彼女の紋章のついた指輪がきらりと光った。視線を上げると、その男らしい口調とは裏腹に可愛らしい瞳と目が合う。


「そうね。ナディア先輩。学生時代は、何かとお世話になったけど、結婚してからは、疎遠になってしまっていたから」

「ああ、私も業務と結婚生活で忙しかったからな。お相子だ」


 艶っぽい唇、柔らかい声、シャツにスラックスを履いていても彼女は魅力的な女性であった。


「でも私、お世話になったのに手紙の一つも出さないで……」

「あんたが手紙が苦手なの知ってるし、良いって」

「ごめんなさい」

「謝るなよ。私も面倒だから自分から出さないしな。……そういうところが旦那に怒られるんだけど」


 苦笑しながら自分の旦那についてそんな風に言う彼女だったが、それでもこうして王都から遠い自分の夫の待つ土地へと半年に一回も帰ってやっていることは、とても思いやりのある行為だと思う。


 その話題が出たのにローズは好都合だと思って、話を聞きたい方へと持って行った。


「先輩は、旦那様とは仲睦まじくしている?」


 まさか、クライヴと不倫をしていないかなんて直接、聞くことは出来なくて柔らかくそう聞いた。

 それに、ナディアは、思案顔で答えた。


「どうかな。こんな男勝りの女を好いてくれた人だから結婚したけれどこんなに情熱的だとは思わなかった」

「……その情をナディア先輩は返したいと思っている?」


 そちらに意識が向いているという事ならばクライヴの事なんて視界にも入らないだろう思い、ローズは口にしたが、そのままナディアはあまり不思議に思わずに答えた。


「思ってるさ、ただ、同じ熱量かと言われると微妙だな」

「……そう」


 彼女のその返答だけでは、白か黒かはっきりとしなくて、やんわりとうまく聞くというのは難しく思えて、ローズは思わずこれ以上なんと聞けばいいのか分からなくなって、ポリシーの慎重に行動するという事をやめたくなって、洗いざらい話をしてしまいたくなったが、ぐっと押し黙って我慢する。

 

 すると会話が途切れて、呼び出した側のナディアがさきに、ローズに言うのだった。


「なぁ、ローズ、今日、気になったんだけど、あんたはクライヴのこと愛してるとまでいかなくてもきちんと認めてあげている?」


 聞かれて、ローズは急な話題に少し驚いてから考えてみた。認めると言われても、正直なところ、あの人が自分にそんなことを望んでいるとは思えなくて、むしろ自分の方が彼の心をつなぎとめるだけの女であるのかの方がずっと心配なことであった。


 けれどもそんな風に反論をしても意味はないだろう。いつだってあまり他人の気持ちを汲めないローズに一年しか歳が違わないはずなのに、丁寧に相手とのいさかいについてどこが悪かったのか教えてくれるような、人をよく見ている人なのだ。


「どう、だろう。……少なくとも、求められれば……というか」


 そもそも”認める”という行為自体も具体的な行動はわからなかったが、自分の行動を顧みて、そう口にした。言葉で何かを伝えることはローズたち夫婦はまるでしない、であれば行動でということになるだろう。

 

 夫婦としてきちんと認め合っていると思うし拒否したことは無い。


「あいつも、言葉足らずだからな。……あんたたちは物静かだけど、なんていうか……」


 ローズの返答にそんな風に考え事を口に出すみたいに言ってから、ナディアは、その可愛い顔をすこし歪めて悪そうに笑った。


「まあいい、ローズあんたも人の妻になったんだ、男の心の埋め方ってのをきちんと知って実践しておくべきだ」


 そんな風に言い切った。何のことだかわからないローズに顔を近づけてナディアは、こそっと小さな声で言うのだった。


「既婚者になった二人が夜な夜な集まって話すことなんて、夫婦生活のことぐらいだってわかるだろ」

「!」

「言葉で言えないあんたたちに、なにも睦言を言い合えなんて私も言わない。ただ、示すなら行動で、だろう?」


 言われて、ローズはハッとした。不倫騒動の根幹にあるのは何なのか、ずっと考えていたがローズがほかの女性のように魅力的ではないからなのではないかとぼんやりとした考えしかなかったが、もしかするとそういったローズの技術不足が原因なのかもしれない。


 それを身に着ければクライヴともうまくやれるかも、ぜひともその技術を享受してほしいが、しかしながら彼女の教えを乞うのに、こちらが開示していない情報があったら効果的なものを教えてもらえないかもしれない。


 それどころか、もしかしてここにきてローズたち夫婦を見て聡い先輩の事だ、なにか勘付いて話をしてくれたのかもしれない。さすがは先輩だとローズは人間関係で散々世話になった先輩を過大評価して、目をキラキラさせながら「さすが、先輩。実は困りごとがあるんだけど」と話し始めた。


 不倫が白か黒か、そんな容疑を彼女にかけていたのにローズの頭からは簡単にすっぽ抜けて、困りごとを先輩に口にした。


「いってみな。この先輩がなんでも聞いてやるよ」


 ふふんと自慢げにナディアは先輩風を吹かせて、なんだか学生時代に戻ったかのように偉そうにするのだった。





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