その11
ローズのすぐそばにいたクライヴが聞こえてきた内容に表情を険しくさせるも、ローズはすぐに立ち上がり、今までの騎士然としていない一見、優し気に見える非戦闘員らしい顔つきから、一気に彼女らしい厳しい瞳にかわった。
彼女はナプキンをイスのうえに置き、忙しなく動き始めた周りの使用人を一瞥してからナディアとクライヴに声をかけた。
「……魔物が発見されたので、少し出てくる。二人は、そのまま夕食を続けていて」
それがこの屋敷の通例ならばとナディアはなにも言わなかったが、すぐ隣にいたクライヴはぱっとローズの腕を掴み、自らも立ち上がった。
「今日ぐらいは俺が行こう。先輩も来ているし、それに君は俺がいる時ぐらいは、俺に任せてくれても━━━━
珍しくすこしとりみだしているようなクライヴの姿に、ナディアは彼もこんな風に女性を大切にしたりすることがあったのかと思う。なんせ強さにしか執着のない男だというのは同じ学年の者たちの周知の事実だったのだ。
その彼もまた、好きな女性に出会って大人になったのだなと思ったのだが、ローズはそのクライヴの言葉を聞いて、鋭い視線をさらにするどくして目をぎらつかせて、怒りをあらわにした。
「これは私の役目。君は黙っててほしい。それとも私の性分を忘れたのか」
現役の騎士をも威圧で引かせるようなその気迫に、まったく衰えていないどころか、大人になったことによる経験からくる、自信のようなものが感じられて、ナディアはごくっと息をのんだ。
昔の彼女はただ魔術の天才というだけで、特出して凄みのある方ではなかったが、今は成熟した大人になった女性特有のどっしりとした凄みが感じられる。それを同じようにクライヴも感じたようで、ナディアは彼を少し可哀想に思った。
「っ、……」
「ようがないならもう行く。ナディア先輩どうぞごゆっくり」
「……ああ」
手を振り払われて、カツカツとヒールの音を鳴らしながら颯爽と去っていく痺れるほどにきまっていた。しかしその背中を情けなく見つめる男の姿はまるで今の彼女たちの夫婦像そのもののようで、だれもかれも色々とあるものだと考えを改めた。
この騎士夫婦は難しい問題なんて無そうでいいななんて思っていた数分前の自分を訂正しつつ、女にあしらわれた部下を慰めてやろうとナディアは上司らしく偉そうに言った。
「クライヴ、あんたも大変だな」
「……」
「しかし、仕方ない気もするな。あの茨騎士を嫁に貰ったんだ。ただで守らせてくれるわけもない」
それから、学生時代のローズのあだ名を口にした。学園時代、そりゃあもう彼女は鮮烈だった。高い公爵の位を継ぐうら若い乙女でありながら、自分をけなすもの、近づくものまでその棘で痛めつけ、売られた喧嘩は勝ってぼこぼこにするそれがたとえ、上級生だろうが魔物だろうが。
そういう生徒だった。彼女は、是非王族の直属の近衛騎士団にという話もあったほどに優秀な騎士であるのに、その周りの彼女の家族がその価値を理解していなかった。
だから、簡単に家庭に入れるという選択肢を選ばれてしまった。しかしそんな彼女を卒業までの猶予を与えて抱え込んだクライヴは、誰もが男の中の男だと思ったものだがそんな彼ですら、ローズの前では二の足を踏んでいる。
ナディアの言葉にクライヴは、顔をしかめて、体を放り出すにしてイスに座り、先程までの楽しそうな雰囲気をがらりと変えて、あからさまに項垂れるのだった。
「そんなの、分かってはいるんだ。ナディア先輩。でも普通の女性のように無力であってほしいとは思わないが、せめて、何か一つでも頼って欲しいと思うのは俺のわがままか?」
「敬語敬語!まったく規律が大事だよ。クライヴ」
「……今はそんな気分じゃない」
「あんたね。私の事見下してるでしょう!? ローズより弱いからって」
「た、多少は」
無駄に素直な、部下に笑ってしまいそうなるが、事実である。それだけ彼女は、強かった。そして今も夜の森でも得意の炎の魔法で魔物を焼き払い大剣で切り捨てていることだろうと思う。
「まぁ、私からそれとなく言っておいてやるよ。泊めてもらってる恩もあるしな」
「……俺の話は聞かないし、俺に興味ないのにナディア先輩には懐いてるのはなんでなんだ」
若干イラつきながらいうクライヴに無礼な、と思いながらも、彼女は割と同性に弱いのだという弱点をクライヴに伝えないまま、カラカラ笑った。
それに、クライヴ自身がローズに弱いのにも原因がある。学年が違ったナディアのような人間はあまりローズに関わらずに済んだが同学年はどうあがいてもかなわない才能が目の前にいたのだ。
そんな学生時代の思い出があったら、強く出れないのも頷ける。
……確か、結局、クライヴは公式な試合でローズに一度も勝てたことは無かったよな。
ライバルだと本人は言い張るが、正直周りから見るとローズの独壇場だった。それに加えて、彼女は騎士になってすぐに家庭に入ってしまったのだからもうそのローズを超えることはクライヴにはできない。
そしてある種憧れでもあった強者は、自分を支える人間になった。そんな関係性は普通は体験しないだろう。それだけ不思議な関係性のただなかにある二人を応援してやりたい気持ちが、トリスタンほどではないがナディアにもあるのだ。
……少しはクライヴの劣等感もなくなるといいんだが。
どんな風に伝えようかと考えながら、ナディアは残りの食事を食べ終えて、クライヴを慰めつつも自分の部屋へと戻るのだった。
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