その13





「実は……不倫されてるみたいで、その不倫相手の下着が先日ベットに置いてあったり、夕食の時、見知らぬ女性の香水の香りがしたりするの、クライヴから……」

「ほう、不倫」


 自慢げにいったナディアだったが、急に出てきた彼女たち夫婦らしからぬ話題に内心びっくりして、手に負えるか厄介事かどうかを考えつつ、聞いた。


「人に相談しても、政略結婚なのだから男はそんなものだと、皆はいうのだけど、でも私はその不倫女に、牽制されたのは流石に看過できない」

「たしかに、自分の痕跡を残していったのならそうなるだろうな」

「だから、相手を見つけなければならないと思うのだけど…………正直もう心当たりがない。どんな報復をしようかと考えていたのに」


 地を這うような声にナディアは内心びくびくした。ローズの獲物を狩るときの肉食獣のような瞳に、魔術を持っていないナディアはひええ、と声をあげたくなったがぐっとこらえた。


「クライヴの妻は私のはず、それを譲る気はない絶対に、たとえどんな相手であろうと、必ず報復する」


 びりびりとしびれるような気迫にナディアは、ああ、厄介なことに首を突っ込んでしまったかもしれないと情けない事を考えて、可愛い後輩の信頼か、化け物のような戦闘力のある女の不倫騒動を回避すること、そのどちらの方が重要かで天秤にかけて、信頼の方が吹っ飛んだ。


「でも、正直、もう心当たりがないの。この屋敷に出入りしている女性なんて身内かナディア先輩ぐらいで……下働きの女性かもとも思ったけれどそれなら牽制してくる意味もわからない」

「……」

「クライヴも、それに気がついているのに何も言わないし、そもそもあの人は戦闘以外に興味がないと思うんだ私」


 しかしながら、一人で話をつづけたローズに、ナディアはその話を聞いて、なんて?と聞き返したくなった。


 ……その言い方では……。


「それってすべて、屋敷の中で起こっていること? 例えば王都に会いに行った騎士団寮の中でもなく?」

「え、ええ、そうだけど」

「おかしいだろうそんなこと、そもそも主のベットは、メイドが整えるのにどうして下着があるんだよ」


 当たり前のようにそう指摘され、ローズは、思考停止した。たしかに言われてみるとその通りだ。


 その日には、ライラが会いに来ていたがそれだって、彼の寝室になんて入れていない。それにライラは絶対にクライヴと不倫をしたりしない。


「それに、香水の香りだって、会いに来てすぐにでなければローズが香りを感じるのはおかしい。屋敷にいてその日に誰か来て、不審な間があった後に香りがしたのか?」

「……いえ、普通に過ごしていて、夕食の時間に……突然」

「それなら、不倫相手がいるなんてのはそもそも思い違いじゃないのか、いや、それにしてもかきな臭いが……」


 思案するように言うナディアに、ローズは、その日の事をよくよく思いだしてみたが絶対に不倫女が、彼に会いに来たとは思えない。というか昼下がりに狩りに出たローズの獲物を眺めに来て、その時にはなんの匂いもしなかったのを覚えている。

 

 ……そう考えると、おかしい。たしかに変だ。あった事だけを考えると不倫だと思うけれども、それが牽制だとカーラに言われるまでは私はそもそも気がつかなかった。


「それにな、さっきも言っていたが、クライヴはローズ一筋だと私は思う。あの男がか弱い普通の令嬢に惚れこむとも思えないし」


 言われるほどに納得して、ローズは何か大きな思い違いをして犯人を捜していたのだとやっと、気がついた。今までだって冷静に考えてはいたのだがなんせ、男女の駆け引きにまったくもって疎いローズだ、言われたことを素直に飲み込み不倫だと納得してしまっていた。


「……ああ、分かった。あんたたちまた何か面倒なことになっているだろ」


 納得した様子のナディアに、ローズは深く考えずに反射で聞いた。


「またって?」

「あの時だ、ほらあんたがふさぎ込んでた時、あの時、クライヴが何故か調子を崩して、方々に当たり散らして、しまいにはあんたの実家に殴りこみに行くって言いだした時だよ」

「……え、へ?」


 まったく知らない話にローズは変な声を出して驚いた。そんな話は聞いたことがない。


「そうすれば、いつものローズが戻ってくると思ったらしいが、クライヴは本当に拘ること以外はポンコツだな」 


 それは思い当たることがあるが、しかしローズが知っているのは彼がローズが卒業するまでの猶予を婚約を盾にもぎ取ってくれたという事実しか知らない。


「それで、キレるあいつに、恋心を自覚させてやって、あんたの人生まで背負い込めるなら手段があるって教えてやったのがトリスタンだろ」

「……そ、そうなの?」

「?……ああ、知ってるだろ」


 不思議そうにナディアにそういわれ、ローズは呆然としたまま、その時の事を思い出した。しかしながら、その時の自分は本当に参っていてまったくもって周りを見ていなかった。


 そのせいでクライヴがどんな過程を得てあの回答を得たのかという事実については、思い当たる節もないし、それに、しろうとすら思っていなかった。


 けれども確かに、あまり頭がきれるわけでもない彼が、ああしてローズに道を示せたのは、親友の力があってこそなのだろう。


 言われてみるとしっくり来た。クライヴは、割とスマートに見えるが、そんなに完璧な人間というわけではない。ローズが引きこもったら実家に突撃してしまおうと言っている彼の方が確かにしっくり来て彼らしいとも思うのだ。


 それにあの時にも、らしくない事をしているという感じはあった。けれどもお互いにそれは感じ取ったうえで、それでもそうまでしてそばにいてほしいと望まれたことがローズはなによりうれしかった。


 だからこそ、こうして彼の妻に収まっている。しかしながら、その陰の功労者についてローズはまったく考えが至っていなかった。思い出してみると、ローズとクライヴのいさかいにはいつもトリスタンが間に入って解決してくれていたのに。


「もうトリスタンに相談したらどうだ? あんたたちのいざこざに慣れんだし」


 仕方のない子を見る様な目でナディアがいい、ローズは素直にうなずいた。


 それを見てナディアはほっと胸をなでおろす。けれども彼らに限って浮気騒動なんてそんな大それたことは、やっぱりないのだろうと思い直した。


 なんせ二人とも、恋愛についてはミドルスクール以下の価値観で、子供っぽくて、純朴なのだから仕方がない。その世話をする役回りも学園時代から、彼らの友人で変わっていないだろうことは簡単に想像できるのだった。





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