その14




 ナディアと話を終えた後、ローズはまっすぐ部屋に戻って、彼女の提案に安心してぐっすりと眠った。


 考えもしていなかったが確かに、彼に頼ったっていいはずだ。こうして嫁に来たのだから独身時代の友人を呼ぶことは喜ばれない事なのだと思っていたがそもそも、トリスタンは今だって、クライヴの親友であり、同僚だ。


 そんな人を呼ぶのを誰が咎めるだろうか。明日朝一番で、クライヴにトリスタンに会いたいと伝えればきっと彼がいつものようにこの不可解な状況を紐といてくれるに違いない。

 

 となれば早く眠って明日に備えるのが最善だと、単純な頭を切り替えてすっかりベットで眠りについた。



 ふと意識が目覚める。些細な物音が聞こえたことと、他人の気配を感じての事だった。


 息をひそめる人間の呼吸というものは、ローズにとって眠っていても目を覚ますほどに神経を逆なでするような酷い違和感のあるもので、それは天性の勘にも近いようなものであったがローズ自身は当たりまえの事のようにとらえていた。


 ……誰かいる。


 そう認識してからの行動は早く、ベットの隙間に仕込んでいる小さなナイフを手に取って、ローズは獣のようにしなやかな筋肉を使って布擦れの音ひとつも出さずに、ベットから滑り降りた。


 公爵夫人にあるまじき形相でその侵入者を補足し、息をひそめながら侵入者に近づく。


 暗闇で家具を手探りで探しつつもゆっくりとローズの部屋を移動するその人間をぎろっと見つめる。


「っ、……、」


 やっとの思いでその人間はローズの化粧台へと到着し、息を整えてから、引き出しに指をひっかけてゆっくりと引く、そうして何かを仕込むつもりなのだろうと判断したローズは、こういう手口には覚えがあった。


 学園時代に嫉妬でしょっちゅう何かしらの罪をなすりつけられそうになっていたし、そしていくつかはなすりつけられてから決闘で決着をつけていた。


 こうやって、なにかを仕込む場合には誰かの大切なものだったりをローズが盗んだと思わせるための仕込みが多い。


 ほかにはか弱い女の子が、急にローズから暴力を受けたといい始めたりとあの時も油断ならない状況だったが、ここにきてまでこんなことが起ころうとは驚きである。


 ……こういう時には、厄介なことになるまえに。


 ローズは侵入者の背後に立ち、それからその小さな頭に向かって、なにを言うでもなく背後からその仕込み物を逃さないように引き出しに入れようとしていた手を掴んだ。


「きゃあっ!」


 甲高い声が聞こえる。こんな声を上げる少女はこのカルヴァート公爵邸にに一人しかいないし、頭についているチャーミングなリボンで誰なのかもバレバレだ。


 ……貴族というのは、大体みんな気位が高くて、外見にはこだわる。けれど、こんな時ぐらいは、使用人を装うぐらいの気概を見せないと、良くない。


 そんな風に頭の中で、駄目駄目な仕込みにローズは突っ込みを入れて、それから驚いて落としたその手の中身をきちんと自分の手に収めて、驚きから慌てて部屋中の家具にぶつかりながらローズの部屋を出ていく侵入者を見送った。


 捕まえなくとも、あの侵入者はこのカルヴァート邸以外に居場所がない、いつでもどうにでもすることが出来る、出来るが……。


 ……これはこれで厄介なことになった、かも。


 そう思いながらテーブルの上に置いてあるランプにマッチで火をともした。光に照らされて、侵入者がローズに仕込みたかったものを見て、ものは悪くないと思う。陥れる、もしくは恥をかかせるのには丁度いい代物だ。


 ……印章指輪、か。


 ナディアが身に着けていた、爵位継承者たる証、たしかにこれはローズにとってうらやましく思うものではある。それを夜のうちに盗み出し、こっそりとローズの化粧台に入れておく、後は、侵入者本人が、ローズが持っているところを見たなんて言えば完璧だ。


 やろうとしていたことについては悪くない手段だ。けれどもそれは、ローズ相手にでなければ上手く行っていただろうし、上手くいったとしてもナディアもそういった事態になれている。


 彼女は、ローズが盗みを働くような人間であるとは思ったりしない。つまり意味のない行為に終わる。けれどもしかし、この事態がどういう事実を残すのかというと、侵入者である彼女がローズに害意を向けているという事態だけが残るのだ。


 ……これは、不倫に何か関係あるのか、どうなのか。


 このタイミングなのだから関係あるのだろうけれども、もう何が何やらローズには理解ができない。だれがどんな風に思って、どう絡み合ったらこうなるのかもまったく分からない。


 こうなったらとにかく早くトリスタンに来てもらうしかないだろう。そう結論付けて少し眠たい頭で、ぼんやりしながらナディアの元に指輪を返しに行き、また床に就くのだった。




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