その16





 難しい顔をしながらトリスタンはローズに少し質問をして、些末な事を説明したが、彼は、納得がいっている様子ではなく、手を口元にあてて「想定外のこともあるみたいだね」と独り言みたいにぽつりと言った。


「誰の?」


 彼のその発言にローズは、平然と聞き返した。トリスタンは少し間をおいてから、一瞬視線をローズの奥側に向けた。その不自然さも気になったが、ローズは、先日の印章指輪の件を話し始めたあたりから、扉の外にいる子のあらい息づかいと落ち着かない足音を聞いて、立ち上がった。


 それから腰に差している杖を取って扉の向こうにいる彼女に向けた。


「トリスタン、何か私に隠してるの?」

「……どうだろうね。というか、どこに━━━━


 いよいよ逃げ出そうとした少女の足音を聞いて、ローズは即座に杖を軽く振って、彼女の周りを囲むように炎の火柱をあげ、同時に客間の扉を焼き払い消し炭にした。


「ひぃっ!!」


 少女の悲鳴が聞こえてきて、炎が消し去られると予想通りのカーラの姿があった。彼女は美しい金髪が少し燃えてしまっていて、しかしそんなことは気にも留められない様子でその場でへたり込んで、そばへと寄ったローズを見上げた。


 カーラは急に扉が無くなったこと、自分の周りを炎が取り囲んだこと、すべてに理解が追い付かなくて、見下ろしてくる義姉を呆然と見つめる。


「……丁度いい、君のことについても話をしてたんだカーラ、そんなところでこそこそ聞いていないで、なにがしたいのかちゃんと私がきくよ」


 言いながらローズはへたりこんだカーラの襟首を引っ張って、女性とは思えない力強さで、彼女を部屋のなかへとほっぽた。


「きゃぁっ」

「それで、トリスタン。ナディア先輩の指輪を盗んだのは彼女なんだけれど、これはクライヴの不倫っぽいものとなにか関係があるって事でいいの?」


 ローズはそのまま、トリスタンに話を振った。こうして、彼にすべての情報を開示すれば、なにかしらの答えが返ってくるだろうと思っての行動だった。そもそもローズは、この部屋に来てしばらくしてから、割と早い段階で扉の向こうで盗み聞きをしているカーラの気配を感じていた。


 あの日の夜から彼女のことは警戒していたのですぐに気がつくことが出来た。


 そして捕まえに行く手間も省けたし、どういう事なのか、カーラとクライヴとトリスタンがいればはっきりする、そんな算段だったのだが肝心の彼がいない。しかしそれでもこのままというのも、もやもやするので早いところ、解決するために行動を起こした。


 がしかし、そんなことは知らないトリスタンは急に魔法を使ったローズにも急に現れたカーラにもおどろき、この状況をどうしてくれようかと頭を急速に回転させた。


「……ちょとまってね、想定外、だけどとりあえず━━━━

「あ、あたしにこんなことしてただで済むと思ってんの?!」


 別々に考えた方がいいと思うよ、と続けようとしたが、話が遮られカーラが、トリスタンの事を無視してローズに食って掛かるのだった。


 それに収集がつかなくなる予感を感じながら、トリスタンはローズに視線を向けた。それが呆れてる時の表情だとローズもわかったが、仕方ない。だってタイミングがいいと思ったのだもの、と自分を擁護して、ぶるぶると震えながら立ち上がる、カーラの事を見下ろした。


「あああ、貴方なんてっ、貴方みたいに騎士称号のある女なんてっ!!みみ、認めないんだからぁっ!!」


 青いドレスのスカートを握りしめ、震えながらそういうカーラにローズは、甲高い声だと思いながら、口を挟まず、凄みながら迫ってくるカーラを見つめる。


「なによっ、その顔は!!そんなきつい顔つきで本当にお兄さまに気に入られてると思ってるわけっ!?」

「……」

「不倫されたのなんていい機会だわ、この際この家から出ていきなさいよ!!この能筋女!!」


 ヒステリックに叫ぶ声が部屋全体にこだまして、思わず立ち上がったトリスタンもカーラを止めようとせずに、カーラはどんどんとヒートアップしていく。


「お兄さまだってあんたみたいな、じゃじゃ馬女じゃ恥ずかしくて社交界にも出られないわよ!!それなのに、大きな顔して、お兄さまもお母さまもみんな迷惑してるのよ!!」


 カーラはその綺麗な金髪を振り乱して、錯乱するように叫ぶ。


「お兄さまにはあたし見たいな可愛い子がお似合いなのよそれを横から奪って、このっ泥棒!!」


 その叫びを聞いてローズは、この子の本音はこれかと妙に納得してしまった。あまり仲がいいとは思っていなかったが、その原因が兄を取られた妹の気持ちだとするのなら、納得がいった。


 しかしながら今回の事はいただけない。彼女が起こした行動は犯罪だ。だから、とにかくそんな主張はいいのでトリスタンに洗いざらい説明してほしかった。そうすれば大概のことが分かるはずであると思った。


 だから彼女をとりあえずは落ち着かせようと考え手を伸ばしたが、カーラは無謀なことにそのローズの手をひっかいて、どうにかしてやろうと突っ込んできた。


「貴方なんてっ━━━━


 しかし、その手も足もローズには届かない。ローズ自身は避ければ彼女がどこかに突っ込んで怪我をするかもしれなかったので、受け止めてやるつもりでいたのだが、そんなローズに思いやりはを無に帰すように、彼が、彼女をぶって床に転がした。


 派手に転びフリルがたっぷりのスカートがめくれ上がり、横転するカーラにローズは、もうじき十六歳にもなるというのに、あられもない姿を晒したところを可哀想に思いながらいつの間にか自分の肩を抱いて庇うようにしている、クライヴの姿見上げた。


 ……どこから出てきたのかわからなかった。


 平然とローズはそんな風に思って、必死の形相で起き上がるカーラになど目もくれず、すぐ横にいるクライヴに夢中だった。そんなクライヴはいつもと変わらない表情で口を開く。


「……分かってないようだから言っておくが、俺は君のような妹よりよほど妻の事を愛してる」

「……え?」


 初めて振るわれた暴力と、向けられる冷たい目線にカーラは混乱したままの瞳で瞬きをして、守ってくれるはずだと思っていた兄と、その傍らにいる女を信じられないものを見る目で見つめた。


「そもそもどこで勘違いしたのか知らないが、俺はカーラのものではない。見苦しい嫉妬を向けてもいいが今回は、やることが過ぎたなカーラ」

「え、え? 待ってよお兄さま、あたし━━━━

「君の愚行は母上に報告しておく、今後一切、俺たちの屋敷へは入らないでくれ」


 冷たく言い放つ、クライヴの瞳はまったく同情もなにも感じられなくて、まだ幼い彼女に、厳しく当たりすぎのような気もするけれども、たしかにナディアのことはやり過ぎだったし、今のは、貴族としてちょとやそっとの暴言ではなかった。


 家族内ならまだしも、よそでやったら取り返しがつかない事態になるだろう。


 それにローズは、クライヴとカーラの兄弟関係についてあまり詳しくない。きっとそれなりに懐いていたのだろうと思うし、クライヴも大切にしていたのだろうとカーラの性格を見ればわかる。


 でもローズはその関係については知らないし、カーラに泥棒と言われようとも、クライヴの隣を譲るつもりはない。子供のころからだけの価値観だけでは生きていけないし家族でもいずれは道を分かつ。

 

 ライラとローズのように、同性でも異性でも。それなのにいつまでも自分のものだと勘違いしたままでは、痛い目を見るということをむしろ早く知ることが出来て子供っぽいカーラにはいい学びであるかもしれないと思うことにした。





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