その9



 ほどなくして浮気の第二容疑者である女性がやってきた。浮気の容疑者はローズが考える限りでは、二人しか存在していない。しかし、ライラはすでに違うと分かっているし彼女でもないのだとしたら、いったい誰なのかまったく見当もつかないのだ。


 そう思うと彼女だと決めつけてしまいたかったが例によってそういうわけにもいかない。特に彼女は、慎重に接しなければならない相手である。


 ローズがそう彼女を位置づけするのには理由がある。なんせローズだけの問題ならいいのだがそうも言えない。夫であるクライヴと馬を並走させてやってきたのは、魔法学園時代からの先輩であるナディアだった。


 彼女は現在、クライヴの上司という立場で魔法騎士の中でも役職についている、若き出世頭である。地位も公爵の爵位継承権者であり、クライヴと同格であるためへたを打てない。


 なにより、魔法学校時代の女性主席であり何かと風当たりが強かったローズに、きつい物言いではあるけれども色々と世話を焼いて面倒を見てくれたのが彼女である。


 屋敷の正門に到着したナディアとクライヴをローズはいつも通りに背筋を伸ばして出迎えた。


「お帰りなさい、クライヴ。それに、お久しぶりです、ナディア先輩」


 馬から降り、使用人たちに馬を預けながらナディアはローズを振り返り腰に手を当てて笑顔を向けた。


「先輩はよしてよ、ローズ。今日は世話になる」

「いえ、私にとってはずっと先輩は先輩ですから」

「じゃあせめて敬語はやめてくれ堅苦しいよ」

「……そう?」

「ああ」


 相も変わらず格好のイイ先輩にローズは相好を崩して、聞き返した。返事までかっこのいいこの先輩はいつだってローズのあこがれだった。


 それにその腰に当てた手に光るのは、後継者たる貴族の紋章の入った指輪だった。それはローズが目指していた、なりそこなった姿そのもので今更、未練もないけれども、こうして夫が浮気をしている以上は、その劣等感が少しだけ心地が悪かった。


 それに彼女のような成し遂げた女性だからこそ、クライヴは彼女に心を奪われたのかもなんて考える自分がいることに驚いた。


「ただいま。ローズ。ナディア先輩の滞在の準備をしてくれて助かる」


 言いながらクライヴは当たり前のように、ローズを抱きしめた。今日は妙な香水の香りもしないし、軽い抱擁に、ああ、今回もまた帰ってきたなと思う。


 それだけでそれ以上でもないのになんだか、感情のあまり乗っていないそのねぎらいになんだかほわほわとした感情を感じてからフルフルとその考えを振り払うように頭を振った。


「……ローズ?」


 ローズの妙な仕草にクライヴは名前を呼び首をかしげるが、途端にナディアにクライヴはグイっと腕を首に回され、バランスを崩し彼女の方へと体を預けた。


「あんたは、騎士団なんだから将校殿だろ! なに学生気分に戻ってるんだ、馬鹿者!」

「ローズが呼んでいたので懐かしくなって、申し訳ないです」

「適当に謝りやがって」


 平坦にそう謝るクライヴの姿もナディアの姿も、別に学生の時と何ら変わっていないような気がしたのだが、大きなナディアの豊満な二つの果実がぐいぐいとクライヴに押し付けられているのを見て、こういう部分に惹かれたんだろうかと自分のまったくないわけではないそれを見た。


 しかし、すぐに懲らしめたらぱっと手を離してお互いに普通の仕事仲間らしい距離感に戻るので、変な関係ではないと思うし学生時代と同じままの気がするからローズは難しい顔をして、悩みつつ、「ナディア先輩、部屋に案内するから、ついてきて」と踵を変えしながら言うのだった。


 それに歯切れよく返事が返ってきて、二人でクライヴを置いて屋敷の中へと入っていくのだった。


 

 すたすたと歩いていくと、ナディアはローズに並ぶようにして後ろから移動して、それから、久しぶりに学生時代に目をかけた後輩に笑みを見せた。


「世話になってしまってすまないな、ローズ。いくら半年に一度とはいえ、夫婦の邸宅に外部の者が泊まるのは、気苦労を感じないか?」


 そんな風に言う彼女にローズはゆっくりと首を振ってそんなことは無いと意思表示をした。王都から遠いナディアの実家に帰るための中継地点として一日泊まるだけなのだから、たいして負担にもならないし、それだけ昔からお世話になっている恩返しが出来るのならばそれにこしたことはない。


「なんてことないよ、ナディア先輩。気の知れた相手だし、今でもクライヴがお世話になってる」

「そう言ってくれると助かるよローズ。……しかしあんたが、家庭に入るとはね、前回に来た時にはまったく馴染んでいないように見えたけど、いまじゃ立派なご婦人だ」

「そう見える? 先輩にそういわれるとなんだか照れ臭いけれど」

「そんなことないだろ女同士なんだし」


 ニコッと笑う彼女に、ローズは共に食べる夕食が楽しみになりながら、客室の扉を開く。


「今日はこちらの部屋を使って」

「わかった」


 彼女の為に用意した部屋へと案内すると、すんなりと了承されてローズは後で話をする機会はいくらでもあるので早々に彼女の部屋を後にした。


 不倫がわかってから久方ぶりに再開した学生時代の先輩だったが、彼女もライラのように変わらずローズから見て好人物だ。普通に再開を喜ぶだけで良いなら、どれほど気楽だったかと思いつつも、彼女にどんな風に夫の不倫相手として疑っていると話をすればいいのか見当もつかなかった。






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