その2





 翌日、ローズは休暇でこのカルヴァート公爵領地に帰ってきている夫の事を差し置いて、西側にある大きな森に狩りに出かけようかと思っていたのだが、義母であるセシリア・カルヴァートにつかまり、義妹に当たるカーラの結婚相手を探すためのパーティーの準備を手伝わされるのだった。


 準備といっても、最近社交界デビューを果たしたばかりの少女であるため、お相手の未婚男性のリストアップの段階なのだが、昨日の件でとてもじゃないが顔を合わせる気にならないクライヴに見つからない義母、義父の住む本邸は悪くない逃げ場であった。


「ですからね、この伯爵子息は妙な噂もあるし、カーラにはふさわしくないと思うのよ」


 不安げな表情で、カーラの結婚相手にふさわしい男を選別するセシリアをローズは、今日はジビエが食べたかったのに、と思いながら見つめて、その少しくすんだブロンドの髪をのびのびを育った小鹿の毛皮に重ねつつ、適当に返事をする。


「そうですね。カーラは可愛いですから」

「でしょう?あの子ったら、髪はわたくしに似てブロンドだけれど、瞳は夫に似て紺碧だもの、きっとカーラの産む子もとても美しいわ」

「……はい」


 言われて義妹の事を思いだした。たしかに可愛い、とても女性らしく柔らかな肉質をしていて、とてもじゃないが変な噂のある男に乱暴をされたりしても反撃は出来なさそうだ。


 ……いけない、狩りに行こうと思っていたせいで、食肉と戦闘力の事ばかり考えてしまう。


 いけないとはわかっていつつも、義母の女性らしく美しい調度品のそろった部屋で話すような内容ではない言葉が口をついて出る。


「しかし、それほど心配でしたら、私が、仕込みましょうか?ナイフぐらいなら扱えるようにできますよ」

「……」


 ほんの些細な、提案のつもりだったのだが、セシリアはあんぐりと口を上げて手につまんでいたクッキーをポロリと落とす。


 それから、額を押さえてはぁ、とため息をつき美しいティーカップから、とても丁寧な仕草で紅茶を飲んだ。


「ローズ、貴方ったら、貴族令嬢らしからぬことを言って……まだ騎士気分が抜けないのね。困った子」

「……も、申し訳ございません」

「でも不思議ね、マナーの講師からはとても良い評価をもらっているのに、どうしてなの?」


 セシリアは不思議そうにそういい、頬に手を当てて困ったというように視線を伏せた。


 それについては、気を張っていれば取り繕うことが出来るというだけで、こうして、気になることがある日なんかは、つい猫をかぶることを忘れてしまうというか、そういった具合である。


 しかし、それを言うわけにもいかずに、目を細めて、ローズは気まずく微笑んだ。


 たしかにローズだって、もう立派な貴族女性なのだから、それらしくふるまえなければならないと、セシリアも気を使って娘にするような教育を与えてくれている。それに報いたい気持ちはあれど、やはりどうにも性に合わない。


「……お義母さまが相手ですとつい、気を抜いてしまって……それに、その、カーラは本当に可愛らしいですから、本当に武術の一つでも身に着けていた方が良いかもしれません」


 高い位置で一つに結い上げている髪を揺らして、ローズはそうセシリアに返す。まったく嘘のない言葉に、セシリアもこの子も悪い子ではないのよね。と思ってしまい強く言い返せない。


 それに、彼女のいうことにも一理がある。カーラはまったく苦労なく背負うものもなく育てられたとても純粋な子供だ。そのぐらいの心得をもって嫁入り先に行かなければ、上手く立ち回ることが出来ないかもしれない。


「そうね。……まぁ、貴方ほど、男勝りになられても困りますけれど」

「あ、はは」


 冗談交じりに言うセシリアに、ローズは何とか話を逸らせたかと安心しながら、きごちなく笑った。


 それから、自分はとても恵まれていると思う。こうして、ローズに苦言を呈することもあるセシリアだが、ローズが剣を腰にさしたまま日常を過ごしたり、彼女のようなフリルを多用したカーテンや、花柄の壁紙などを日常生活で使わなくても決して軽蔑したりはしない。


 家庭に入る女性としてのたしなみや、男性を支える心構えなど、妻に必要なことをきちんと持っていなくても、息子であるクライヴの選んだ女性なのだからと尊重してくれている。


 最低限の社交界のマナーなどは叩き込まれたが、こうして、自分の愛娘のお相手探しの相談相手にされるぐらいには良い関係を築けている。

 

 その大部分はこの器量の良い人のおかげであることをローズは、きちんと理解して、背筋を伸ばして、まっとうに相談事に悩むのだった。


 ……私のように、夫の母が良い人とは限らないかもしれないし、なにより貴族の結婚というのは多くの金銭が動く、用心するに越したことは無い。


「そういえば貴方、まだ未婚の友人がいたでしょう?たしか、クライヴとも仲の良い……」

「ああ、トリスタンの事ですね」

「そうそう、侯爵家の出だったわよね」


 そこまで言われて、彼もカーラの結婚相手に候補に入れられるかという話だとすぐにローズは、合点がいって、彼の事を考えた。


 彼は、魔術師や、魔法騎士を目指す者たちの通う魔法学園時代の友人だった。だったというか今でも友人ではあるのだが、結婚して以来は、彼とも疎遠になっている。


 しかし、クライヴは魔法騎士として彼とともに仕事をしているはずであるのでそちらから話を回してもらった方が手早いだろう。


「彼は、きちんと魔法学園を卒業して、クライヴの同僚になっていますから、そちらから話を通してもらえると思いますよ」

「そう、そうねぇ。そうだけど……」


 ローズの言葉にセシリアは困ったような顔をして、少し視線を落としてからローズにいう。


「わたくし、最近あの子に距離を感じるのよ。昔から難しい子ではあったけれど、学園に送り出して以降は特にね。なにを考えているのやら」


 彼女は疲れをにじませたような声で言う。


「騎士の役目を立派に努めているのは、良い事よ。いずれはこの家を継いで公爵になる器もある。けれど……ローズは感じないかしら?どうにも威圧感のある雰囲気をしているでしょう?」


 意外な気持ちの吐露にローズは少し瞳を瞬いて、それから、心の中で同意した、たしかに彼は難しい人だと。それから、初老の女性らしく無力で小さなその手を取った。




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