第5話 『隠し○○』……。いい響き!
壁の一部がずり下がり、地面と一体化する。現れたのは、下層へと続く階段。もしかしなくても、隠し通路と呼ばれる
幅は人1人が余裕をもって通れるくらい。結構長さもあって、かなり深くまで続いていることが分かる。階段自体に明かりは無いけど、階段の先にあるらしい部屋からは明かりが漏れていた。
(隠し通路! 隠しダンジョン! 隠しボス!)
俺にとって、こんなに胸躍る単語は無い。思わず出そうになった歓喜の声を握りこぶしの中に収めて、俺は扉が閉じる前に隠し通路へと足を踏み入れる。
それにしても、まさか隠し通路があったなんて……。安息の地下は全3階層、すべて
「つもりだったんだけどなぁ……」
どうやらこの隠し通路は、階層と階層の間……確か、建物で言うところの
(その割には、なんと言うかマヌケな印象の人だけども……)
「にゃむさ~ん! どこ~!? ひゃぁっ!?」
先ほどからダンジョンに響いていた声が、より鮮明に階段の下から聞こえてくる。助けを求める女性の声に反応したのは、俺の足元に居た丸々太った黒猫・にゃむさんだ。
『ナゴフ』
俺に感謝を告げるように鳴くと、短い手足を必死に動かして、器用に階段を下っていく。時を同じくして、俺の背後にあった隠し扉が一瞬にしてせり上がり、帰れなくなってしまった。この階段の先に居る何者か……恐らく隠しボスを倒さなければ、外に出られない。そんな、ある種の罠でもあるんだと思う。
「なるほど。これのせいで
主人に愛されているのだろう。丸々太った身体は、どう見ても機敏に動けるとは思えない。飼い主と分断されて、この隠し通路に入ろうにも、穴の奥にあるボタンを押すことが出来なかった。そんなところかな。
「音は漏れてたから、壁自体は薄いんだろうけど……」
数万を超える人が挑戦したダンジョンだ。恐らく壁の向こうでも戦闘はあったはずで、余波が壁を襲っただろう。それでも破壊されなかったってことは、隠し扉は破壊不能オブジェクトだということ。
(とりあえずマッピングをしておいて……)
もともとあったデータに、隠し扉の位置、階段の幅・長さなんかを書き込んでいく。念のため、〈罠探知〉と〈モンスター探知〉のスキルに反応が無いことも確認しておいた。
「階段は安全。長さは30mくらいかな? 狭くて音が反響しやすかったことと、俺に〈聞き耳〉スキルがあったから、声が聞こえた感じか」
急がず焦らず、俺は階段の先……明かりが灯っている場所へと下りていく。
「人が居るから、悪いけどもうしばらくフィーには針の姿で居てもらうね」
「(んーっ!)」
針を通してフィーの不満そうな声が聞こえた気がしたけど、ここは我慢してもらおう。やがて、階段を
『KtKt KtKt!』
カタカタと全身の骨を鳴らす、立派な紫色の
他方、隠しボスが放つ火の玉を転がるように避けているのが、悲鳴を上げていた女性だ。キャラの見た目だけで言えば、俺とそう変わらない年齢のように見える。
小部屋の壁にオブジェクトとしてかけられている松明に照らされる髪は、水色。長さは肩より少し長いくらいだから、セミロング丈だったっけ? それともミディアム? まぁどっちでも良いか。
目鼻立ちはしっかりしていて、違和感もない。丁寧にキャラクリがされていることが分かる。涙目で逃げ回る瞳は、髪色より少し深い水色。身長は160㎝くらいだろうけど、体格は分からない。というのも、その女性プレイヤーの全身が、ごつい青色の鎧で固められているからだ。
(……って言うかあの装備『
女性プレイヤーが身にまとう
滝の下にある岩場で採掘していれば、ごくまれに手に入るレアアイテムの『
そんな地獄をくぐり抜けただろう女性プレイヤーが弱いはずもな――。
「
女性プレイヤーは、回避するでも、手に持った武器で受け流すでもなく、ノーガードでボスが放った火の玉を受けた。幸い、致死のダメージを受けたようには見えない。さすが、いま公開されている防具の中でも1、2を争う防御力と魔法耐性を誇る
(でも、今の動き……。どう見ても、初心者のような……)
少なくとも、独力で
(で、武器と防具を作って。調子に乗って、このダンジョンに来ちゃった……?)
長時間生き残っていられたのも、防具の防御力のおかげだと考えれば、まぁ納得できる。
(助けには……行けないか、やっぱり)
ボスに挑んでいる間、同一パーティのプレイヤー以外はボスの居る部屋に入ることができない。大抵は扉が閉まるんだけど、今回は扉が無いから透明な壁のようなもので行く手を阻まれていた。
(まぁ、行けたとしても、出来ればゲームでまで人と関わりたくはないんだけど……)
と、そうして入り口付近で俺がボスと女性プレイヤーの動きを観察していた時。いつの間にか追い越してしまっていたらしいにゃむさんが俺の足元に居て、
『ナァゴ!』
野太い声で鳴いた。
「にゃむさん! って、あっ……へぶっ」
必死で敵の攻撃を……避けて? 受けて? いたらしい女性プレイヤーだったけど、
「
額と鼻の頭を赤くしながら身を起こす女性プレイヤー。そんな
『ゴロナァ♪』
猫らしく猫なで声で、女性プレイヤーにすり寄ったのだった。
「にゃむさん!」
黒い尻尾を揺らして頬ずりをする
「よかったぁ、無事で。でもどうやってあの壁……」
と、周囲を見渡した女性プレイヤーの水色の瞳と、初めて目が合った。その瞬間、ようやくプレイヤーネームが分かる。緑色で示された名前は『トトリ』だった。もちろん相手側にも俺のプレイヤーネームが表示されていて。
「『斥候』さん……?」
にゃむさんを撫でながら、暢気に俺の名前を確認している。……これはさすがに、言ってあげるべき、だよね?
「あの」
「は、ははは、はいっ!」
呼びかけた俺に、トトリはあからさまに全身を縮こまらせる。そのせいで鎧の上からでも分かるほどふくよかな胸元に抱かれていたにゃむさんが『ナ゛!?』と、苦しそうにうめいたけど、それよりも今は……。
「後ろ、大丈夫……?」
「へ? 後ろ……?」
俺が焦って指さす方を、トトリも見る。そして、彼女は再び、全身を硬直させた。
そう。この部屋には俺たちプレイヤーの他にもう1体、強力なボスモンスターが居るのだ。そして、地面にへたり込んで両手で猫を抱えるプレイヤーを、モンスター(の中に搭載されているAI)が狙わないわけもない。
恐らく、敵の最大火力の攻撃……巨大な炎の弾をぶつける〈
『ナァゴ……』
回避もの防御も間に合わない。全てを察したにゃむさんが、やれやれと言うように首を振って鳴く。他方、トトリも自身の死をきちんと察したらしい。俺の方を振り返って――。
「……!」
――何か言おうとしたところで、ボスが放った巨大な火の玉に飲み込まれるのだった。
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