第6話 ふぅ、危うく絶望するところだった

「……!」


 何かを言おうとして、俺の前で死んでいったプレイヤー『トトリ』。最期に言おうとしていたのは、どんな言葉だったんだろう。……いや、想像にかたくない。敵の攻撃モーションに気付いておきながら忠告が遅れた俺に対する、恨み言に違いなかった。


「やっぱり、余計なお世話だったかな……?」


 ひとまず、ここが死んでも生き返ることのできる“ゲームの世界”で良かった。あの人……トトリが失った物と言えば、時価総額250万Gゴールドもする滝鉄そうてつの鎧だけ。


「250万G……250万円……」


 ……これは、あれだ。考えちゃいけないやつだ。俺は目もくらむような大金から目を逸らすことにする。


 気持ちを切り替えて足を踏み入れるのは、ボスの部屋。大きさは20×20×5mくらいか。敵のレベルは50。ついでにこの安息の地下のラスボスのレベルは40。


「で、俺のレベルが38。基本的に装備の関係上、敵は10レベル差あったら倒せない、と……」


 良くも悪くも、アンリアルはどこまでいってもゲームだ。その名の通り、現実ではないアンリアル。厳密な数値のもとに管理されている。


 恐らく、この隠し通路は、いま発見されることが想定されていなかったと見て良い。後々のストーリーで明かされる予定だった物を、トトリが何らかの方法で見つけてしまったのだろう。


 今の俺が挑むのは、言わば無理ゲー。敗北必至の、負けイベント。……でも。


「うん、最高!」


 例え今は軽装で、敵のスキルを一発貰えば即死だとしても。俺は、倒してみたいと思ってしまう。挑みたいと、そう思ってしまう。負けイベントにこそ全力を尽くしてしまうのもまた、どうしようもないゲーマーとしてのさがであるような気がした。


 俺は自身に向けて杖を構える隠しボスへと、静かに駆け出す。ダメで元々。敗北するにしても、ただやられるだけは性に合わない。1つでも多く、情報を持ち帰る。お金……ウタ姉のために。そして、次に来た時には必ず、このボスを倒すために。


(目に見える敵の近接武器は右手に持った杖。左手本は多分、スキルを使うための触媒)


 俺はまず、落ち着いて隠しボス『安息を願う者“ソマリ”』の装備を確かめる。姿勢を低くして駆ける俺に、ボスが小さな火の玉を飛ばしてきた。さっきボスが見せた〈炎弾えんだん〉の下位スキル〈火球かきゅう〉だ。


 これら〈火球〉や〈炎弾〉などのスキルは『魔法系スキル』と呼ばれ、スキルそのものに攻撃力が設定されていた。


(下位スキルとは言え、相手はボス。防具もしてない今、当たれば当然、死ぬ。よくて致命傷……)


 小学校高学年の男子が、ドッジボールで投げる球くらいの速さで飛んでくる〈火球〉。それを、俺は身をひねってかわす。すぐ脇を通り抜けた火の弾が、後方、地面に当たって爆ぜた。


あっぶな……っとと」


 回避した俺を目がけて、次、また次の〈火球〉が飛んでくる。見切れない速度じゃないから、落ち着いてかわすことに専念すれば問題はない。


(1、2、3、4……最初と合わせて、連続使用は5回まで)


 遠距離攻撃のパターンを記憶しつつ、俺は立派な法衣ほうえを着た骸骨がいこつへと接近する。次に確かめておきたいのは、敵の防御力だ。


「フィー!」

「ん」


 針から変身を解いたフィーが、白いワンピースを揺らして現れる。こんな状況じゃ無かったらでてあげたいところだけど……。


「『白鉄はくてつの剣』でお願い!」

「ん!」


 フィーは俺の言葉に頷いて、すぐにその身体を『白鉄はくてつの剣』へと変えた。これこそ、フィー最大の強みだろう。いくつか制限があるとはいえ、あらゆるものに変身できるフィー。彼女は、アンリアルの中に存在するあらゆる武器・防具に変身することができる。


 しかも、あくまでも扱いはサポートAI。死亡してもフィーの変身が解けるだけで、居なくなるようなことはない。俺が最低限の武器や防具でダンジョンに挑むことが出来ているのは、ひとえに、この頼れる相棒が居るからだった。……あとは俺が、フィーを使いこなせるかにかかっている。


「サンキュ!」

「(ん)」


 フィーが変身した白鉄はくてつの剣を握り、俺は今一度ボスへと肉薄する。


 基本的に、攻撃後のモンスターに必ず設定されている「隙」。今回であれば次の〈火球〉が飛んでくるまでの10秒間が、プレイヤー側が攻撃するために用意された時間ということになる。しかし、この隠しボスは近接武器として杖も持っている。俺が攻撃しようと近づいたら……。


(当然、反撃が来る!)


 ボスは案の定、右手に持った杖の先端を、俺に向けて振り下ろした。敵のスキルが使用されている証でもある赤い光の軌跡が、頭上から俺に迫る。


(杖ってことは、多分、〈痛打つうだ〉。クールタイムは、7秒!)


 サイドステップで杖の攻撃を避けることでようやく、近接系のプレイヤーが攻撃する本当の隙が出来上がる。使う武器は、フィーが変身した白鉄の剣。武器の攻撃力自体は100。この100という数字が、肝だ。


(敵を攻撃した時に出る数字。その数字を引けば、簡単に防御力が分かる!)


 参考までに、先ほど〈炎弾〉に焼かれた女性プレイヤー、トトリが着ていた装備『滝鉄そうてつの鎧』の防御力が70、魔法耐性が60ある。


「ふぅっ!」


 振り下ろした白鉄の剣が、ボスの右の鎖骨の辺りを捉えた。現れた数字は……5。


(……う~ん?)


 つまり、ボスの防御力は95になるわけだけど……。


 問題は、ボスのHPの方。例えば、このダンジョンのラスボスである『スケルトンジェネラル』は防御力30で、白鉄の剣による攻撃を72回行なうと、HPが75%を切った。ダメージ70の攻撃を72回。それをさらに4倍することで導き出されたHPが、約2万。


(で、このボスはダンジョンのラスボスよりは格上だから、多分、HPも2万より多い……)


 つまるところ、最低でも4,000回。剣を振らなければならない。それも、多分、HPが減るごとに激しくなるだろう攻撃をかいくぐって、だ。


(……絶望って、こういうことを言うんだろうな)


 探索に必要なスキルを多く取っている俺は、攻撃系のスキルはほとんど持っていない。だから、攻撃力を上げることもできないし……。


(いやいや、近接攻撃に高い耐性がある系の敵かも……?)


 モンスターの中には、近接攻撃・遠距離攻撃それぞれに、高い耐性を持つものもいる。有名なところで言えば、幽霊ゆうれい系のモンスターが持つ「近接攻撃の攻撃力に0.1倍の補正」とかかな。いま目の前にいる隠しボスも、そういった耐性を持っているかもしれない。


「ふぅ……。危うく絶望するところだった」


 ひとまずボスから距離をとって、背中にかけていた弓を引く。その頃にはボスが使う〈火球〉のスキルのクールタイムが終わってるから、再び火の玉が5つ飛んでくる。その全てを落ち着いて避けて、ボスが最後の火の玉を放った瞬間に俺も矢を射った。


(〈狙い撃ち〉っと!)


 現実ではありえない、直線的な軌道を描いた矢がボスに命中して浮かび上がった数字は、1。ダメージの、最低保証値。つまり、防御力を上回ることが出来ていないということ。


(……なるほど)


 一縷いちるの望みをかけて、俺は隠しボスに対して〈火球〉のスキルを使ってみる。今のところ敵が回避行動をとらないことだけが、唯一の救いだろうか。プレイヤーが使う攻撃力50の〈火球〉が命中して浮かび上がった数字は、25。


 魔法系スキルは割合でダメージが軽減されるから、敵の魔法耐性は50。つまり、ダメージが半分カットされるらしい。まずは一通り、今の俺が出来る攻撃について調べてみて分かったこと。それは、


「今回は、ちょっと、無理かな~……」


 キャラクターには体力――スタミナ、持久力の意味の方――が無いとはいえ、人間の集中力には限界がある。しかも俺は、ついさっき、極限状態でモンスターパレードっていう地獄をくぐり抜けたばかり。


 さらに、ここで追い打ちをかけるように、


「コーくんくん、晩ごはんだよ?」

「ウタ姉!? って、あっつ!?」


 現実の方で、愛しのウタ姉が俺を呼ぶささやき声が聞こえてしまった。だからって言うと、情けない言い訳になるんだけど……。


 ボスとの戦闘が始まって10分後、俺は無事、返り討ちにされた。生身のプレイヤーが気絶しないように加減されているとはいえ、ウェルダンになる牛肉の気持ちが分かるのも、技術の進歩のおかげかも知れない。……ただ、これだけは言わせて欲しい。敗北必至の負けイベント? そんなの、知らない。


(次は、絶対、倒す)


 心の中で叫んで、俺はアンリアルからログアウトするのだった。

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