第9話 府立六花高等学校

 正規のバスケットボールコート1つを、余裕をもってとることができる大きさの体育館。つつがなく進行している府立ふりつ六花りっか高等学校の入学式は、新入生代表の答辞の時間を迎えていた。


 温かい春の日差しが連れてくる睡魔との死闘を繰り広げていた俺が見上げる壇上だんじょうに、1人の女子が登壇とうだんする。


 と、腰を折って顔を上げた新入生代表の女子の姿を見て、主に男子が息をのんだことが分かる。その理由は、壇上に立った女子がアイドル顔負けの美少女だからに他ならない。日本人らしく平坦な顔立ち。黒髪黒目、ポニーテールも、日本人らしいと言えば、そう言えるのかもしれない。しかし顔のパーツの配置、頭の大きさ、手足の長さ。全身のバランスが絶妙で、それこそ、人によって丁寧に作られた「キャラクター」のようでもある。特に、快活そうな大きく丸い瞳が目を引いた。


 そんな、どこか現実離れした容姿を持つ女子は、印象的な瞳で俺たち新入生を見る。そして、大きく息を吸ったかと思うと……、


「柔らかく暖かな風に舞う桜とともに――」


 静けさに1滴の雫を落とすように、話し始めた。……なんと言うか、の置き方が上手いような気がする。スッと通る落ち着きのある声に、色めき立った新入生(男子)たちが波紋を広げるように落ち着きを見せる。


「――新たな高校生活の第一歩を踏み出した私たちですが、慣れない生活に、戸惑うことも多くあると思います。先生方、先輩方の助言を乞うことも多くあるでしょう。そんな時は――」


 言葉の1つ1つを丁寧に。上手く抑揚を駆使して、適宜てきぎ表情を変えながら。聞く相手のことを思いやって語られる期待と不安の言葉には、自然と心動かされてしまう。あれが、世に言うカリスマ性と呼ばれる物なんだろうか。


「――これから3年間。初心を忘れず、後悔の無い高校生活を送ることを、ここに誓います」


 彼女がそう言って答辞を終えるまで、あっという間だったように思う。それほどまでに、俺を含めたこの場にいる新入生のほとんどが、新入生代表女子の答辞を聞き入ってしまっていた。


(……名前、何だったかな? まぁ、いいか)


 1つにまとめた黒い髪を揺らしてその女子が舞台を下りるまで、体育館は、彼女に支配されていたと言っても過言ではない。なんだか良い物を見せてもらった気がする。アンリアルから初めてログアウトした時と、同じようなすがすがしさだ。とりあえず何が言いたいかと言うと、ばっちり眠気が飛んでいったってこと。


(ありがとう、新入生代表さん)


 目を覚ましてくれた女子へ心の中で感謝を述べる。彼女のおかげでその後は特に眠気に襲われることもなく。俺は無事に入学式を終えたのだった。




 入学式が終わると、待っているのは新入生オリエンテーション。各クラスに別れて、高校生活で初めてのクラスメイト達と顔を合わせることになる。担任に引率されて向かったのは「1-D」の教室。6×6に並べられた使い古しの机が、俺たちを迎えてくれた。


 最初は名前順に着席することになっていて、俺、小鳥遊たかなしこうの席は廊下から数えて3列目の1番前。目の前には、教卓がある。控えめに言って、最悪の席と言えるんじゃないだろうか。しかも、ウタ姉からは最低でも前後左右の生徒とプラスワン。5人と話すように言われている。


(前の生徒が居ない。つまり、自分から話しかけないといけない生徒が2人に増えた……)


 絶望するのは後にして、ひとまず俺は左右、そして後ろの席の生徒に軽く挨拶をすることにする。名前を覚えるコツも、実はウタ姉から伝授してもらっている。それは……。


『相手を倒すべきモンスターだと思うこと。そうすれば、名前くらいは覚えられるんじゃない?』


 俺がゲーム好きだと知っているウタ姉からのアドバイスを受けて、どうにか実践してみる。大切なのは、相手の特徴データを覚えること。そう思えば、


「おう、よろしく! オレは源田げんだな! 呼び方はコウでいいよな? オレも健介けんすけって呼んでくれ」


 まず、右隣の男子生徒の名前『源田げんだ健介けんすけ』を覚えることは出来た。特徴としては、ガタイが良いことかな。多分、ゲームだと盾役タンク――敵の攻撃を引き付ける役割――になるタイプ。もう少し情報を集めるために話を聞けば、中学時代はバスケ部。六花りっかでも、バスケ部に入る予定で、モテモテになる予定らしい。人当たりも良いし、可能性は十分にありそうだと個人的には思う。


 続いて、左の席。こっちも男子生徒だ。銀縁の眼鏡をかけていて、短髪。少し痩せている印象で、間違いなく理系。……勝手なイメージだけど。


 個人的には少し話しかけ辛い印象の男子だけど、俺にはウタ姉からの命令がある。


「えっと、俺は小鳥遊たかなし。仲良くしてくれると、助かるんだけど……」


 ひとまず左隣の男子生徒の方を向いた俺は、膝に手を置いて仲良くして欲しいと頼み込む。そんな俺を、男子生徒は眼鏡の奥にあるぎょろりとした目で睨んだように見えたんだけど。


「よ、良かった~……」


 次の瞬間には顔をくしゃくしゃにして、目に涙を浮かべていた。なんでも、見た目で敬遠されることが多かったとか。ここら辺からは割とどうでも良いけど、中1の時は見た目と緊張のせいで友人関係がかなり狭くなってしまっていたようだ。そのトラウマのせいで、新学期になるたびにがちがちに緊張してしまい、ついに新しい友人が出来ることなく終わったらしい。


「そ、そうなんだ……」

「だから、改めてよろしく、小鳥遊たかなし~! 本当に、よろしく~……!」

「うん、よろしく。……で、名前は?」


 自己紹介で肝心の名前を言い忘れるあたり、本当に中学時代の交友関係はヤバかったのかもしれない。とにかく、この男子生徒の名前は『南雲なぐも国治くにはる』。かっこいい名前だと思うのは、俺だけ? とりあえず、理系男子と覚えておく。


 最後に残っていた後ろの席の女子生徒、千木良ちぎりとも一言二言挨拶をして、まずは3人と挨拶を済ませた。さらに、ケンスケ(源田げんだ健介けんすけ/俺の右隣の席の男子生徒)を訪ねて来たクラスメイトの男子、法月ほうづきとも、流れで挨拶をしておく。ケンスケと法月ほうづきは、中学が同じらしい。


 その後も流れで理系男子の南雲なぐもも交えて、俺、ケンスケ、南雲、法月ほうづきの4人で話す。どこ中学だったか、どうやって通学しているのかなんかの他愛ない話で盛り上がる一方で。


 ――うまく、やれてるかな?


 ちょっと引いた位置にいる心の中の自分が、不安になる。選択肢も無ければ、返答について考える時間もない。そんな「会話」と言うものが、俺は苦手だ。相手が求めている答えは何か。ちょっとした発言が、相手を傷つけていないだろうか。そんなことを考えると、どうしても気疲れしてしまう。


 ――それに、俺に関わると、ひょっとすればみんなも……。


 ゲームと違って、現実に蘇生リスポーンは無い。2度の両親の死で、俺はその事実を痛いほど知っている。ウタ姉が言うように、迷信に違いないんだと思う。それでも、出来るならもう二度と、知り合った人たちが死ぬ姿を見たくはない。


「コウ? 大丈夫か?」

「あ、うん大丈夫。で、通学の話だっけ。俺はバスで……」


 結局、今日も何気ない会話をいるうちに、担任がやって来てしまった。担任の指示のもと、クラス全体での自己紹介が始まって、その後は六花りっか高校のカリキュラムについて改めて確認していく時間になってしまう。


 あれよあれよと時間は過ぎて行って、気付けば高校生活初めての「放課後」を迎えていた。

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