第10話 「にゃむさん」って、流行ってるのかな……?
「もう、放課後……」
昼過ぎには、入学式とオリエンテーションが終わってしまった。「また始業式でな!」と言って消えて行ったケンスケと
(あと1人。どうしようかな……)
下足室で上履きから下履きに履き替えつつ、残る1人にどう話しかけようか考える。下足室にも、もう人は居ない。用が無ければさっさと下校するようにと言われたことを、全員が真面目に実践した結果だ。まさか、
(ウタ姉に嘘をつくのも嫌だしな~……。めちゃめちゃ気まずいけど、部活しに来た先輩に話しかける? いや、でもさすがにそれはちょっと)
独り
「こんにちは~」
そんな声が、聞こえた。一瞬、俺に向けられたものかと思ったけど、違う。声の主……黒髪の女子は、自分の足元に居る太った黒猫(多分、野良猫)に話しかけていた。
「きみ、にゃむさんにそっくりだねぇ~。よーしよしよし」
なんて猫に話しかけながら、
それにしても、にゃむさん。どこかで聞いたような気がすると思えば、アレだ。隠し通路に導いてくれた、幸運の黒猫の名前……だったはず。その持ち主の名前は、確か……。
「トトリ……」
「ははは、はい!」
俺の呟く声が大きかったのか。それとも、その女子の耳が良かったのか。静かな下足室前に、奇妙な返事がこだました。驚いた黒猫が、巨体を揺らして女子生徒のもとから走り去る。
「ごごご、ごめんなさい! 用がないのに帰ってなくてごめんなさいすぐに帰りますそれではさようなら!」
俺が止める間もなく駆け出す女子生徒。しかし、少し走ったところでド派手にすっ転んだ。受け身も取らずに前のめりに倒れる姿には、どうしてだろう。強烈な既視感がある。
「だ、大丈夫です! 全然痛くありません! それに地面に這いつくばるのは慣れているので心配ご無用です救急車とかも必要ありませんそれでは今度こそさようなら~!」
別に聞いてもいないのに一方的にまくしたてた女子は、そのまま、逃げるように正門を出て行ってしまった。
「……色んな意味で大丈夫か、あの人」
女子生徒が見えなくなった正門を見ながら、思わず俺は独り
『ナァゴ♪』
さっき女子生徒が話しかけていた黒猫が、今度は俺に猫なで声を上げていた。かなり人慣れしているし、恐らく在校生たちに飼われている猫なのだろう。肥えに肥えたお腹が、何よりの証拠だ。
(一応、さっきのやり取り(と言えるかは分からないけど)を入れたら、5人に話しかけたことにはなるけど……)
ウタ姉には「お友達」を作るように言われた。だったら……。
「これからよろしく、にゃむさん」
『ナゴォ♪』
手入れされた毛並みを撫でることで、5人目としよう。多分、今日の俺にはこれくらいがちょうどいいと思う。
「よし! というわけで、帰って、アンリアルにログインするか」
俺はウタ姉からの
しかも、追い打ちをかけるように、にゃむさん(のような猫)を見てしまった。押さえていた隠し通路とボス攻略への好奇心を、もう止められない。
帰りのバスの中。俺の意識は、吸い寄せられるようにゲームへと向かってしまう。
「敵の序盤の行動パターンは前回把握済み今回持っていくべき。アイテムはとりあえず回復薬と
と、足元で俺を見上げる男の子と目が合った。幼稚園帰りだろうか。
「おとーさん。このおにーちゃん、なんかぶつぶつ言ってる」
そう言って、隣にいる父親と思われる男性の腕を引いている。……ヤバい、いつの間にか考えが口に出てしまっていたらしい。視線を上げて、父親と目が合うと、それはもう引きつった笑顔で見られてしまった。とりあえず俺も愛想笑いを返しておいたけど、そっと距離を取られたことは言うまでもない。
けど、変な目で見られたことよりも、
(良かった……。危うく、貴重な隠し通路の情報を
なんて真っ先に考えてしまうあたり、禁断症状も末期かも知れない。
ウタ姉の負担を減らすためとは言え、俺、よく半年間も我慢できてたなぁ。いや、半年ぶりにログインしてしまったから? それももちろんあるんだろうけど、隠し通路なんていう、魅力的な物を見つけてしまったからに違いない。
(そういえば、あの人。トトリはどうやってあの隠し通路を見つけたんだろう……?)
普通にプレイしていたら絶対に見つからないだろう入り口の穴。アレをどうやって見つけたのか。
あの後ちょっと調べてみたら、今でも
(いや、違うのかな……?)
トトリの悲鳴を聞いた時にも思ったけど、仲間と一緒にあの隠しボスに挑んで、あの人だけが生き残っていたと考えた方がいい。
(もしそうなら、トトリのパーティメンバーもあの隠しボスの情報を知ってることになるわけで……)
未知の情報は、知っている人が少ない程、高値が付く。それに、どれだけ秘匿しようとも、知っている人が多かったら自然と情報は流れてしまう。そうなったら、あの隠しボスの情報も、売り物にならなくなる。
「そうなる前に、さっさと攻略しないと!」
なんて意気込んでたら、ちょうど、バスが最寄りのバス停で停まった。
「おとーさん! 帰ったらアンリアルしようね!」
「そうだな。でもゲームは1日3時間。ちゃんと守るようにな」
「うん! きょーこそコボルドたおす! そうびつくる! ぼく、つよくなる!」
未来の勇者を目指す小さな男の子の声を最後に聞いてバス停で下車した俺は、帰路を急ぐ。今日から始業式までの1週間、俺にはたっぷりと攻略の時間がある。思わずこぼれそうになる笑みを、
(そう言えば「にゃむさん」って流行ってるのか……?)
トトリの愛猫と同じ名前を呼んでいた(ヤバそうな)女子生徒を思い出すことで打ち消す。どことなく、雰囲気と言うか、どんくささと言うかがトトリに似ていたような……。
「さすがに無いか」
ゲームで会ったプレイヤーが同じ学校、同い年。しかも、入学式で会う。宝くじを当てるよりも低そうな確率をはじき出そうとした思考に首を振って、俺は愛しのウタ姉とアンリアルが待つ自宅玄関の扉を
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