第2話 ゲームの中でも資本主義……

 アンリアルは、リリースから1年半経った現在。森と山と川、その合間にある5つの町と、王都『セントラル』が公開されている。いや、俺からすれば、その6つの町しか公開されていないということになる。3か月に1度のペースで新たな町が公開されているものの、あくまでも同じ『セントラル王国』の町だ。新しいメインストーリーの追加はあったものの、目新しさのようなものは無かった。


「だが、しかし!」


 ファーストの町を出た俺、小鳥遊たかなしこう、キャラクター名『斥候せっこう』は、森の中で叫ぶ。俺の隣には、白いワンピースに裸足という格好でトテトテ歩く、身長120㎝くらいのサポート妖精AI『フィー』が居る。


「……ん」


 そう言って突然叫び出した俺を見るフィーの視線が冷たいけど、気にしない。


 そう。だが、しかし、なのだ。この春、アンリアルはついに大型アップデートを迎えるという。具体的には新エリアの解放とストーリーイベントの追加が発表されている。当然新しい環境には新しいモンスターが居て、新しいダンジョンがあるわけで。地球上にはもうほとんど残っていない未開の地が、数えきれないほどの未知が、そこにはある。


 そして、このアンリアルというゲームは、ゲーム内通貨『Gゴールド』を現実の通貨『円』に変えることができる。これこそが、日本政府が開発に絡んでいるアンリアルというゲーム最大の売りであり、強みだ。


(マイナンバーとか、セキュリティとか。尋常じゃない苦労があったって、開発秘話で言ってたなぁ)


 その強みを生かして、アンリアル内でお金を稼ぐ人だっているくらいだ。高度に発達したAIによって職を失った人々の新たな受け皿として、アンリアルが役割を果たしているとか、どうとか。


 とにかく、ゲーム内の金銭のやり取りが現実に影響するとなると、ゲーム内にも資本主義の流れがやって来る。アンリアルの中にある、ありとあらゆる物事が価値を持ち、お金になるのだ。その中でも「情報」はとても重宝されていて……。


「新マップ。新情報の宝庫……。未知があると、そこには人々の求める情報がある。人が求めるものには、価値が付く。つまり……金になる!」


 そう、俺ことプレイヤー名『斥候せっこう』は、そうした情報を他人に売ることで、半年前まではお小遣いを稼いでいた。


(少しでも、ウタねぇに少しでも恩返しするために……)


 従姉いとこであり、義姉あねでもある3つ上の女性。高校生活のほとんどをアルバイトに捧げ、青春を棒に振ってまで、中坊だった俺を育ててくれた小鳥遊たかなしうたうへの恩返しがしたい。その一心で、俺はアルバイト禁止の中学校の校則の穴を縫って、家計を支えたのだった。


「月に大体5万円。まぁ、その額も、世間一般からしたら微々たるものなんだろうけど……」


 これからは俺も高校生。あくまでもイメージだけど、高校生って結構ヒマ……自由そうな印象がある。少なくとも、受験期の中学生よりは、時間の余裕があるだろう。つまり、新マップを自由に探索して情報を集め、他者に売ることができるってわけだ。


 けど、人々が求める情報を得るためには、誰よりも早く未開の地に突っ込み、情報を集める必要がある。当然、死ぬ可能性もあるわけで、そのリスクを抑えるためにはきちんとゲーム内での操作感を取り戻さないといけない。


「というわけで、やってきました、現行のラスダン!」

「ん!」


 俺とフィーが見上げるのは、こけむした柱がいくつも並ぶ、古びた神殿だ。本来はストーリーイベントでちらっと使用されるだけの神殿なんだけど、実は祭壇さいだんの裏に地下へ続く階段がある。その下が、ダンジョン……モンスターと罠、お宝がひしめく洞窟どうくつになっているのだ。


「道中のモンスターで肩慣らし。ラスボスで操作感を取り戻す。そんな感じでどう?」

「ん」


 俺が伝えた簡単な予定にフィーがうなずいたところで、俺たちは神殿へと足を踏み入れた。




 神殿の下にあるこのダンジョンの名前は『安息の地下』。元々は信者たちを埋葬する地下墓地になっていたが、魔王――メインストーリーのラスボス――の影響で、安置されていた遺体がアンデッド化したという設定を持っている。


 そのため、ミイラや動く骨スケルトンなどのモンスターが主な敵となる。推奨レベル30は、現在公開されているアンリアルのマップの中では最高の数値となる。なお、レベル30に到達しているプレイヤーは全体の1割ほど。俺、『斥候』のレベル38は、上位0.1パーセント以内だった。中2の夏から中3の夏までの1年間。放課後すべてをアンリアルに捧げた成果だろう。


(まぁそれも、半年前のデータだけど……。多分、今なら全体の1~2割くらいは俺のレベル帯に居るのかな?)


 推奨人数は6人~。全部で3階層。先に進むほどモンスターのレベルは高くなり、第3階層の敵や罠は、防具も無しに一撃貰えば死ぬレベルになってくる。そんな、ダンジョンに足を踏み入れた俺と、白銀の髪を持つ妖精AIのフィー。地下らしく、じめっとした空気が肌を撫で、どこかカビ臭い匂いが漂っていた。


(これ! この「ダンジョンに来た!」って言うのを五感で感じれるのが良いんだよな~)


 従来の画面の中だけのゲームでは絶対に味わえない臨場感。これこそが、フルダイブ型ゲームの醍醐味だいごみと言えると思う。


 光源が無ければ真っ暗で何も見えなくなるダンジョン。しかし、俺には〈暗視あんし〉と呼ばれるスキルがある。「暗い場所でも視界を確保できる」という能力で、斥候せっこう――仲間パーティより先行して罠や敵の情報を集める役割――としては欠かせないスキルだった。


 その〈暗視〉スキルのおかげで見つけたのは、目の前にある十字路の向こう側。ゆっくりとした足取りで近づいてくるスケルトン2体の姿だ。距離は、20mくらいだろうか。


「フィーはそこら辺で見てて。一応、後ろから敵が来たら教えて?」

「ん」


 近くの壁に寄りかかって、足をブラブラさせ始めるフィー。どうでも良いけどあの妖精さん、背中に立派な羽があるくせに飛んでいるところを見たことがない。ガチャで出会ってから1年以上の付き合いなんだけど。……まぁ、良いか。


 フィーから視線を切った俺はまず、背中に引っかけていた30㎝ほどの小さな弓を取り出す。基本的に攻撃力が低い弓は、遠くにいる相手の気を引く以外の使い方はしない。モンスターの集団の中から1体だけをつり出し、1対1で敵の行動パターンを引き出して情報を集める。そんな使い方をすることが多い。


(まぁでも、第1層に居るレベル15前後のスケルトンなら……〈狙い撃ち〉!)


 一定範囲内の敵に矢を必中させてくれる〈狙い撃ち〉のスキルを使用しながら、弓を射る。ゲーム以外では弓を使った経験もない俺が射った矢は、しかし。スキル使用時の特徴である緑色の光を空中に残しながら飛んで行き、10mほど先に居たスケルトンの1体の頭部に直撃した。


 敵との距離があるせいで表記されたダメージの数値は見えないけど、弓の攻撃力が20で〈狙い撃ち〉の攻撃力補正が1.5倍。スケルトンはレベル=防御力。だから、スケルトンのレベルを15と仮定すると防御力は15になる。レベルに関わらずHPは30。矢は弱点の頭部に当たったはずだから、ダメージも1.5倍。つまり、スケルトンに通ったダメージは多分(20×1.5-15)×1.5で23かな。


(弓の感覚は、まぁこんな感じか。一応、もう1回だけ)


 よろめいたところに、今度はスキルなしにもう1射。胸のあたりに矢が命中して後ろに派手に転んだスケルトンは淡い青色の燐光りんこうとなって消え去った。2回の射撃で死んだってことは、レベルは15よりちょっと低かったんだと思う。じゃないと、合計ダメージが30を下回るから。


(ドロップアイテムは……やっぱり無し。……次!)


 俺は、前方約5mの所までやって来ているもう1体のスケルトンに俺は目を向けた。

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