第3話 妖精さんは、スパルタです

 明かりのない、かび臭いダンジョン『安息の地下』。その狭い通路に現れた2体の動く骸骨がいこつのモンスター『スケルトン』。そのうちの1体を、弓を使って倒した俺は、迫りくるもう1体のスケルトンへと目を向けた。


 スケルトンとの距離は5mほど。弓の引き撃ち――敵の攻撃が当たらない距離を保って矢を一方的に射ること――でも倒せるけど、今回は操作感を取り戻すことが目的だ。


 よって、俺は手に持っていた弓を背中に引っかけた、腰にあった短剣を抜く。刃渡り50㎝の、両刃の直剣だ。名前は『ショートソード』。他の武器に比べて攻撃力が50と低い分、どんな場所でも取り回しがしやすく、何より安い。ついでに防具も、申し訳程度の防御力しかない『皮の鎧』だ。どれもデスペナルティの1つである「装備していたアイテムの喪失ロスト」対策だった。


(斥候役は命が軽いからなぁ……。攻略する時以外は、いつでも死ねる装備が基本っと)


 一方、相手のスケルトンが持つ武器は、刃渡り70㎝ほどの、先端が曲がった曲剣『シミター』だ。数十年以上前に死んだ死霊しりょうが持っているのに、どう見ても曲剣の切れ味は抜群。この辺りはゲームだなと思わざるを得ない。そして、スケルトンが所持している攻撃系のスキルは、真っ直ぐに剣を振るった時に攻撃力が乗算される〈斬りかかり〉のみ。そのスキルも……。


「クールタイムまで5秒ある。落ち着いて初撃を避ければ……」


 大きく振りかぶった後、曲剣を真下に振り下ろすスケルトン。俺は半年前の記憶をもとに、半歩だけ後ろに退くことでスケルトンが振るった曲剣の攻撃範囲から外れる。しかし、どうやら少しだけ目測が甘かったらしい。スケルトンの攻撃が、俺の胸元をかすめる。皮の鎧を易々と切り裂いた剣はさらに、俺の胸を軽く裂いた。


いっつ……」


 適切に再現された、現実とそん色ない痛みが俺を襲う。この痛みも触角の設定をオフにすることで無くすことができる。でも、それをしてしまうと、今度はダンジョン特有のじめっとした感じや手に汗握る感覚。それらフルダイブ型ゲームの良い点が消え去ってしまう。それはなんだかもったいない気がして、俺は触角をほぼ最大……現実とほとんど一緒のレベルまで引き上げていた。


(まぁ、その代償がこの痛みなんだけど。できれば、勉強代はこれだけにしたいな……)


 心の中で反省しつつ、それでも意識は常に戦闘へ。剣を振り下ろして隙だらけのスケルトンの頭部に、俺は手にしている直剣を振り下ろす。すると、敵の弱点を突いて大きくダメージが出たことを示す『Critical!』という字を虚空に残して、もう1体のスケルトンも消え去るのだった。


「ふぅ……、ちょっと危なかった」


 少しだけ切れてしまった胸を撫でながら、俺は額に書いていた冷や汗をぬぐう。


「ん?」


 剣を腰のさやにしまう俺の所に白銀の髪を揺らして駆けて来たのは、フィーだ。手早く傷を治す治癒のスキル〈回復Ⅰ〉で、胸の切り傷を治してくれる。治療を終えると、俺を青い瞳で見上げて「どうかしたの?」と目で聞いてきた。


「いや、ちょっとブランクの大きさを実感した。これはもうちょっとだけ、時間がかかるかも」


 俺がそう答えると、何かを考えるように下を向いたフィー。けどすぐに顔を上げて、マップ――前回、俺が来た時に〈マッピング〉というスキルで作ったデータ――を虚空に映し出す。そして、その一角にある小さな部屋を指さした。


 その部屋は『モンスターパレード』と呼ばれる罠が仕掛けてある部屋だ。中に入ったキャラクターを閉じ込め、その部屋の中に出現し続ける大量のモンスターを倒さなければ出られない。そんな、凶悪な罠の1つでもある。俺が調べた限りでは、同時に出現するモンスターが5体まで。計30体のモンスターを倒さなければ部屋からは出られなかったはずだ。


 例えモンスターパレードがあるのが第1層で、出現するモンスターのレベルが低いとは言っても、数が数なのだ。しかも通常は6人以上で挑むこのダンジョンに、とある事情で集団行動が苦手な俺はあえて1人で挑戦している。半年前……アンリアルに一番慣れ親しんでいた頃ですら、ギリギリだった。


「……フィーさん? まさかブランク明けの俺に、ここに行けと?」

「ん!」


 恐る恐る聞いた俺に、フィーは笑顔で頷く。その仕草こそ可愛いものの、言っている内容が「死ね」だということにこの妖精さんは気付いているのだろうか。


(いや、まぁ多分。数をこなして慣れろってことなんだろうけど……)


 それなら、わざわざ倒さなければ出られない部屋に入るリスクを負う必要はない。その辺のスケルトンを片っ端から倒していく方が安全だ。そう、安全なんだけど……。


「……ん?」


 行かないの? と。青い瞳で聞いてくるフィーの瞳に、俺の理性が負ける。……という言い方はズルいだろう。俺は密かに、望んでいたんだと思う。ギリギリの状態で、戦闘の感覚を取り戻すことを。何も本当に命を失うわけではない。ただ、少し手痛いデスペナルティを受けるだけだ。それに、何よりも。


 挑戦したい。


 そんな、自分の中にあるどうしようもない熱を感じながら、俺は背中を押してくれたフィーの頭を撫でる。


「ありがとう、フィー。……そうだな、行こうか!」

「ん!」


 途中、出会ったモンスターたちを相手にウォーミングアップしながら、俺たちは目的の小部屋に到着する。


「フィーはデータ化して待ってて。支援のスキルも、アレも要らないから」

「……ん」


 俺の言葉に、きりっとした顔で頷いて見せるフィー。頑張れと言ってくれていると勝手に解釈して、俺は地獄が待つ小部屋の扉を開く。同時に部屋の四隅にあるたいまつに火がともり、虚空からアンデッド達が現れる。


「ウタ姉と、期待してくれてるフィーのためにも……。いっちょ頑張りますか!」




 あの後、俺は30分をかけてモンスターパレードを攻略した。部屋を出たときには、自分でも引くくらい汗だく。息も絶え絶え。何なら最後の方、モンスターのゾンビよりもゾンビのような動きをしていた自信がある。多分、現実の俺のベッドも寝汗で凄いことになっているだろう。


 それでも、四方八方から迫りくるモンスターの攻撃をかいくぐっては反撃する。かつての戦闘スタイルを思い出すことはできた。手足を動かす感覚も、もう完ぺきに思い出せたと言っても良いと思う。これなら多分、このダンジョン安息の地下のラスボスくらいは倒せそう。


 ドロップアイテム2つを回収して小部屋を出ると、目の前にデータ化を解いたフィーが舞い降りる。そして30分という長いクールタイムが明けた〈回復Ⅰ〉のスキルで、再び俺の傷を直してくれた。……天使か? いや、妖精か。


「ん」

「うん、お疲れ、フィー。このままラスボスのスケルトンジェネラルまで行こうと思うんだけど、良い?」


 俺の確認に、フィーはコクリと小さく頷く。さすがにボス戦ではフィーの助力が必要になると思うから、彼女の機嫌を伺うのは大切だ。前に一度、フィーがなぜか不機嫌な時があった。理由を聞いても「ん」しか返ってこないため、不明。結局、その期間は一切の支援行動をしてくれずに死んだこともあった。


 俺の予想だと、内部値――目に見えない値――としてサポートAIにも好感度があって、それが関係していると思っている。


「頼りにしてるよ、フィー」

「……ん」


 無口で気分屋な妖精さんに本音を漏らしつつ、ラスボスが居るダンジョンの奥へ向かおうとした時。


「わぁ~~~!」


 安息の地下に、女性の悲鳴……悲鳴なのか? が響き渡った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る