第4話 悲鳴は無視していくスタイルで

「わぁ~~~!」


 現在アンリアルで公開されている最高難易度ダンジョン『安息の地下』に響き渡った、間の抜けた悲鳴。俺は何かのイベントのフラグかと、期待を込めてかたわらにいるサポート妖精AIフィーを見遣る。けど……。


「(ふるふる)」


 首を振って、イベントではないことを示すフィー。……まぁ、そうだよな。この安息の地下は、もう既に多くのプレイヤーによって探索され尽くしている。いまさら新しいイベントのフラグなど建つはずがない。


 しかも、このダンジョンでしかドロップしないようなアイテムも無くて、そもそもアイテムがドロップする確率も低い。だから、このダンジョンが発表されて1年が経った今。俺みたいなもの好きか、あるいは初めてこのダンジョンに挑む比較的新規のプレイヤーしか居なかった。


(言ってしまえば、オワコン……。終わったコンテンツなんだよな……)


 だから逆に、俺はこの人気にんき人気ひとけもないダンジョンで、のんびりと肩慣らししてたりするんだけど。


 まぁ、つまるところ、悲鳴を聞いて助けに行っても、そこにはトラブルしかないということ。しかもレベルの低いモンスターしか出現しない第1層で危機におちいるってことは、多分、レベルが低い初心者。聞こえる悲鳴も1人分。パーティメンバーが全滅したのでなければ、素材目当てに散歩でもしていて迷い込んでしまったんだろう。


「……って言うかそもそも、パーティメンバーじゃないとボス戦に乱入できないし、厄介ごとに巻き込まれるのも良くない。ちょっと心苦しいけど、放っておこうか」

「ん!」


 それが良いと元気よく頷いたフィーと共に、ラスボスが待つ下層へ続く階段がある方へと歩き出す。


「わっ、わっ……ちょ~~~!」


 再び響き渡る悲鳴。そのまま運良く逃げ切ってくれることを俺は祈る――。


「ちょ、まっ、ここにボスが居るなんて聞いてないよ~~~!」

「――よし、助けに行こう、フィー!」


 ボス。女性が発したその声で、俺は助けに行くことに決める。俺も、この第1階層にボスが出るなんて情報は聞いたことがない。女性がそこら辺のモンスターを強敵と勘違いして、比喩ひゆとして「ボス」と呼んでいる可能性もなくはない。けど、このアンリアルでは、強敵にはきちんと「Boss」という表記がされるだか、勘違いはし辛いし、言葉通りの「ボス」である可能性が高い。


(知らない情報がある。未知の情報がある。……お金がある!)


 俺は、悲鳴がする方へ向かおうとする。でも、服の裾を引っ張るフィーの存在に気付いて足を止めた。


「どうしたの?」

「んっ! んー……っ!」


 行く必要はない、行かないで。硬く目を閉じて、必死で俺を止めるフィー。サポートAIが止めるということは、恐らく、この先には今の俺では敵わないような強力なモンスターが居るんだろう。それでも俺の決意は揺るがない。情報お金のためだけじゃない。女性を助けたいから……というのもほんの少しだけあるにはあるけど、それ以上に。


 見たこともないボスを見てみたい。戦ってみたい。


 そんな、どうしようもないゲーマーとしての好奇心がうずいて仕方なかった。


「止めてくれてありがとう、フィー。でも、俺は行くよ」

「んん」


 フィーは、俺の装備を見ながら眉根を寄せる。そもそも今日は死ぬかもしれないことを想定していたため、いつも以上に軽装だ。アイテムも、必要最低限の物しか持ってきていない。AIとしては、装備とアイテムをそろえてから挑むべきだと言いたいんだろう。


「確かにその通りなんだけど……。理屈じゃないんだよなぁ、多分」

「……?」

「まぁフィーAIにも分かるような理論で行くと……。そうだな。もし準備をしに帰ったら、ボスが消えてるかもしれない。そうしたら、その出現条件を探さないといけない。違う?」


 しかも、この1年、誰も見つけられなかった、ボスの出現条件を。そう強調した俺に、フィーは「ん」と頷く。


「でもいま女の人の所に行けば、少なくともボスの出現場所くらいは分かるかもしれない。で、出現場所さえ分かれば、ボスの出現条件の手がかりもあるかも……みたいな理屈で、どうかな?」

「んんん……」


 俺の服の裾を掴むのをやめ、あごに手をやって考え込む仕草を見せるフィー。その間も、女性の悲鳴は聞こえてくる。単身で隠しボスと対面して、悲鳴を上げながらも今なお殺されていない。


(つまり、相当プレイヤースキルが高いんじゃ……?)


 ひょっとしたら俺と同じで、もの好きなやり込みゲーマーなのではないだろうか。そんなことを俺が考え始めた頃。


「……。……。ん」


 それはもう渋々と言った様子で、フィーが頷いてくれる。


 本音を言えば、わざわざプレイヤーがAIの了承を得る必要はない。けど、さすがにボス戦でフィーの強力な支援なしに挑めば死は確実。その点、きちんとこうして了承を得て置けば、彼女の協力を得られる。


「ありがと、フィー。それじゃあ改めて、行こうか」

「ん」


 白銀の髪と白のワンピースを揺らすフィーと一緒に悲鳴が聞こえた方へ走ること、少し。


「ストップ、フィー!」


 狭い廊下。暗がりの中に、真ん丸に太った目つきの悪い黒猫が現れた。すわ魔物か、とも思ったけど、黒猫の上には緑色の文字で『にゃむさん』という名前が見える。つまり、プレイヤー……は猫そのもののキャラクターは作れないから、サポートAIか、NPCかな。いずれにしても敵ではない。


『ナァゴ』


 俺たちを見つけてにごった声で鳴いた黒猫のにゃむさんは、短い手足でボテボテと歩く。そしてダンジョンの壁まで歩み寄ると、その下の方を爪で引っ掻き始めた。


「そこに何かある?」


 しゃがみこんで、にゃむさんが示している場所を見てみるけど、何もない。それでも必死に、にゃむさんは爪で壁を引っ搔いて見せる。と、その時、にゃむさんが引っ掻いていた壁の向こう側から、女性の悲鳴が聞こえた。


(この壁の向こうに空間がある……?)


 とりあえず、にゃむさんの重い身体をどけさせてもらって、改めて壁に目を凝らしてみれば、


「……あっ」


 壁に、明らかに人工的に開けられただろう小さな穴が開いていた。直径は5㎜くらい。深さのほどは分からないけど……。ぱっと見はまるで、ゲームのリセットボタンみたいに見えなくもない。


(もしかして……?)


 そう思った俺は、フィーを呼び寄せる。いよいよこのサポート妖精さんに真価を発揮してもらう時が来た。


「フィー。えっと、この穴に入れるくらいの棒になってくれない?」

「んー……」


 俺が示した穴をしげしげと観察したフィーだったけど、やがてコクリと頷いてその場で踊るように一回転する。と、フィーの身体が光の粒子になって消え去った。その代わりに現れたのは、長さ10㎝、直径5㎜くらいの真っ白で美しい針だ。


 これこそ、サポート妖精AI『フィー』が固有で持つスキル〈変身〉。大きさの制限はあるけど、ゲーム内に存在するあらゆる無機物に変身することができる。“情報”と“戦闘”。主にその2つで圧倒的にチートな力を見せてくれるんだけど、今はとりあえず……。


「ありがと。それじゃあ……」


 俺はフィーが変身した棒を空中で優しく受け止め、穴に突っ込む。すると案の定、奥の方でカチッと乾いた音がした。すぐさま棒を引き抜いて、身構える。


 警戒しながら俺が見つめる先、壁だった場所が音を立てて下にずり下がって行く。やがて現れたのは……。


「道……? ううん、違う――」


 俺が……。いや、多分、俺だけじゃない。


 アンリアルのプレイヤー誰もが調べ尽くしたと思っていたこのオワコンダンジョンに。


「――階段だ」


 未知へと続く階段が出現したのだった。

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