第2話 天才軍師 しれっと呼ばれる
高校2年の3学期、急に引越しが決まった。父親の仕事の都合だ。祖父母はこちらに残るので、学校が変わるのが嫌なら1年間祖父母と住んでも良いと父親に言われた。
僕は迷わず、両親について行く道を選んだ。
学校に仲のいい奴なんていない。祖父母と暮らすなんてごめんだ。
けど、心残りがある。
「来週引越しかあ。寂しくなるわね。けど今は簡単に連絡取れるしね。どうせあんまり会えてなかったし、またいつもみたいに電話しましょ」
「そうだね。ねぇ、なんで最後にここに来たかったの? めっちゃ寒いんだけど」
「大事な親友との思い出に浸ろうと思って」
「ここになんか深い思い出ある?! 課外授業で1回来ただけだよね? あの官兵衛マニアの先生の提案でさ! あの時は貸切バスだったから良かったけど、バス乗り継いで来ると地味に遠いじゃん!」
「いいじゃない。高校生なんだから休日に遊び歩いたって。懐かしいわー! あいつらがちょっかい出してこなかったからゆっくりできたわよね。あの日、先生にくっついてて正解だったわ。バスの中もずーっと先生と官兵衛トークしてたもんね」
「光子が上手く話を振ってたからね。僕はほとんど覚えてないんだけど」
「もー! 地元の偉人くらい覚えておいてよ」
「だって歴史苦手なんだもん。官兵衛がすごいのは知ってるけどさー。何した人だっけ? 軍師?」
「そ、豊臣秀吉に仕えた軍師よ。そういえばさ、あの時あいつら悪巧みしてたのよ。突き落とせなくて残念って笑ってるの聞いちゃった」
「光子を? 僕を?」
「多分私じゃないかな」
「うわっ。あいつら、性格悪っ」
「虐めをするような奴ら、性格が良いわけないじゃない。善悪の判断がついてない子どもならまだしも、中学生よ。あいつらはずーっと、性格悪い奴らに囲まれて生きるんじゃないかしら。周りも性格悪いのばっかり、きっと一生幸せになれないわ。男に騙されたり、女の子に貢いですっからかんになっちゃうかも」
「うわぁ……光子が言うとなんかリアリティあって怖い。僕はもう引っ越すし、あいつらとは会わないだろうけど……光子は会っても知らん顔しなよ」
「分かってるわ。うちの神社に初詣に来た時は無視してやったもの。あっちも気が付いてなかったけどね。絵馬どこ? って聞かれたわ。仕事だから対応したけど、完全に私の事忘れてたわよ。気が付いてたらもっとニヤニヤするはずだもの。ほんっとムカつく。虐めた奴の顔なんて忘れちゃうのよ。私達は一生忘れないのに」
「相変わらず最低な奴らだな。まぁ光子は高校生になってから急に大人びたもんね。気が付かないのも分かるかも。そんな奴ら気にしないで勉強頑張って。あいつらじゃ絶対入れない学校に入ってやれば良いよ」
「そうね。志望校そっちの大学にしようかしら。そしたら宗太郎に会えるし」
「僕が県外の学校に行くかもしれないじゃん。就職するかも」
「就職しろって言われてるの?」
「いや、親にはできたら大学に行けって言われてる。学費も出すってさ」
「なら行ったほうが良いわ。大卒と高卒じゃ、生涯年収が大違いだもの。何かやりたい事があるなら専門学校って手もあるし、早めに就職した方が良い場合もあるけどね。宗太郎にはやりたい事なんてないんでしょ?」
「痛いとこつくなぁ。その通りだよ」
「なら大学に行った方が良いわよ。あーあ、宗太郎が羨ましいわ。親が大学勧めてくれるなんて。私は奨学金確定よ。頑張って返済不要の奨学金や特待生も狙ってみるけどね」
「光子の家は相変わらず進学反対されてんの?」
「ええ、だから今回もこっそり受験するの。うちはみーんな見栄っ張りだから、私が良い大学に受かったって周りから褒められたら認めてくれる。おじいちゃんの友達を味方に付けたわ。うちより大きな神社の神主さんで、受かったら仲間内に広げてくれるって。おじいちゃんは横暴だって怒ってたわ。受かった後、どんな顔するか楽しみ」
「相変わらず策士だな。そのやり方で高校も進学校に行ってんだからすげぇよ」
「親を騙して、合格してからバラす。そうしないとおじいちゃんやお父さんが決めたレールに乗るしかないもの」
「そっか」
中学校で席が隣になり仲良くなった前田光子の家は神社。彼女は家を継ぐから高校なんて行かなくて良いと親から言われていたらしい。光子の家は結構お金持ちなんだけど、進学しないから三者面談に行く必要はないって言い切って誰も来てくれなかったんだよ。特別な理由があって三者面談に来ない保護者はいたけど、必要ないってとんでもない理由じゃない?
表向きは、神社の仕事がどうしても抜けられないって先生に伝えたみたい。けど、やっぱりバレちゃうんだよね。光子が高校に行かないと知ったいじめっ子達の勝ち誇った顔は一生忘れない。合法ならビンタくらいしてやったのに。
頭いいのに高校行かないって実は馬鹿なんじゃね? って言われて虐めが酷くなったんだよね。思い出しても腹が立つ。
光子が進学したいと頼んでも、家族は一切話を聞いてくれなかったそうだ。
お金はあるのに進学費用を出さない親ってどうなの。家が神社とかお寺でも普通に進学してる子の方が多いのに……正直、光子の家はなんだかおかしい。
でも光子は諦めなかった。先生を巻き込んで、親に内緒で高校受験したのだ。かかった費用は全て今まで貯めてきたお年玉から捻出した。
お年玉はゲーセンで使い切ったと言っていたのにどういう事だと家族がキレていたと、ゲラゲラ笑いながら報告してくれた。
光子が受かった高校は県トップの進学校。合格を近所中に触れ周り、家族が知ったのは近所の人が祝いを持って来てくれた時だったらしい。
世間体がなにより大事な光子の家族は、笑って祝いを受け取った。頑固なおじいさんやお父さんも、彼女の進学を認めるしかなかった。
後でものすごく怒られたけど、進学をやめさせたってご近所に知られたら信用を失うわよ。学校の費用を出さないってのも無しよ。そんな事したら、笑い者になってうちの神社に来る人いなくなっちゃうよと脅したそうだ。
僕だったら諦めてたと思う。親の言う通り家を継いでおしまい。本当に光子はすごい。
進学校で忙しいのにきっちり神社の仕事もやって、こっそりバイトをして進学費用を貯めている。奨学金の申込もするらしい。親の収入が高いから利子付きしか借りられそうにないってぼやいてた。
3年生後半に自由登校になったら神社の修行をすると家族を騙して東京に行き、東京の有名な大学を受けるらしい。光子が協力を依頼したのはおじいさんの友達で、大きな神社の神主さん。神社の修行をするってのは嘘じゃない。けど、空いた時間にめちゃくちゃ受験勉強してるそうだ。1年生の時から長期休みのたびに訪れて、おじいさんの友達を丸め込んで、受験の準備を進めている。学校にもきっちり相談したんだって。親に内緒にしてもらえるように頼んであるそうだ。
親に黙って受験なんて無理に決まってるのに……光子はありとあらゆる手段を使って大学に行こうとしている。
受験がバレないように参考書は家に置いてない。家で勉強する時はスマホの電子書籍。親は高校に行けて満足したからスマホで遊んでばかりだなと笑ったり、女が進学校なんて無駄だとけなしたり、退学は近所に示しがつかないが勉強なんて適当で良いとやる気を削ぐような事を言ったりする。僕も何度か光子のご両親やおじいさんに会ったけど、何時代の人? って思ったよ。うちのじいちゃんもだいぶ保守的だけど、そんなの比じゃないくらいキッツい家族だなって思った。おばあさんはもう亡くなっていて、お母さんはほとんど発言権がなくてこき使われていて可哀想。三者面談も、お母さんは行こうとしたらしいんだけどおじいさんとお父さんに止められたらしい。
僕は光子のおじいさんに、ひょろっとしていて男らしくないって馬鹿にされた。確かに僕の身長はそんなに高くない。けど、赤の他人に見下される理由はない。
光子の婿ならもっとでかい男じゃないといけん。だってさ。僕は光子の彼氏じゃないんだけど。結婚する予定なんてないよ。
後ですっごい光子に謝られたけど、正直ムカついた。
僕と光子は、親友だ。それはきっと、一生変わらないと思う。僕らは中学校で虐められてた。光子は頭が抜群に良かったから誰かが嫉妬して虐め始めた。僕も光子をハブろうって言われたけど、下らないと思って断った。
そしたら、2人とも虐められるようになった。靴を隠されたり、教科書やノートに落書きをされたり。体育で誰も組んでくれないとかもあったな。男女別でやるから、体育はキツかった。
虐めは陰湿で、上手く大人にばれないようにやられた。小さな中学校だったからクラス替えもなくて、きつかった。先生に虐められてるとは言えなかった。家族はもちろん無理。光子の家は虐められたなんて恥だって言うような人達だし、僕の家も色々あってそんな事を言える状態じゃなかったんだよね。
光子と僕は、2人で支え合いながら息苦しい中学校生活を送った。光子がいなかったら、学校に行けなかったと思う。それはきっと、光子も同じだ。
僕は適当に勉強してたけど、光子が勉強を教えてくれたおかげでそこそこ良い学校に入れた。虐めてた奴らより良い学校に行けたのは気分が良かった。本当は光子と同じ学校に入りたかったけど、ハイレベルの進学校に入るのは無理だったんだ。
光子はバイトや家の手伝いが忙しく、高校生になってもあまり友達がいない。休み時間は必死で勉強しているそうだ。
光子も僕も、高校では虐められてない。けど、人と深く関わるのはしんどいから休み時間は適当にやり過ごしている。光子みたいに勉強すれば良いんだけど面倒で、いつもスマホで漫画を読んでる。
僕が本音で話せる友達は光子だけだ。
うるさいじいちゃんや嘘ばっかり吐くばあちゃんと離れられるのは嬉しいし、近所は僕を虐めた奴らが多いから引越しは大歓迎。けど、光子と離れるのは寂しい。
やだなと思いながら、思い出の場所をぶらぶら歩いていると珍しく光子が大声を上げた。
「……ねぇ、この石なんかおかしくない?」
「光ってる? え、なにこれ」
光子が持って来た白い石は、親指くらいの大きさのツルツルした石だった。ぼんやりと光っている。
光る石なんて見た事ないよ。
「宗太郎、これ持って行って」
「え、やだよなんか気持ち悪いし!」
「大丈夫だから。これ、大人に見せたら取り上げられちゃう。私が大学に入ったら研究したいの。でも、家に置いておけないじゃん」
「まぁ、光子の家はそうだよね」
「そうよ! 毎日持ち物チェックされるんだから! 宗太郎の家はそんなことないでしょ?」
「確かに、そうだけどさ……」
「あと1年! 私、絶対合格するから! 大学入ったら石を取りに来るからお願い!」
「分かった。この光って誤魔化せるかな」
「なんかに包んでみようよ! あ、この風呂敷あげるから!」
「でかすぎでしょ……」
「いいじゃん。いけるって!」
このときは、単に珍しい石を預かったと思っていた。けど、光子は僕の想像以上にすごい子だったんだ。光子の家族が彼女に家を継がせようとするのも、すごい神社の神主さんが光子の大学進学を後押ししてくれるのも、彼女に特別な力があったからだった。
光子は死者を呼び寄せる力があった。
亡くなった人に所縁がある場所で、死者を呼び寄せられる。物に憑りつかせることも出来る。僕らが最後に会った場所は、馬が岳城跡。黒田官兵衛が拠点にしていた城だ。そんなに長い期間じゃなかったはず。それくらいの所縁しかないのに、黒田官兵衛を呼び出す光子は凄い。
でもできれば、説明しておいてほしかった。
こうして僕は何も知らないまま、黒田官兵衛が憑りついた光る石を持って金沢へ引っ越した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます