第8話 高校生 反省する
散歩に出たものの、まだ引っ越して2ヶ月しか経っていない。知ってる場所は限られる。
気がつけば、いつも奏太と会う広場にたどり着いていた。奏太は日曜だけここに来る。
「……今日はいないよね」
そう思っていたのに、いつものベンチに座ってすぐに奏太がトランペットを持って現れた。
「宗太郎? 平日に珍しいな」
「奏太も珍しいじゃん。日曜日だけここで練習するんじゃなかったの?」
「宗太郎が入部してくれたから、頑張らないといけないと思って」
「そっか。さすがだな」
頑張ってるよな。光子はどうして……。
「なぁ、宗太郎」
「ん?」
「なんかあったろ」
「……いや、なんにも」
「嘘つけ。めちゃめちゃ落ち込んでんじゃん。俺達、親友じゃなかったのか?」
ついこの間、僕が奏太に言った言葉をかけられる。
「それ言われちゃうと、言うしかないよな」
「おう。なんかあったんだろ?」
「うん。その話をする前に、僕の中学校時代の話をしても良い? 長くなるよ?」
「いいぜ、ゆっくり聞かせてくれよ」
相変わらず、奏太は優しい。なんで僕は、また虐められるかもしれないなんて思ったんだろう。奏太とあいつらが、同じなわけないのに。
虐められてた過去は、誰にも言うつもりはなかった。けど、奏太なら言っても良いのかもしれない。
「あのさ、僕……中学校で虐められてたんだ」
「そう……だったのか。ごめん、言いにくい事を聞いて……」
「ううん。良いんだ。これを話さないと、説明できないからさ。虐められたのは中学3年の時。隣の席に前田光子って凄く頭の良い子がいてさ、受験が目の前に迫ってきてみんなピリピリしちゃって。頭の良い光子は嫉妬されたんだ。少しずつクラスの様子がおかしくなった。そんな時、三者面談があったんだ。みんな親が来たのに、光子の家は誰も来なかったんだよ。きっかけはそれかな。高校行かないんだろって光子をからかったり、無視する子が増えた。僕は気にしないで喋ってたんだけど、ある日いじめっ子に言われたんだ。明日から前田光子を無視しろって」
「……ひでぇな」
「うん。僕もそう思う。だから断ったんだよ」
「どうやって断ったんだ?」
「光子とは友達だから、無視なんてできないって言っただけ。そしたら次の日から、僕らはクラス中で無視されるようになった」
「そうだったのか。辛かったな」
「……うん、辛かった。同じクラスの友達は光子だけでさ、親にも先生にも言えなくて。大好きだった部活もやめた。僕さ、中学校では吹奏楽部だったんだよ」
「それで、あんなに上手かったのか。言わなかったのはなんか理由があるんだろ?」
「吹奏楽部、楽しかったんだよ。けどさ、虐められてから……急に……みんな冷たくなってさ……耐えられなくて……だんだん心が荒んできてさ……ちょっとしたことだったと思うんだけど、ムカついてじいちゃんに逆らったんだ。今までじいちゃんに逆らった事なくてさ、めっちゃキレたんだ。で、母さんが殴られそうになったから止めようとして僕とじいちゃんは階段から落ちたんだ。じいちゃんは入院。僕は骨折。だから怪我を理由に部活を辞めた」
「すまん、色々聞きたいこともあるんだが……なんで宗太郎の母さんが殴られそうになるんだ?」
「うちのじいちゃん、男尊女卑の塊みたいな人でさ、年功序列もこじらせてんの。僕がじいちゃんに口ごたえしたのは、母さんの教育が悪いって思考になったみたい。意味わかんないよね」
「宗太郎の家族を悪く言いたくはないが、じいちゃん最低だな」
「……うん、最低だよ。母さんずっとじいちゃんにこき使われて、元気なかった。僕はじいちゃんの機嫌を損ねたくなくて、逆らわないようにしてたんだ。だから、いきなり僕が口ごたえしてムカついたみたい。父さんが海外勤務で帰ってこれなくて、あんなクソジジイと同居させられて、母さん相当キツかったと思う。いつもこっそり泣いてた」
「そっか」
「僕が怪我したら、母さん物凄く怒ってさ。こんな事になるなら我慢しなきゃ良かったって。それで、父さんに連絡してくれたんだ。今まで母さん、じいちゃんの事を隠してたんだよ。なかなか連絡がつかなかったんだけど、ようやく連絡取れてさ。父さんもめちゃくちゃ怒ってダッシュで仕事を片付けて帰って来てくれた。父さんが帰って来てすぐ引っ越したんだ。じいちゃん達と住むか、一人暮らしでも良いって言われたけど地元はいい思い出なくて。うち、ばあちゃんも結構キツくて。嘘ばっかりつくんだよ。いつの間にか僕と母さんは近所でじいちゃんを乱暴した親子になってたんだよ。ホント、信じられないよ。母さんよく我慢したと思うよ。まぁでも、最後に近所中に真実をバラしてやったんだけどね」
「どうやったんだ?」
「じいちゃんがお母さんを罵ってる音声とか、ばあちゃんが近所の悪口を言ってるのとかを録音して、公民館の放送機材使って地域に流した。中学校で、スマホ手に入れてから、こっそり撮り貯めてたんだよね」
「マジで?! やるじゃん」
「じいちゃんがキレて公民館に走ってくとこが車から見えたよ。音声を聞いた父さんもめちゃくちゃ怒って、親子の縁を切るって。スッキリはしたけど、やっぱりすっごく辛かった。家は大嫌いで、いじめられてても学校の方がマシだった。じいちゃんみたいに怒鳴ったり殴ったりされたわけじゃないし、学校では光子が親友だって笑ってくれるからさ。光子は落書きされた教科書のコピーを取ってたり、ノートを二冊書いて学校の空き教室に隠してたりするんだよ。たくましいよね。いじめられても涼しい顔で過ごしてるから……だんだん僕も平気になって……なんとか中学校を卒業できたんだ」
「そっか。光子さんがいたから、宗太郎は頑張れたんだな」
「うん。こっちに来てからも、光子とは定期的に電話してたんだ。けど、今日……喧嘩しちゃって」
「なんで喧嘩したんだ?」
「僕が吹奏楽部に入ったって言ったら急に怒っちゃって。奏太が僕を利用してるって言ったんだ。違うって言っても聞いてくれなくて、腹が立って大声で怒鳴っちゃって。僕さ、奏太が友達になってくれて、親友だって言ってくれて嬉しかったんだ。奏太の役に立ちたくて部活に入った。全部、僕の意思だよ。奏太はなにも悪くないのに、光子は……」
「俺が宗太郎と仲良くなったのは、いずれ部に誘うつもりだったからとか言われたか?」
「うん……奏太はあの日から一度も部活の話をしなかったのに……」
「俺は宗太郎に甘えたくなかったんだ。なかなか部員が集まらなくて悩んでたけど、そんな話したら宗太郎は吹奏楽部に入ろうかなって悩むだろ?」
「……なんで、分かるんだよ」
「付き合い短いけどさ、宗太郎は優しいから」
「優しく、ないよ」
「いや、宗太郎は優しい良い奴だよ! 俺さ、結構しつこかったじゃん? あんだけしつこかったらキレられて当然なのに、宗太郎は怒らなかっただろ」
「怒り方を知らないだけだよ」
「やっぱり俺、しつこかったよな?」
「まあね。でも気にしてないから良いよ」
「ほら! やっぱり良い奴じゃん! 大我に言われたよ。お前アレはしつこすぎ。宗太郎が優しくて良かったなって」
奏太がクラスメイトの名前を呼ぶと、何故か胸がチクリと傷んだ。なんだろう、この気持ち。
「あとさー……美恵子にも翔にも言われた」
奏太がどんどん友達の名前を出していく。そのたびに胸がチクリと痛む。
ようやく、光子の様子がおかしかった理由が分かった。
「……そっか……光子は……寂しかったんだ」
「宗太郎、どうした?」
「ごめん、僕らは友達が少なくてさ。だから奏太が他の友達の話をするとなんだか寂しくなっちゃうみたい」
「マジか! そんなつもりなかったのに! ごめん!」
「ううん。奏太にとっての普通と、僕にとっての普通は違うんだから当たり前だよ」
「……宗太郎ってさ、たまにすげぇ達観してるよな」
「多分、光子の影響だと思う。光子は凄く頭が良くて、考えも大人びてるから。あの日、あいつらの言う通り光子を無視してたら光子と仲良くなれなかった。いじめられたけど、後悔はないんだ」
「やっぱり宗太郎は優しいし、強いな」
「なんでさ。すぐ嫉妬するちっちゃい人間だよ。友達少ないからさ、どうして良いか分かんなくて。奏太と光子を傷つけちゃった」
「俺はなんも傷ついてないぜ」
「この間、バカって言った」
「そんなもん、気にしてねぇよ」
「ありがとう。でもきっと、光子は傷ついてる」
「なら、さっさと謝れよ。俺に謝ったみたいにさ」
「……怖いんだ。光子に嫌われたらどうしよう。喧嘩なんて、した事ないんだよ。どうやって謝れば良いか、分かんない」
「大丈夫だって! さっさと謝らないと、もっと謝りにくくなるぜ! 距離が遠いんだから余計だ! 今すぐ電話しろよ! いいか、俺の名前出すんじゃねぇぞ。さっきの話を聞く限り、俺の名前を出すのは光子さんを傷つけるかもしれねぇ」
「う、うん!」
僕は急いで光子に電話した。だけど出てくれなかった。
30分くらいしたら、光子からメッセージが来た。電話は無理と書かれていた。メッセージでさっきはごめんと謝ると、気にしないでとスタンプが届いた。
「ねぇ、これって怒ってるの? 怒ってないの? どっち?」
「分かんねえよ」
「奏太、友達多いじゃん! こんなのよくあるでしょ!」
「ねぇよ!」
「どうしよう……」
「もっかい電話するか?」
「光子の家、神社なんだ。もしかしたら仕事してるかも。だから電話するのはいつも決まった日と時間で……あ、あああ……! しまった! 今は電話しちゃ駄目な時間だったのかも! 僕が電話したせいでクソジジイに怒られてたらどうしよう!」
「なんか、複雑な家庭環境っぽいな」
「そうなんだよ。光子の家はさ」
「ストップ」
「え?」
「光子さんは宗太郎を信用して言いにくい家庭の事情を話したのかもしれないだろ。赤の他人の俺が彼女の許可を得ずに聞くべきじゃない。いくら宗太郎が俺を信用してくれていても、光子さんは違うんだから」
「そっか……そうだよね……」
「いつも電話する時間が決まってるならそれまで待ってみろよ。メッセージは良いんだろ? いつも通りメッセージしてみたら良いんじゃね」
奏太に言われて、メッセージアプリを見直すと光子とのメッセージのやりとりがだんだん少なくなっていると気が付いた。
「奏太、僕……最低なことしちゃったかも」
「どうした?」
「こっちに来て、楽しくて……幸せでさ。光子との連絡が少なくなってた。前は高校が違っても、半年会えなくても毎日メッセージを送ってたのに……最近はメッセージを送ってない日が多い。光子は自分からメッセージを送ってこないんだ。だからいつも僕から送ってて……何度かやりとりしたら……光子から悩みを相談されたりしてた。僕が聞かないと、光子は自分から助けてって言えないのに……」
「連絡が少なくなるなんて、環境が変わればよくあるだろ。宗太郎は悪くない。悪いと思うのは光子さんに失礼だ」
「なんで?」
「友達って対等だろ。宗太郎が光子さんを気遣うのは良いけど、宗太郎にだって都合があると思うんだよ。話を聞いて欲しいのなら、自分からメッセージを送ればいい。そんなもんで切れちまう関係ならそれまでって事だ。宗太郎の気遣いを当たり前だと思うのは違う気がしちまうんだよ。毎回同じ時間に連絡するなんて結構負担じゃね? 都合いいときに連絡する方がお互い楽だと思うんだけど。俺にはそうじゃん。日曜に良くここで会うけど、俺は毎週いるわけじゃない。宗太郎だって毎週来るわけじゃない。友達ってさ、そんな気を遣わなきゃいけないもんか?」
「……」
「わりぃ! 偉そうなこと言って! なんか、宗太郎が苦しそうに見えたもんでつい……すまん!」
「ううん。確かにそうだなって。僕、知らず知らずのうちに光子に気を遣ってたのかも」
「気を遣うのは、悪いわけじゃないけどな。負担に感じたらお互いしんどくなるぜ」
「だよね。とりあえず、ちゃんと光子にメッセージを送ってみるよ。光子は分かんないけど……僕はこれからも光子と友達でいたいから」
「おう。そうしろ。さて、結構遅くなっちまったな。そろそろ帰ろうぜ。帰る前に一曲吹いていっていいか?」
奏太のトランペットを聴きながら、夜空を眺めると落ち込んでいた気持ちが少しだけ浮上した。奏太にお礼を言って別れ、光子にメッセージを送った。
返事は来なかった。
気になって眠れなくて奏太に相談しようと思ったのに、奏太は学校に来なかった。
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