第7話 高校生 怒鳴る
「遅くなってごめん。元気?」
光子と電話するのは、毎週決まった曜日と時間。今日は部活の練習が長引いて、いつもより5分遅くなってしまった。
僕のスマホは通話かけ放題だから、いつも僕から光子に電話をする。光子はスマホを家族に監視されるから電話が終わったらすぐ履歴を消してる。
光子から僕に掛けると通話料でバレちゃうんだよね。
メッセージのやりとりも、メジャーなアプリじゃなくてあまり知られてないアプリを使っている。光子はアプリが探しにくいように隠していて、アプリの起動にパスワードがかかるようにしている。
僕が男だから、光子と連絡を取ると光子が責められる。僕らは恋人じゃないのに。ただ、友達と話したいだけなのに。
結婚しない男と話したら汚れるんだってさ。
下らない。気持ち悪い、腹が立つ。
じいちゃんもそういうところがあった。母さんを馬鹿にしてて、僕には男らしくしろといつも言う。
だからさ、何時代だよって!
今のところ、僕らの交流は光子の家族にバレてない。必死で隠してる光子の苦労を思うと腹が立って仕方ない。
僕はスマホをスピーカーにして、着替えをしながら光子と電話を続ける。帰ってきたばかりでお腹が空いてるんだけど、約束は守らないと。
母さんがおにぎりをくれたから、とりあえずこれでお腹を満たそう。
「良いよ。私は元気。宗太郎は?」
「僕も元気だよ。そっちはどう? 相変わらず?」
「うーん……まあそんな感じ。宗太郎は忙しいの? なんか食べてるよね?」
「ごめんね慌ただしくて。今帰って来たばかりなんだよ」
「友達と遊んでたとか?」
「ううん。部活。僕さ、吹奏楽部に入ったんだ」
「なんでよ! 入らなくて良いんじゃなかったの?」
「そうなんだけど、1年生が辞めちゃって困ってるんだって。僕は元々ピアノとドラムやってたしさ。ほら……経験もあるし。何回か練習に加わってみたけど、いけそうなんだ。だから頑張ろうかなって」
「意味わかんない!」
光子が叫ぶ。
「光子?」
「結局、宗太郎を利用しようとしただけじゃない! 親友だなんだって馬鹿にして!」
「待って、吹奏楽部に入るって決めたのは僕だよ。奏太はなにも言わなかった。悩んでるみたいだったから僕が無理矢理聞き出したんだよ! そしたら部員が辞めて困ってるって言うから……」
「そんなの嘘でしょ。宗太郎に近づいたのも利用しようとしただけよ。親友だとか言って……嘘よ。嘘。最初から宗太郎を利用するつもりだったのよ! 木下奏太君って最低ね。あいつらと一緒! いいえ、あいつらより酷いわ!」
光子があいつらと呼ぶのは……あのいじめっ子達だけ。その瞬間、僕の頭に血が上った。
光子の性格は知っていた筈なのに。
理由なく人を貶める子じゃないと、分かっていた筈なのに。
光子は、大切な親友なのに。
この時の僕は、冷静じゃなかった。奏太がどんな気持ちで僕に話をしてくれたのか、みんながどれだけ頑張ってるのか。その事ばかり考えてしまった。
冷静に話せば光子なら分かってくれたのに。
そんなの全部無視して、乱暴な言葉で光子を否定した。
「なに言うちょるんや! あいつらと奏太を一緒にすんな!」
じいちゃんのような大声は、一番嫌いだったのに。
いつも冷静でいようと思ってたのに。
乱暴に吐き出した言葉は戻せない。
電話の向こうで、光子の怯えた声がした。このままじゃまずい。これ以上光子を傷つけたくない。
「ごめん。今日はもう電話を切るね。また今度かける」
か細い声で伝えると、返事を待たず一方的に電話を切断した。
電話を切ると、急激に頭が冷えた。
僕は今、なにを言おうとした?
光子に嫌いだと言いそうになってなかったか?
「……やばい……あげな大声だすつもりなかったとに……」
冷静さを失うと、自分の素が出る。
ほとんど使わなくなっていた方言が出たのはそのせいか。
僕は、じいちゃんみたいにはならないって思ってたのに……僕もじいちゃんと一緒なのか。
大声に驚いた母さんが部屋をノックした。
「宗太郎、どげんしたん?」
「なんもない。ちょっと友達と喧嘩してん。外で頭冷やしてくる。ご飯は温めて自分で食べるから置いちょって。洗い物も僕がするき、母さんはゆっくり休んじょって」
部屋を出て行く僕に、母さんが心配そうに声をかけてくれた。
「大丈夫なん?」
「大丈夫。スマホも持って行くし、遅くはならんき」
このままだと、家族に当たってしまいそうになる。
僕はスマホだけ持って、上着を羽織って家を出て行った。
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