戦国ブラスバンド!

編端みどり

第1話 天才軍師 高校生に取り憑く

「世は平和になったものじゃのう」


僕の周りではしゃいでいる頭巾を被った怪しいおっさんの名前は黒田孝高。通称、黒田官兵衛。天下を取った秀吉に仕えた、天才軍師だ。


とっくに死んでるはずの官兵衛は、令和の世でなぜか僕に取り憑いている。


「今日は朝練とやらはないのであろう? ワシは昼の練習までその辺を散策してくるぞい。今日は、あの立派な庭園にしよう」


自由か!

このおっさん、多分幽霊なんだけど……自由過ぎる。僕に取り憑いた官兵衛は、ある程度離れても一瞬で戻って来られるみたいであちこち散策してる。


距離を実験したら、県内くらいは余裕でカバーできた。あんまり離れて消えると困るから遠くに行かないように頼んである。


この間は、有名な美術館に行ったらしい。めっちゃ感動したらしく、長々と語ってくれた。美術に興味ないから良いけど、映画館に乗り込んで新作映画のネタバレをしようとした時は全力で止めた。ネタバレ良くない。


日本三大庭園のひとつに飛んで行ったおっさんが僕に取り憑いて1週間。引っ越して2ヶ月の僕より官兵衛は金沢に詳しい。休みの日に美味しそうなカフェを見つけたから行きたいとか言われた。


お金払うの僕なんだけど。


小遣い、そんなにないんだけど。


そう言ったらネットに入って金稼いできやがった。天才軍師、なんでもありかよ。チートかよ!


僕の電子マネーの残高が異様に増えてビビった。あまり稼ぐと親の扶養から外れて税金がかかるからやめておいたとか言ってた。詳しいな! そんなの知らなかったよ! ってかこれ僕の収入になんの? 大丈夫なの?

めちゃくちゃ焦って調べたけど大丈夫っぽい。官兵衛を問い詰めたけど、合法的に稼いだお金だから問題ないみたい。多分、きっと、メイビー。


詳しいことは分からないし、大丈夫って事にしておく。一応さりげなく親に聞いたら官兵衛が稼いだ金額なら税金は問題なかった。問題無いと言っただろうと官兵衛は得意気にしてたけど、ビビるからやめて欲しい。なんで昔の人がそんなに現代の仕組みに詳しいんだと問い詰めたらネットは便利だって言ってた。幽霊がネットサーフィンってやばくね?


官兵衛はスマホに入ってネットの海を航海し、様々な知識を得たらしい。


幽霊×天才軍師は危険すぎる。


僕は官兵衛に勝手に金稼ぎをしないように延々と言い含め、約束のカフェに連れて行ってやった。官兵衛が稼いだお金だし、官兵衛の為に使おうと思う。


僕に取り憑いて甘いものを食べる官兵衛は、しばらく泣いていた。周りに引かれたけど、誰も声をかけてこなかったから助かった。妻にも食べさせてやりたいとか言ってたよ。そういえば、官兵衛ってあの時代には珍しく妻を1人しか持たなかったんだよね。奥さん大好きだったんだろうなぁ。


官兵衛の事が気になった僕は図書館に通って調べまくったからやたら詳しくなってしまった。黒田節をじいちゃんが大声で歌ってたくらいしか覚えてなかったのにね。


改めて調べると、黒田官兵衛すげぇなって思ったのは本人には内緒だ。


小寺政職に裏切られて幽閉されても寝返らず、1年もの幽閉に耐える。その時助けてくれた牢番の次男は官兵衛の養子になって黒田家を支えた。それだけ人を惹きつける魅力がある人だったんだろう。助け出されてからは秀吉に仕えて彼の天下取りを支える。立てる作戦は兵糧攻めや水責めが多いから残酷な人物だって評価する人もいるらしいけど、戦国武将はみんな残酷だと思う。今とは全く価値観が違う時代の話を現代の価値観で評価するのは違うと思うんだよね。


確かに、冷戦沈着で残酷な面もある人だったんだろうとは思うよ。


本能寺で信長が死んだと報告されて落ち込んでる秀吉に、天下を取るタイミングが来たとか言っちゃうんだもん。


けど、部下を死罪にした事はないらしいし命の大切さを知ってる人だったんじゃないかな。あの時代、今とは比べ物にならないくらい死が身近だ。


官兵衛だって、たくさんの命を奪ってると思う。中津城の話なんて、結構えげつないもんね。


けど、僕の目の前にいる官兵衛はスイーツの好きな普通のおっさんだ。


親友2人と僕を助けてくれる、自由奔放なおっさん。


戦国の世を生き抜いた官兵衛の知恵は、僕に救いをもたらしてくれた。官兵衛を連れて来てくれたのは、僕の大切な友達……いや、親友だ。

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