第10話 高校生 天才軍師と出会う
「あー……もう! どうしろってんだよ!」
今日は母さんと父さんがいないから少しくらい叫んでも大丈夫。
奏太が怪我をして3日。ストレートに言うと色々詰んでる。
まず光子。
何度メッセージを送っても返事が来ない。
こんなの初めてだ。
そして部活。
今日も僕しか練習に来なかった。
明智先生はコンクールを面倒がってるみたいで、みんなを集めるように頼んでも動いてくれなかった。近いうちにコンクール辞退の連絡をするつもりらしい。
みんなは練習に来なくなった。
奏太は帰って来るって言ったのに先生が無理って言うからみんな諦めちゃったのかも。
僕は、みんなのクラスも学年も知らない。名前すら知らない子もいる。
昼休みに探し回ったけど、見つけられなかった。奏太にクラスを聞けば一発だけど、心配をかけたくない。今は治療に専念して欲しい。
「くそっ! このままじゃ奏太が帰って来ても練習不足で全国に行けない!」
コンクールに出れば良いだけなら、奏太が帰って来るまで僕だけで練習すれば良い。奏太さえ元気になればみんな練習に戻って来るだろう。だけど、奏太が戻って来るまで練習が出来ないのはキツイ。
みんなの演奏は凄かったけど、練習しなきゃ下手になる。
全国に行きたいという奏太の夢は、僕の夢にもなっていた。
みんなの演奏を聴いて確信したんだ。
僕が頑張れば、きっと全国に行ける。それくらい、みんな上手い。中学校の時に叶えられなかった夢を今度こそ叶えられるかもしれない。
光子も気になる。嫌われたかな……。
「なんで……何もできないんだよ!」
苦しい、悔しい、辛い。
たくさんの不安が押し寄せる。
引っ越して初めて……僕は泣いた。
みっともなく泣き崩れていたら、部屋の空気が冷たくなった。
「窓、空いてた?」
「違う」
聞いた事のない声がした。
「ようやく呼ばれたようじゃな。少年よ、ワシの力が必要か?」
「……は?」
光子から預かった光る石が空中に浮いて、着物を着て頭巾を被る半透明のおっさんが現れた。え……このおっさん、誰だよ?
「誰?! なんで浮いてんだよ!」
「我が名は黒田如水。浮いておるのは気にするでない。そうじゃのぉ……幽霊といったところかの」
幽霊なのは分かった。このおっさんが生きてるとは思えないから納得もした。けどさ、誰だよこのおっさん。
黒田如水って言ったよな。なーんか聞いた事あるんだよな。
黒田如水……うーん、思い出せない。僕と同じ苗字? ご先祖様とか?
いや、関係ないな。先祖を大事にするじいちゃんはご先祖様の写真を全部仏間に飾ってた。こんな頭巾を被った人、知らない。
じゃあこの石が原因?
そうだ、この石は何処で手に入れた?
確か、光子と最後に会った日に馬が岳城跡で……。
その時ようやく、とある人物の名前が浮かんだ。
あんまり覚えてないけど、確か彼は頭巾を被っていた筈だ。
「まさか……黒田官兵衛さん?」
「おお、そうじゃそうじゃ。官兵衛と呼ばれるのは久しぶりじゃ。呼び捨てで構わぬぞい」
「分かった。けどなんで黒田官兵衛がいるんだ?」
疲れて、幻覚でも見てるのか?
「幻覚ではないぞ」
「喋ってないのに、聞こえるの?!」
「うむ。お主はずっとワシの入った石を肌身離さず持っておったからの。声を出さずとも話せるぞい」
『こんな風にな』
「うわぁ! 気持ち悪い! 頭の中で声がする! なにこれ!」
「はっはっは。面白い反応をするのぉ」
「説明、説明を要求するよっ!」
「そんな事言われてものぉ。ワシはお主の力になって欲しいと呼ばれただけじゃ」
「誰に! 誰に呼ばれたのさ?!」
「鈍い男じゃのう。ワシは何処から現れたんじゃ」
「この石だよね?」
「うむ。この石は単なる憑代じゃ。そうじゃ、石は動きにいくからの。しばらくお主に取り憑くとするかのぅ」
「……は、ちょっと待って、待ってよっ!」
僕の意見は通じなかった。身体に変なものが入る感覚がして、気が付いたら僕の中に黒田官兵衛が入り込んでいた。
「おお! 石より余程良いわい。これなら色々できそうじゃ」
半透明だった官兵衛の色がどんどん濃くなっていく。
「これ、僕に影響はないの?」
「とっくに代償を貰っておるわい。お主を助けて欲しいと呼び出されたんじゃぞ。守るべき者の運を奪ってどうするのじゃ」
「代償?! 運を奪う?! どういうこと! 説明して!」
「そ、そんな剣幕で怒らんでくれるかのぉ」
「官兵衛。君は僕を助けるために来てくれたんだよね?」
「う、うむ」
「なら、僕を助けてくれるよね?」
「もちろんじゃ!」
「だったら今すぐ説明して。どうしてとっくに亡くなった貴方がここにいるのか。さっき言った代償って何?」
「それは……そのぉ……」
「僕を助けてくれるって言ったよね? 嘘なの?」
「嘘ではないぞい!」
「そうだよね。良かった。僕、今すっごく困ってるんだ。力を貸してくれる?」
「うむ! なんでも言うが良いぞ! む、しまった……!」
さすが黒田官兵衛。すぐ気がついたか。でも、もう遅い。
「武士に二言はないよね?」
「……わ、ワシは軍師じゃから……」
「往生際が悪いよ。説明して。貴方を呼んだのは前田光子だね?」
それ以外、考えられない。
「……う、うむ。その通りじゃ。ワシは姫に呼ばれた。内緒にして欲しいと頼まれたのじゃが、バレては仕方ないの」
「姫ぇ?!」
確かに光子は巫女装束を着ると上品で可愛らしいけど……、ひ、姫ぇ?
「彼女は現世で唯一、ワシらを呼び出せるお方じゃ。尊敬を込めてワシらは姫と呼んでおる」
偉人が幽霊になって、どっかにたむろってるのかな? まぁいい。今聞きたいのはそこじゃない。官兵衛を呼ぶには代償がいるらしい。運とか言ったよね?
僕は運が下がってない。こっちに来てから良いことだらけだ。
……つまり、僕以外の誰かが代償を払ったんだ。僕にそこまでしてくれる人は光子しか思いつかない。代償って何を払ったんだ?
「その辺りは後で。今は代償の説明をしてくれる?」
「うむ。ワシらを呼ぶには代償がいるんじゃ。代償は人の運じゃ」
「運? くじ運とかの運?」
「そうじゃ。偉大な人であればあるほど、多くの運を消耗する。成し遂げた事の大きさが基準になるようじゃ」
「官兵衛を呼ぶにはたくさんの運がいるの?」
「ワシはそこまでではないぞい。太閤閣下を呼ぶとなれば、1年は不運が押し寄せるじゃろうなあ」
「太閤閣下って……豊臣秀吉か」
「呼び捨てにするでない」
「ん、ごめん。秀吉様で良い?」
「……まぁ、よかろう」
「秀吉様も凄いけど、秀吉様を支えた官兵衛も凄いと思うよ」
そう言うと、官兵衛は大声をあげて笑った。
「黒田宗太郎はワシを満足させてくれると姫が言うておった。姫は正しかったのぉ。お主は人たらしじゃ。まるで太閤閣下のようじゃな」
「何を言われてたか気になるけど、今は良いや。あのさ、代償の運って光子が払ったんだよね?」
一番気になるのはそこ。
「……うむ。払ってもらったぞ」
「光子は今、不幸が押し寄せてるって事?!」
「いや。それはない」
「じゃあ、どうやって代償を払ったのさ!」
「姫はずっと不運を背負っておる。そのかわり、必要な時に自由にワシらを呼べるのじゃ。お主も覚えがあるじゃろう?」
「まさか……」
いじめられたのも、光子の運が悪かったから? 確かに、頭良いからいじめるって意味分かんないもんね。うちのクラスの池田さんすっごく頭いいけど、みんな嫉妬なんてしないし、いじめもない。
一体いつから……?
「姫が力に目覚めたのは、中学校2年生だと聞いておる。それから姫はずっと、不運なままじゃ」
「なんとかならないの?」
ずっと運が悪いなんて、そんなの酷すぎる。
光子はなにも悪くないのに。
「姫以外の者がワシらを呼び出す時は、依頼人の運を要求しておる。依頼人から少しだけ多めに運を貰うのじゃ。そして、姫の運を少し回復させる。今のところワシらが姫を助ける手段はそれしかない」
「偉人を呼ばなきゃ良いでしょ!」
「そうもいかぬのじゃ。力に目覚めた時点で、姫は一生運を吸い取られていく。それにの、人は使えるものを使おうとする生き物じゃ。姫の力は全て知られておる。今更使えないと訴えても無駄じゃ」
「光子がいつも東京の神社に修行に行ってるのは……官兵衛達を呼び寄せる為?」
「そうじゃ。ワシが呼ばれることはないがの。信長公や太閤閣下、徳川殿は何度も呼ばれておるぞ。他にも、多くの者が呼ばれておる」
「光子の力を利用するのは大人だろ? 汚いよ」
「ワシらの時代に当てはめれば、お主はもう立派な大人じゃ」
「そんなの分かってるよ! 確かに偉人の知恵は凄いと思うよ! 官兵衛も凄いと思うよ! けどさ、官兵衛達を呼び出して負担がかかるのは光子だろ? なんで全部光子が背負うの? おかしいでしょ!」
沈黙が場を支配する。どのくらい時間が経っただろう。ポツリと、官兵衛が呟いた。
「姫はお主と出会えて幸運だと、お主だけは幸せになって欲しいと言うておった。だから、ワシを付けたんじゃ。いざという時、お主の軍師になって欲しいと頼まれた。お主の幸せが、姫の望みじゃ」
「友達も……光子も幸せじゃないと嫌だ。でないと、僕は幸せじゃない!」
「お主は欲張りじゃのう。じゃが、良い目をしておる。気に入ったぞい。存分にワシを使え。宗太郎殿なら、姫を助けてくれるかもしれぬ」
「助けるよ。友達……親友だもん」
「では、今から宗太郎殿はワシの主人じゃ。まずは何を成す?」
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