第3話 高校生 勧誘を断る

「はじめまして。黒田宗太郎と言います。よろしくおねがいします」


転校した学校は、人数も少なくてのんびりした学校だった。

最初は色々聞かれたけど、次第に馴染んでいつものように気配を押し殺して学校生活を送れるようになった。


「黒田君! 吹奏楽に興味ない?!」


やたらと絡んでくる、クラスメイトを除いては。


「木下君。何度も言うけど僕は楽譜もろくに読めないんだよ」


嘘だ。母親にピアノを習わされていたから、ある程度は楽譜が読める。ドラムも少しの間やってた。中学校に入っていじめっ子が教室に来たから辞めちゃったけど、音楽は好きだ。けど、そんな事言ったらこのグイグイ来るクラスメイトは諦めてくれない。


「大丈夫!」


満面の笑みで誘う木下君。

大丈夫なわけあるか! 音楽は嫌いじゃないけど、吹奏楽は嫌いなの!


いじめっ子の筆頭が吹奏楽部だったんだから! それを言っちゃうと、ほとんどの運動部と文化部にいい印象がないんだけどさ。結構な人数から虐められてたし。無害な人もいたけど、見て見ぬふりするのも虐めじゃね? まぁ、自分を守るためには仕方ないと思うけどさ。


っと、いけない。


虐められてた記憶が蘇ると険しい顔になってしまう。一瞬だけ木下君が震えてた。このままじゃ、また虐められちゃう。


愛想良く、当たり障りのない対応をしないと。


「木下君が熱心なのも部長だから部員を集める責任があるのも分かったんだけど、楽譜読めないからさ」


「いけるって! ね! 見学だけでも!」


この人めげないな!


見学だけって言うけど、見学したら入部確定のやつだろそれ。君子危うきに近寄らず。僕は君子じゃないけど、危なそうなものには近寄らないの!


僕が困ってると気付いたクラスメイトが木下君を止めてくれた。このクラスはいい人が多いからありがたい。


前の高校もいい人がいたと思うんだけど、僕が距離を取っちゃってたんだろうな。そう思えるようになったのも、木下君が明るく話しかけてくれるからだ。彼は明るいクラスのムードメーカー。


このクラスはとっても雰囲気がいい。


吹奏楽部に誘わなければ、木下君はいい人なんだけどなぁ。


困っていると、クラス委員の2人が木下君を止めてくれた。


「奏太、いい加減にしろよ。黒田君困ってるじゃん!」


「そうよ! 気持ちは分かるけど、いい加減にしてあげて」


「だって、部活に入ってないの黒田君しかいないじゃん!」


そうなのだ。僕の入った高校は珍しく部活動が必須の学校だ。僕は転校生だし、もうすぐ3年生だから部活に入らなくていいと言われている。3年生は1学期で部活を引退する人が多いらしい。


受験を頑張る人はゆるい部に入って幽霊部員をしてるんだって。


引退していても幽霊部員でも部に所属していればオッケー。部の兼任は教師の許可が要る。だから、彼が堂々と勧誘できるのは部活に入ってない僕だけなんだ。


木下君が部長をしている吹奏楽部は人数が少ないんだって。3年生が引退しちゃって、彼が部長をしているそうだ。コンクールもあるし、もう少し部員が欲しいらしい。もうすぐ入ってくる1年生を勧誘すれば良いだろってクラスメイトが言ってる。


そうだよ。1年生を入れれば良いじゃん。彼は明るいから彼が勧誘すれば何人かは入るでしょ。というわけで、お断りする。めんどくさいもん。


「木下君の期待に応えられなくてごめん。僕、本当に楽器が苦手なんだ。吹奏楽部には入れないよ」


いつも曖昧に笑って誤魔化してたから、はっきり断ったのは初めてだ。


「そうか……何度もごめん」


ちゃんと断ったのが良かったのか、木下君はようやく勧誘を諦めてくれた。謝ってくれるんだから悪い人じゃないんだろうな。あのいじめっ子達とは大違いだよ。


そういえば、卒業式で何人かに謝られたな。あの時は今更なんだと思って無視しちゃったけど、悪いことをしたかもしれない。


前はこんな事思わなかったのに、こっちに来てから優しくなれた気がする。


「もう誘わないなら、いいよ」


しょんぼりしている木下君が可哀想になって思わず優しく返事をしてしまう。


「本当にごめん。……それでさ、もし良かったら……俺と友達になってくれない?」


恐る恐る頭を下げて手を差し出す木下君。これ、握手すれば友達になるってこと?


断ったら僕が悪者だよね?!


「わ、わかった。よろしく……」


「やった! よろしくな黒田君。いや、友達になったんだし……宗太郎な!」


変わり身はやっ!

人懐っこい笑みを浮かべる木下君か小さくガッツポーズをするとクラス中が笑いに包まれた。


最初は戸惑ったけど、木下君は約束を守ってくれた。彼はそれ以降、僕を部活に勧誘しなくなった。それどころか、部活の話を一切しなくなった。


休み時間に前より積極的に話しかけてくれるようになって、楽しく学校生活を送れるようになった。


木下君はクラスの人気者だ。僕とは大違い。だけど僕らは不思議と馬があった。


春休みに初めてたくさんの友達とカラオケに行った。ものすごく楽しかった。


僕は木下君、いや奏太と親友になった。学校に行くと奏太がいる。早く学校に行きたいと思うようになって、登校時間も早くなった。


3年生になってもクラス替えはなかったから、奏太や優しいクラスメイトと同じクラスで嬉しかった。いつも下を向いていたのに、今は教室に入るとみんなが笑いかけてくれる。奏太は朝練があるから教室に来るのは遅いけど、机に鞄が置いてあるとホッとする。


奏太が朝練から帰ってきた。僕は早速、奏太に話しかける。


「奏太、昨日のドラマ見た?」


「見たぜー! 面白かったよな! 続きどうなると思う?」


こんな風にテレビの話を友達としたのはこっちに来てからだ。うちはじいちゃんの方針で相撲とニュースの時だけテレビをつけていた。光子の家にはテレビがない。だから、友達とテレビ番組の話をした記憶がない。


引っ越してから自由にテレビや動画が見れるようになったんだ。テレビやオススメの動画を教えあうのは、とっても楽しい。


奏太と仲良くなると、クラスメイトとも仲良く話せるようになった。


「お前ら、仲いいよなー」


「おう! 親友だ親友!」


奏太がいつものようにニカっと笑う。彼は友達が多いけど、親友と呼ぶのは僕だけだ。


「出会ってまだ1ケ月じゃねぇか!」


「いいんだよ! 友情に時間は関係ないんだ!」


そう言って笑う奏太の笑みは、周りを明るくする。そんな人が僕を親友と呼んでくれてとても嬉しい。


奏太は僕とは正反対の明るい性格で、周りにたくさん友達がいた。僕なんかが親友で良いのかなと思ったけど幸せな気持ちになった。

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