第4話 旅支度
海上保安部は石垣島にあるため、川西さんの奥さんが真っ先に助けを求めたのは漁協だった。
シーカヤックの救助要請を受け、すぐさま漁船が出航し、宿の船長のおっちゃんは
「川西んとこか! そりゃうちのお客さんだ!」
と私を心配して、いの一番に浜へ車で駆けつけてくれたのだ。
他の民宿の人も川西さんの奥さんからの連絡を受け、じきに迎えに来るだろうとのこと。
すっかり暗くなった帰りの車中で、私とおっちゃんはいろいろな話をした。
この浜でそんな横波は聞いたことも見たことも無いし、遭難は初めて起きたこと。
実は今年のゴールデンウィークに、浜で仲間と飲んでいた酔っ払いが夜中に海に入って、浅瀬で心臓麻痺で亡くなった事故があったこと。
もしや不思議な横波と、霊的、二つの意味で今回の事故と関係あるんじゃないか、と彼は言い出した。
私が水中マスクを積む際に感じた強烈な予感の話しをすると、潮の道といい、予感のことといい、
結局自力で波に乗って帰って来れたんだから、私が独りカッヤックで助けを呼びに行かなくても、四人であのままいても良かったんじゃないかな……そんな私のセリフに対し。
沖でイタチの出現報告が漁師の間で上がってるから、川西も当然知っているはずだ、と衝撃の事実が告げられる。
イタチザメ。
タイガーシャークといって人を襲う人喰い鮫だ。
以前ダイビング中に深い水深で目撃したことがあるが、人間のほうも足ひれをつけると二メートルを越え、チームでバーバーと息の泡を出しまくっているから近寄ってはこない。
夜行性で暗くなると動きが活発になって獰猛さが増し、浅瀬にも現れるという。
「川西のやつ、夕暮れを目前に恐らく相当焦ってたに違いない。だから転覆の危険をおかしても、大急ぎで助けを呼んでくるようあんたに希望を託して、独りカヤックで陸に向かわせんだと思う」
おっちゃんの仮説が頭をぐるぐる回る。
確かに必死で頼まれた……いや、私も含めあん時は全員必死だったけど。
鮫の恐怖もあったなんて、今更ながら気が遠くなる。
知らぬが仏とはまさにこのこと。
あんたは良くやったよ、頑張った、疲れただろうから今夜は本家に来て、
宿に帰り、残りの気力を振り絞って今日使った物と自身の海水を洗い流し、それを干した。
そしてダイビングショップに電話をして、水中マスク(度無し)とシュノーケルとフィンがレンタルできるかの確認をとった。
夕飯後、疲れでバタンキューかと思いきや、脳が興奮して寝つきが悪く、その夜はとても寝苦しかった。
それでもウトウト寝ていはいたのだ。
真夜中に突然、ぴとぴとと冷たい湿った何かが私の顔の上を這い回っている感触がして。
何ごと?! と手で振り払って飛び起きるも、何も無かった。
なんだか寝不足で朝を迎え、おっちゃんに昨晩多分ヤモリが私の顔の上を這い回っていた、と話をすると。
人にはあいつら寄ってこんのに珍しいこともあるもんだ! と驚いていた。
ヤモリは家の守り神様だから、顔に落ちてきたのか登ってきたのか、どっちにしても触ってくるなんて、あんたやっぱりユタみたいに特別さぁと言われた。
今日はここを
海の道具を荷造りしに、日当たりの良い洗濯干し場に行くと。
なんとまあ……
独漕カヤックで持ち帰った片っぽのフィンを入れた、私のメッシュバッグにだけ。
猫のおしっこがかけられていた。
もの凄いダメ出しに、はははは、と私は力無く笑って
『こいつぁさすがに、今年は
念入りに荷物を洗い、ダイビングショップにキャンセルの電話を入れた。
おっちゃんに話すと、ますますユタだな! と快く宅配便の手配をしてくれた。
未練のないよう、スパッと自宅に機材丸ごと送り返すことにしたのだ。
初体験シーカヤックと手慣れたダイビングは別物だとしても、そう決めた。
これから行く与那国島の居候先は基本陸仕事。
潜りに一度も行かないと言ったら、居候先も喜ぶだろう。
そんなら今日はショップ近くにとった宿もキャンセルして、キャンプ場に行ってみよう。
でもまずはミカちゃんとシュウに呼ばれてるから、バスを途中下車して民宿へ会いに行かないと。
その後、彼らとジャングルに入って山を登り滝に行く冒険も。
シュウが「ネェネェと居たい」キャンプ場にくっついて来るのも。
彼が帰るのと入れ替わりにオッサンを拾うのも。
それはまた別のお話。
〈あとがき〉
秋になって家に戻った私の元へ、川西さんから島の特産品が詰められた荷物と手紙が届いた。
それとあのお母さんから、長きに渡り感謝が綴られた手紙も入ってた。
あの時のことを振り返ると、私の頑張りは別に役に立たなかったように思えたが、そうでもなかったんだな、と思える内容であった。
【実録】シーカヤック遭難 蜂蜜ひみつ @ayaaki
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